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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ジリリリリリ・・・・・ バシィッ! 毛布の中でもそもそと寝返りをうち、目覚まし時計をぶったたいて止めた。 メガネ、メガネ ぞりぞりと床の上を腕がはい回る。でも見つからない。 うっすらと目を開く。まだ周りは薄暗い。 夜明け前かな、まだ寝直しても大丈夫かな、そんな甘い誘惑に、再び眠りに落ちそうに なる。 ん…でも、ついでに…。ぼんやりと思いつき、ノロノロと体を起こした。 横を見ると、鞄が二つ。真紅と翠星石は、まだ寝ているらしい。 その向こうには大きなベッド。女の子が小さく丸まってすやすや寝ている。 自分は床の上にひいた毛布にくるまっていた。硬い床の上で寝たせいで、体があちこち 痛む。 鏡台に置いてあったメガネをかけて、周りを改めて見直してみる。 まるで貴族のよう、というか貴族そのまんまな部屋の内装。家具も立派な年代物ばかり。 そんな部屋のはじっこに、おもいっきり場違いな自分のリュック。自分の毛布の横には、 殴られすぎてボロボロの、安物の目覚まし時計。 だらだらと立ち上がり、ふわぁ~と大あくびをしながらのびぃ~っとした。 第三話 そっか 昨日からルイズさんの所で、しばらくお世話になることにしたんだっけ ねえちゃん…一人で大丈夫かな、心配してるかな。連絡とれないし、一度戻らないとダ メだよな 第一、地球とハルケギニアで時間の流れ方が同じっていう保証すらないんだし、確認の ためにも何度か往復しないといけないんだ。 それに、往復のたびにヘロヘロになってる訳にもいかない。nのフィールドの近道も探 さないとな。金糸雀と水銀燈が地球側から探してくれてるけど、簡単にはみつからないだ ろうなぁ。もともとルートを見つけれたのは奇跡みたいなもんだし、スッゲーむかつくけ ど、ウサギ頭が協力してくれたおかげだろうしな。 とにかく、行くとしよう。そんために、わざわざこんな早起きしたんだから・・・ そんな事を考えながら、まだ寝ている3人を起こさないよう、抜き足差し足こっそりと 部屋を出て行った。 まだ夜明け前、空はうっすらとしらみはじめていた。 音を立てないよう廊下を歩いていった。そして、一つの扉の前に立った ジュンは、その扉をジッと見つめた せつなげに、じぃ~っと見つめた はあぁ~っとため息をつき、肩を落とし、扉に背を向け、とぼとぼと寮塔を出た。 トリステイン魔法学院は、全寮制のメイジ養成学校。城下町まで馬で三時間はかかる場 所に位置している。早い話が、遠目に見ると草原の中にポツンと建っていた。おかげで、 今のジュンには好都合だ。 キョロキョロ ジュンは周囲に、そして頭上にも誰もいない事を確認して、翠星石が昨日生やした見事 な大木やメチャクチャに絡まるツタの間を抜け、とととーっと学院の外に走り出た。 そして腰ほどの高さの草むらの中に入り、ズボンに手をかけて腰を落とそうとした。 「あーっ!ジュン様じゃないですかーっ!!」 いきなり背後から、学院の門から声が飛び、慌ててズボンをはいて立ち上がった。門に 立っていたのはシエスタだった。 「あう!あ、そのあの・・・お、おはようございます」 「どーしたんですか?こんな朝早くに」 「いえ、あの、その…さ、散歩です。早起きしたんで、朝日でも見ようかなって」 「そ、そうでしたか。その、私は、朝食の準備をしていたんですけど、門から出て行く人 がいたので、誰だろうかなーって思って…」 真っ赤になりながら、モジモジとするジュンは、誰の目から見ても、シエスタの目から 見ても「ああ、なるほど。アレですか」と察しがついた。察しがついたから、シエスタも 頬を赤くして、あさっての方を見ていた。ジュンが寮塔にいるのは知っていたので、アレ で困ってしまったんだなーっと、すぐ気が付いた。 シエスタもモジモジしつつ、どうしようかなーと悩んだ末に切り出した。 「あ、あのですね。コック長のマルトーさんがですね、ちょっと太めのおじさんなんです けど、ジュン様に会ってみたいって言ってましたよ」 「あ、はぁ、そうですか」 「今、厨房にいるんですけど、その、会ってみませんか?」 「え、えっと、その、今はちょっと…」 「あのですね、多分、この学院に長くいる人ですから、色々と聞ける事があると思うんで すよ。…その、困った事とか、相談事とか」 ジュンは、照れながらポリポリと頬をかいた。 「そ、そうですか。じゃぁせっかくだし、会いに行こうかな?」 「ええっと、厨房は食堂の裏です」 「ありがとうございます。ん、んじゃいってきます」 といってジュンは、平静を装いつつ、そそくさと走っていった クスクス笑うシエスタが彼の背を見送った。 「よ~お、落ち着いたか?ボウズ」 「はい、すいませんマルトーさん。ありがとうございました」 厨房で大鍋をかき混ぜるマルトーが、晴れ晴れとした顔になったジュンに声をかけた。 朝食作りで若いコックや見習達が走り回る厨房に、大声が響き渡る。 「ハッハッハ!まぁしょうがないわなぁ。女しかいねぇ寮塔には、女子トイレしかないも んな。学院の扉は夜、鍵がかかってっしよぉ。こっちの使用人のトイレは自由に使ってい いぜぇ」 「すいません、ありがとうございます」 「なぁ~にをかしこまってんでぃ!お前さんは俺たちと同じ平民だそうじゃねぇか!?し かもまだガキじゃねぇか!それが見ろ!あの貴族のくそったれをのしちまったんだぞ!」 「いやあの、あれは僕じゃないんですけど」 「知ってるよ、お前さんの人形達だろぉ?いやはや、すげぇじゃねぇか!あんなのが沢山 ありゃぁ、ふんぞり返った貴族共に俺たち平民が一泡ふかせれるんだぜ。 なぁボウズ、教えてくれよ。どこであんなとんでもない人形を手に入れたんだぁ?是非 俺も一つ欲しいぜ。こう見えても俺は学院のコック長だ、金なら結構もってるんだ」 ジュンは、予想通りの展開だなぁと思いつつ、どう誤魔化そうかと考えていた。 ローザ・ミスティカ捜索のためには情報が要る。急ぎたいので、一々姿を隠しては要ら れない。協力を得るためには、こちらの力を見せる事も必要な事もある。ハルケギニアに はゴーレムやガーゴイルが存在するので、真紅達ローゼンメイデンも、その一種と言い張 れる。 そう思って、真紅達は姿を隠さない事にした。だが、この世界でもローゼンメイデンは 常識はずれの存在だった事に、今更ながら気が付いた。 「いえ、僕はロバ・アル・カリイエから来てるんです。ハルケギニアでは手に入らないと 思います」 「ああ!なるほど、ありゃエルフの技で作られてたのか。どうりで見た事ないほどスゲェ わけだ! にしても、また遠くから来たんだなぁ…その年でけっこう苦労してんなぁ」 「いえ、あの、別に苦労はしてませんよ」 「バカいえ!聖地より遙か東の地から、たった一人でいきなり放り出されて、無理矢理使 い魔なんてワケの分かんねぇ事やらされて。これが、苦労でなくてなんだってんでぇ!」 「大丈夫です。ルイズさんも、よくしてくれてますから。 ところで、あの、焦げ臭いですよ?」 「ん?・・・あーっ!しまった、やっちまった…」 マルトーがかき混ぜていた大鍋から、煙が上がっていた。 「すいません、忙しい所お邪魔してしまって。それじゃ失礼します」 「おう、また来いよ!いつでも歓迎するぜ。この厨房には、困ってる子供をほっとくよう な不届きものはいねぇからな!」 ジュンは立ち去り際に、厨房を走っていたシエスタを見つけた。 「シエスタさん、その、あ、ありがとうございました。おかげで助かりました」 「あらあら、いいんですよー♪また来て下さいね、ジュン様」 「はい、でも、あの、僕は貴族じゃないから、『様』はいらないです」 「え?あ、はい、分かりましたわ。ジュンさん♪」 「はーい」 ジュンは一礼して出て行こうとしたが、ジュンの背にシエスタが「あ、あの!」と呼び 止めた。 「えと、なんでしょうか」 シエスタが、早朝のジュン以上にモジモジした末に、はにかんだように顔を伏せた。 「あの…、すいません。あのとき、逃げ出してしまって」 「ん?…ああ、昨日の?別にいいですよ。それじゃぁまた」 なんでもないという風に厨房を出て行ったジュンを、シエスタはキラキラ輝く瞳で見つ めていた。 来た時と同じように、誰にも見つからないようコソコソとルイズの部屋に戻ってきた。 扉を開けようと取っ手に手をかけた所で、いきなり視界がぼやけた。 背後からヒョイッとメガネを盗られていた。 驚いて後ろを向くと、小麦色の丸い物体が二つ、視界を覆っていた。 「?」 視線を上に上げると、褐色の肌の女性がジュンを見下ろしていた。目の前にあったのは ベビードール姿の彼女の、半ばあらわになった胸 「うわっひゃぁっ!!」 「あらやだぁ、そんなに驚く事ないんじゃなぁい?」 キュルケがケラケラと笑いながら、ジュンのメガネを右手でクルクル回していた。 「かっ!返して下さい!」 「うふふ…ほぉら、取り返してごらんなさいなぁ」 ジュンは思いっきり背伸びして、ピョンピョン跳びはねてメガネを奪い返そうとした。 だが、キュルケは彼よりずっと背が高いので、全然手が届かない。 ぽふっ 「やんっ♪」 「うわったたっ!す、すいませんっ」 キュルケは跳びはねる彼を、胸の谷間で受け止めていた。ジュンは真っ赤になって思い きりあとずさってしまった。 「ふふふ…杖も持ってないなんて、どうやらあなた、ホントに魔法が使えないようね」 「そ、そうですよ。僕はただの平民です。満足したなら早く返して下さい」 「んん~、どうしよっかなぁ~。返そうかな~?」 「冗談はよしてください。僕はメガネがないと困るんです」 「そうねぇ、返してあげてもいいんだけどぉ…それじゃ、代わりにねぇ」 やれやれ、また真紅と翠星石の事か。どうせ、人形を貸せとかいうんだろうな そう予想して、どうやって煙に巻こうか考えていたジュンに、想像の範囲外なセリフが 投げかけられた。 「オネーサンに、キスしなさぁい♪」 「・・・・・。・・・・・?、??・・・・・え?」 「キスよ、きーすー」 「…主でしたら、ルイズさん一人で十分すぎるほど間に合ってます」 「やーねぇ、コントラクト・サーヴァントじゃないわよ。 別に口でなくても、私の肌、好きな所を選んでくれていいわよぉ。軽くあたしの肌に口 づけしてくれたら、このメガネ返してあげるわ」 「え…いやあの、えと、その、僕、もう帰らないと」 真っ赤になってじりじりと後退していくジュンを、じわじわとキュルケが壁際に追いつ めていく。 「あら…恥ずかしいの?ふふ、可愛いわね」 「あの、ちょっと、そういう冗談は」 「ほら、力を抜いて。お姉さんにぃ、任せなさぁいねぇ」 前屈みになるキュルケが、怯えるジュンの頬にすぅっと指を バンッ! 「ちょっとあんた!!あたしの使い魔になにしてんのよ!!」 ルイズがネグリジェのまま、扉を吹っ飛ばしそうな勢いで飛び出してきた。 鬼のような形相のルイズを見ても、キュルケは余裕でクネクネしていた。 「やぁ~ん。だってこの子、メガネとるとなっかなか可愛いんだも~ん」 「あんた、とうとうそんな子供にまで・・・」 「やーね、冗談よ冗談。はい、メガネ返すわね。ウフフ、ごめんなさいねぇ~。んじゃ、 またねぇボウヤ」 そう言って、キュルケはジュンにメガネを返して、自分の部屋に戻っていった。 「まったくあの女は…ちょっとジュン!あんたも鼻の下伸ばしてンじゃないわよ!?」 「し、してないよ!」 「いい?昨日も話したけど、あのツェルプストーの女はね、ヴェリール家とは宿敵で、ヴ ァリエール家の者は恋人をことごとく奪われ続け・・・」 そんなお説教をしながら部屋に戻っていく二人を、キュルケは扉の隙間から見つめてい た。 「どうだった?タバサ」 「ただの平民」 キュルケの部屋には、青い髪の小柄な少女が立っていた。キュルケが気を引いたスキに ジュンへディティクトマジックをかけていた。そして探知した結果は、噂通りのものだっ た。 探知魔法はある種の『覗き見』。重大なマナー違反、ばれればタダでは済まない。 「ただ…」 「ただ、何?」 「あの子の左手の指輪。あれはマジックアイテムの一種」 「なるほど…あれで人形を操ってるんだ」 タバサは首をふるふると横に振った。 「あの指輪、ほとんど機能してない。魔力をほとんど放ってなかった」 「ほとんどってことは、少しは何かに使ってるのね。どんな効果?」 タバサは再び首を横に振った。 「謎の魔法人形、謎の少年使い魔、謎の指輪、か。おまけになかなか可愛い子達ねぇ。 うふふ♪面白くなりそうねぇ」 爽やかな朝のはずなのに、キュルケの部屋からは妖しい空気が漂っていた。 ルイズのお説教を聞きながら、部屋の中を見渡した。鏡の前に真紅がいるが、翠星石の 姿はない。 「なによ、人の話はちゃんと聞きなさいよ!」 「翠星石がいないけど」 「ああ。さっき鏡の中に入っていったわよ。薄緑と赤の、えと、人工精霊だっけ?それと 一緒に」 と言ってる間に、鏡面が輝き波打って、二つの光と共に翠星石が出てきた。 「う~ん、だめですねぇ。やっぱり簡単には近道は見つからないです。まだ、迷わないよ うにするのがやっとですよぉ。ローザ・ミスティカも見つからないですねぇ」 「そう、しょうがないわ。物事そんな簡単に行かないものね」 真紅もさしてがっかりしていない。ハルケギニアに来て、まだ3日目。それほどの成果 があがるとは、ジュンも人形達も考えていなかった。 「な~にぃあんた達。朝からもう探検してたの?」 「ええ、時間は貴重よ。近道だけでも早く見つけないと」 「ジュンが魔法の勉強するためにはですねぇ、往復するために使うエネルギーと時間を、 出来るだけ減らさないとだめですぅ」 「あー、そーだよなー。僕、そろそろ魔法の勉強始めないとなー」 「ちょっとちょっとあんた達…」 ルイズは呆れて首を振った。 「そんな最初から飛ばしてたら、体が保たないわよ。まずはじっくり足場を固めるのが、 筋ってものじゃないかしら?」 ルイズにいわれて、三人も顔を見合わせて頷いた。 「納得したようね。ンじゃまずは…」 ビシィッっとジュンに本を突き出した。 「これ読んで」 ジュンは本を受け取り、開いた。 「これ、何?」 「今使ってる教科書」 「…読めない」 「…なんで?」 「見た事無い文字だから」 「それ、今私たちが話してる言葉よ」 真紅も本をのぞいた。 「ルーンの効力、文字には及んでいないみたいね」 翠星石は首をかしげた。 「しゃべれるのに、文字は読めないです。ヘンな話ですねぇ」 「ん~…ということは」 ルイズはアゴに指をあて、次いでジュンをピッと指さした。 「まずは文字を覚えなきゃだめね♪」 真紅と翠星石がジュンをポンポンと叩いた。 「よろしくね、ジュン」 「頑張るですよー」 「へぇーい…」 ジュンは、諦めの境地に達した気がした。 というわけで、ルイズはその日の朝食を、ジュン達と一緒に壁際のテーブルで食べなが ら、ジュンにハルケギニア文字を教えた。 そんな彼らの姿は周囲には、主と使い魔、というよりは、姉弟に見えていた。 外からは使用人達がカーンコーンと、大木とツタを斧で切り倒す音が響いていた。 ひそひそ… 「アー、ヴェー、セー。言ってみて」 「アー、ブえー、セー」 「ちょっと違う。アー、ヴェー、セー、もう一度。」 「アー、ヴェー、セー」 「そうそう、その調子」 ひそひそ… 「もしもしミス・ヴァリエール、それにミスタ・サグラダ。何をひそひそと話してるんで すか?」 「ふぇ!?す、すいませんミスタ・コルベール!その…使い魔にハルケギニア文字を教え ていました」 「ほぅ、それは立派です。ミスタ・サグラダも向学心をお持ちですね。でも、今は私の授 業中なので、後にして下さい」 彼らはコルベールの『火の系統』の授業中に、こっそり文字を教えていた。 「すいません、コルベールさん。…あの、僕はサクラダ=ジュンです。ジュンで結構です から」 「分かりました。…ああ、文字を覚えたいのなら、幼年学校の教科書を使うと良いでしょ う。あとで私の研究室に来なさい、何冊か差し上げましょう」 「いいんですか?ありがとうございます!」 頭を下げたジュンを見て、コルベールは生徒が増えた気がした。 コルベールの研究室、というと聞こえはいいが、見た目はただの掘っ立て小屋。中には 試験管・薬品・地図に天体儀と、まさに化学実験室だ。異臭もすごい。ルイズ達4人は悪 臭に顔をしかめつつ、棚をゴソゴソ探るコルベールを眺めていた。 「これです。もう使わない教科書なので、遠慮無く持って行きなさい」 「うわぁ、助かります。コルベールさん、ありがとうございました!」 「感謝致しますわ、ミスタ・コルベール」 ぺこっと礼をするジュンとルイズに、コルベールも満足げだ。 「いやいや、いいんだ。しっかり勉強したまえよ」 と言ってコルベールは、ルイズ達をしばらく見つめた。 ジュンは「またか…」と、うんざりしてきた。 真紅達も警戒心を露わにし出す。 そんな使い魔達の表情にコルベールも気が付いた。 「ああ、すまない。そうだね、君たちもいい加減、あれこれ詮索されるのはうんざりして きただろうね」 ジュンは、ちょっとビックリして頭を下げた 「すいません。こんな世界の彼方から来た正体不明の連中ですから、最初はヘンな目で見 られるのも当然ですね。しばらくの間は我慢しますよ」 「うむ、哀しいが奇異の目で見られているのは事実だろう。次の食事時にでも、オールド・ オスマンから全生徒にクギを刺してもらおう。少なくとも、表立って君たちに絡んでく る生徒は減るだろう」 「わざわざすいません。ぜひお願いします」 ペコリと頭を下げたジュンにコルベールはウンウンと何度も頷いた。 「うん、君は平民の子供なのに勉強熱心だ。本当に立派ですぞ。親御さんも、さぞや立派 な方達だったんでしょう」 親、と言われて、ジュンは少し表情を曇らせた。 真紅と翠星石も、心配げにジュンを見上げる。 そんなジュンの顔に、コルベールは慌てて弁解した。 「いや!すまない、君も家族の事は、その、こんな遠い異国のトリステインにまで来てし まって、その、会うのは難しいかも知れないが、別にもう会えないわけでは」 「え?いえ、そういう事ではなくて、あの、まぁ、ハルケギニアに召喚される前から、長 い事会ってませんでしたから」 「ぅん?そ、そうかね。いやまぁ、すまんね。君の家庭の事に他人がいきなり口出しして しまって。すまなかった、この事はもう口にしないとしよう」 コルベールは誤魔化すように、慌てて机の教材を片付けた。その教材の一つに、ジュン は興味を惹かれた。 「あの、コルベールさん。これは何ですか?」 「おお!よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と火の魔法を使っ て動力を得る装置です!このふいごで油を気化させて、そして…」 と言ってコルベールは円筒の横に空いた穴に杖を突っ込んだり、足でふいごをふいたり した。 円筒の上に付いたクランクが上下し、車輪が回転して、ギアを介し、箱からヘビの人形 がぴょこっぴょこっと飛び出した。 「・・・ヘビ君が!顔を出してぴょこぴょこご挨拶!面白いですぞ!」 ルイズはぼけっとしていた。全然興味がないようだ。 真紅と翠星石は、わーすごーい♪と机に登り、飛び出すヘビをペタペタ触っていた。 ジュンは仰天していた。まさか、この魔法世界でエンジンの原型が見れるとは。 「すっ、すごい!これ、先生が作ったんですか!?」 「おお!君にはこの発明の素晴らしさが分かるのですか!?うんうん、やはり君は見所が ある!私の目に狂いはなかった!確かに『火』は破壊を司る!しかし諸君、『火』は使い ようですぞ。使いようによっては・・・」 興奮するコルベールのマシンガントークにジュンは圧倒されつつも、頭がちょっと寂し くてさえない教師を、思いっきり見直していた。 「凄いですよ先生!僕、先生を尊敬しますっ!この研究、ぜひ続けるべきです!」 「そ!そうかねウンウン♪いやー、ミス・ヴァリエール。君は本当に素晴らしい使い魔を 召喚したねぇ!まさか、こんなに真実と真理に対する洞察力が高いとはっ!全く、あのガ ンダー」 うぐっ コルベールは慌てて自分の口を両手で塞いていた。 「がんだ?」 ルイズ達四人がキョトンとなった。 「うおっほん!失礼、興奮しすぎて何を言ってるか、自分でも分からなくなったようだ」 コルベールは慌てて誤魔化した。 「さてさて諸君、そろそろ私も次の仕事にかからねばならない。ミス・ヴァリエール、彼 にしっかり勉強を教えてあげてくれたまえ。 あ、それとジュン君」 「はい、なんでしょう」 「君のその左手のルーンなんだけど、やっぱり人間が使い魔に召喚、というのは前例が無 くてね。学院の者は知ってるけど、事情を知らない者には、やっぱりそのルーンはかなり ヘンに見られると思う」 「…そうでしょうね」 「外部の者に会うような時は、包帯か手袋で隠した方が無難だと思いますぞ」 「そうですね、わかりました」 ルイズ達はコルベールの研究室を後にした。だがしばらく歩くと、真紅が少し顔をしか めた。 「ちょっとルイズ、ジュンも。ホントにその本を使うの?」 「うーん、せっかくもらったし」 翠星石も、鼻をつまむ。 「なんてすかこのにほひは~、クハァイでふぅ」 「まぁまぁ、あの部屋にずっと置いてたらしいからなぁ。きっと、すぐ消えるよ」 ルイズは顔の前で手をパタパタさせてる。 「はやいとこそれ済ませて、次の本に行きましょ」 「そ、そだね。んじゃ、さっそく部屋に帰ろうか」 「待ちなさいよ!そんな悪臭をあたしの部屋に付けないで。図書館行きましょ」 ハーイという3人の返事がハモる。引っこ抜いた根っこの大穴を土で埋めてる使用人達 の横を通り、一行は本塔へと向かった。 放課後の図書館、人影もまばらだ。 夕日が差す窓際のテーブルに、小さな人影2つとさらに小さな人影が2つ。 子供向けのおとぎ話を読んだり、童謡を歌ったりしている。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、 右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。 あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。 あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。 四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た… 歌声が図書館に響く。ほとんど人がいないので、文句を言う人もいない。唯一、彼らを 遠くのテーブルから、タバサが本を読みながら、横目でチラリと見ていただけだった。 青い髪の少女は、すこし彼らの姿を眺めて、再び本に目を戻した。 とっぷり日も暮れて、空には少し雲に隠れた二つの月と星空。 ルイズの部屋には、テーブルを挟んで勉強する二人の姿があった。 「ふぅわあ~。つっかれたぁあ~」 ジュンが大あくびをした。 「はぁふぅ~。そうねぇ、いい加減疲れたわねぇ」 ルイズもぅうにいぃ~っと伸びをする。 「あ、僕、ちょっと外に取ってくるものがあるんだ」 と言って、ジュンは部屋を出て行った 「もうこんな時間ね。こっちもこれくらいにしましょうか」 「そうですねぇ~。そろそろ寝ますかぁ」 鏡台の前で真紅と翠星石は、nのフィールドを探索し続けていた。 ルイズがネグリジェに着替え終えた頃、ジュンはわらの束を抱えて戻ってきた。 「これ、毛布の下に敷こうと思って」 「ちょっとぉ、あたしの部屋を汚さないでよねー」 「ゴメン、ルイズさん。でも、明日の朝片付けるから、夜だけお願い!」 「しょーがないわねぇ。ちゃんと自分で掃除するのよ」 「分かってるよ。綺麗にしておくから。それじゃ、おやすみなさい」 そう言って、ジュンはさっさと毛布にくるまった。 「みんな、おやすみなさい」 「おやすみですぅ、また明日です」 真紅と翠星石も、鞄に入り込んだ。 「まったく…子供の相手は疲れるわねぇ」 先に寝床に入り込んだ3人を、ルイズは腕組みしながら眺めていた。 「ま、いっか」 それだけつぶやいて、ルイズもベッドに入った。 第三話 『トリステイン魔法学院での一日』 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ~対アルビオン戦争 一日前、早朝 ―――アルビオン軍事施設、ロサイス 朝日に照らされた空軍工廠。 送電線のような鉄塔型桟橋には、ずらりと軍艦が並んでいる。どれも今すぐにでも出航 可能な状態にされている。どの戦艦も、せわしなく出入りする人々、運び込まれる荷物、 整列する貴族と傭兵達で一杯だ。特に旗艦『レキシントン』号の威容は、それを見る人々 全てを圧倒している。 そしてそれ以上に、警備する人間・使い魔の数も桁違いだ。文字通りにアリが入り込む 隙間もない。軍港の内も、外も周囲数リーグに渡って、『どうしてここまで』と頭を捻り たくなるほどの警備をひいている。港に出入りする人も荷物も、これでもかと言うほどし つこく調べられていた。 警備の邪魔になる木々は全て切られ、民家は潰され、野原は灰にされ、港は荒れ地の中 にポツンと取り残されたかのようだ。その中に、様々な使い魔を引き連れたメイジ達と平 民の兵士達が立っていた。 荒れ地の中を巡回する上官に、付近のメイジと兵士が次々と敬礼していく。 「異常は?」 「はいっ!何もありません!」 「そりゃ、そうだろ・・・正直、なんでここまでしなきゃならんのだか」 「やはり、例の噂ではありませんか?」 「ああ、あれか?『ガリア王宮がトリステインの平民使い魔を怒らせて城ごと消された』 てやつか。・・・まさか偉いさん達は、こんなよた話を信じてるのかねぇ?」 「やはり、ただのデマでありますか?」 「当たり前だ。非常識にもほどがある。大方、トリステインのスパイが流した流言の類だ ろ」 「ですが、やはりこの警備は異常としか・・・」 「それは…確かにな。遠征に参加しない陸軍連中の暇つぶし、にしても変だしなぁ」 上官も部下達も、あまりに異例な警備態勢に首を傾げていた。 第五部 第2話 その炎は罪深く アルビオン首都ロンディニウム、王城ハヴィランド宮殿。この宮殿も、非常識なまでの 警備で囲まれ、守れている。 白一色に塗られた荘厳なホワイトホール。16本の円柱が取り囲み天井を支え、白い壁 は傷一つ無く輝いている。ホール中心の円卓には、明日公式に樹立が宣言される神聖アル ビオン共和国の閣僚・将軍達が着席していた。 上座に座り、後ろにシェフィールドを従えたクロムウェルは、シェフィールドから手渡 された報告書に目を通しながら、肉を刺したフォーク片手に閣議を黙って聞いていた。そ の閣議は朝食と共に、ゆったりと和やかな空気の中で進んでいく。 「・・・以上が式典の進行予定表であります」 「うむ、その通りで頼むよ。特に正午の式典最後、出陣式を兼ねた艦隊パレード。これが 一番重要だよ」 「その点は滞りなく手はずは整っております。艦隊は正午のパレードを終え次第、トリス テインへ向かいます」 「トリステイン到着は次の日の昼頃か。地上へ滑空するだけだし、もっと速くいけるかも な」 「ダータルネスからの輸送船等との合流と艦隊編成、それに船足の遅い民間船も多いです ので、昼が限界ですね」 「そうか、まぁ急ぐ事もないか。さて、あちらさんは、どう出るかな?」 「普通に考えればラ・ロシェール前の、タルブ辺りで迎撃というところだな。あそこを押 さえられたら、我らの艦隊に地上補給拠点を与える事になるからだ」 「その時はラ・ロシェールで艦隊戦、別働隊でトリスタニアだ…といっても、この程度は 向こうも考えてるだろうが」 「うむ、そして勝敗は戦う前から決まっている事も、百も承知だろうよ」 「トリステインとしては、どの程度負けた所で白旗をあげて戦力を温存させるか、少しで も有利な講和条約を結ぶか、だな」 「そうだな。正直、ここまで念入りに準備するのは、もはや外道かとすら思える。・・・ 閣下、失礼ながら、本当にこの作戦でよろしいのか?」 閣下、と呼ばれたクロムウェルはフォークも机に置いて、一心不乱に報告書を読み続け ていた。 「あ~、閣下。よろしいでしょうか?」 「…ん?・・・あ、ああ、失礼。なんだったかな?」 「え~、もともと軍事力で天地の差があるトリステインを相手に、ここまでする必要があ るのか、ということです」 「ふむふむ、続けてくれたまえ」 「はい。あまりヤツらに被害を与えると、その後の講和条約締結や占領政策に支障をきた すと思えます。我らレコン・キスタの地上拠点となるのですから、出来る限り無傷で手に 入れるべきでは? それに、この桁外れな警備の件です。この異常な警備態勢に、軍内部のみならず国民か らも不審の声が出ています。例の、トリステインの魔法人形の噂が真実では、と面白おか しく吹聴する者も」 「ふむ、そうだね、そういう噂、だね・・・」 クロムウェルは、再び報告書に視線を落とした。 「まぁ、君の言う事ももっともだ。だが、我らとしても、一刻も早くハルケギニアを統一 し、聖地を奪還しなければならない!そのために一日でも早くトリステインを降伏させ、 我らの力を広く世に知らしめる必要がある!これは、そのための作戦だよ」 「ふむ・・・確かに」 「それと、噂の件。皆、これを見て欲しい」 そう言って、クロムウェルは手に持っていた報告書を隣の席に手渡した。その報告書が 回されると、手に取った将軍と閣僚の顔色が次々と変わっていった。食事を机に置き、食 い入るように読み続ける。 「読んでの通りだ。ガリアの同志からの報告書だよ。・・・全て、真実だ。 かの少年使い魔と魔法人形達は、確かに3日前にヴェルサルテイル宮殿を襲撃。王宮で 散々ふざけた悪戯をして、最後にプチ・トロワを消し飛ばして帰ったらしいよ!誰にも姿 を見られることなく、ね。彼等は、なんと臭いすら残さなかったそうだ!鼻の効く使い魔 が追えなかったと。 唯一手がかりになりそうだった遺留品の懐中時計も、いつの間にか消えてしまったそう だよ。残ったのは落書きやら、ゴミばかり」 「まさか、そんな・・・」「魔法も使えない、平民の、それも子供が?」「これは、すぐ 箝口令を」「ガリアだって箝口令くらいひいていたろう、それでもこの有様・・・」「ガ リアからアルビオンまで、僅か2日で噂が広まるとは」「トリステインのスパイによる情 報操作では?」 先ほどまでの和やかな空気は消えた。円卓は不安と緊張感に塗り替えられている。 バンッと円卓を叩いてクロムウェルが立ち上がった。 「諸君!恐れる事はない!この作戦はもともと、トリステインの秘密兵器をも計算に入れ て立案してある!そのために『レキシントン』号のみならず、多数の民間船を接収して改 造したのだから!」 おお…と円卓に感嘆のどよめきがあがる。 「確かにヤツらは謎だ!恐るべき戦力だ!しかし、所詮は大海に浮かぶ小舟!聖地回復運 動という大きな歴史の流れに、使い魔一匹ごときが逆らえるものか!なんのことはない、 あの使い魔がどこか一つの戦場で暴れ回るというのなら、それ以外の戦場を全てレコン・ キスタの旗で埋め尽くしてしまえばいい!やつらは、しょせん主と使い魔の二人だけでし かないのだから! 無論、艦隊にそれなりの被害は出るだろう。だが、それも聖地回復という大義の前には 些細な事でしかない!! それに、その報告書が正しければ…ヤツらには、致命的弱点があるのだよ!」 円卓を覆おうとしていた暗雲はどこかへ消え去り、閣議は終了した。朝食を追えた一同 はクロムウェルへ一礼し、皆ホールを後にした。 ―――トリステイン魔法学院、昼前。 分厚いカーテンのひかれたルイズの部屋には、キュルケとタバサがいた。二人が見つめ る鏡台の鏡が輝き、真紅・ルイズ・デルフリンガーを背に担いだジュン・翠星石が這い出 してきた。 「おっでれーたなぁ。あんな警備、見た事ないぜぇ」 「ううう、悔しいですぅ~。おんのれぇえ~~おくびょーもの共めぇええ」 「どうなってんの!?どうみても僕らがガリアの宮殿で暴れたのを知ってるとしか思えな いよ!ガリアからアルビオンまで、情報が渡ったぁ!?あっという間にぃ!?」 「そうね。この様子じゃ港や宮殿内部へのルートを見つけてもダメね」 「あー!ムカツクわねえー!あたしのエクスプロージョンで、艦隊丸ごと吹っ飛ばしてや ろうと思ったのにぃー!」 悔しさを露わにするルイズ達に、キュルケとタバサも様子を聞くまでもなく状況は理解 出来た。 話を聞いていたキュルケも腕組みして溜め息を吐く。 「はぁ~…ホントにレコン・キスタの情報網は凄いわねぇ。それかホントに裏でつながっ てるのかしら?とにかく、昼食にしましょ」 「あ、ゴメン。僕、トイレ行ってるから、先に行ってて」 と言って部屋を出ようとしたジュンの襟を、ルイズががしっと捕まえた。顔は笑顔、で も目が笑っていない。 「あの・・・ルイズさん、何?」 「ねぇ~ジュう~ん~、どーこいっくの?」 「だ、だから、トイレ・・・」 「ふぅ~~~~~ん」 真紅と翠星石も、笑顔なのに目が笑ってない。三人に取り囲まれ、ジュンも冷や汗。 キュルケはそんなルイズ達をニヤニヤと笑っている。タバサはやっぱり無表情だが、首 を傾げている。 「スぅイぃ~、ジュンを見張っててくれるかしらぁ~?」 「まっかせるですよー」 「な、なんで!?トイレくらい一人で」 「いーから来るですぅ!お前を一人で行かせるわけにはいかねーですぅ!!」 ジュンは、翠星石を頭に乗っけたままトイレに行かされた。 そんな様子を見て、首を傾げたタバサがキュルケをチラと見上げた。 「ああ、ジュンちゃんったらねぇ~。昨日、警護のオネーサン達やぁ、メイドさんやぁ、 近くの村に避難してきたイケナイお店のお嬢様達とねぇ…とぉ~っても仲良くしてたんで すってぇ!」 「うっさいわよキュルケぇ!」「お黙りなさいっ!」 ルイズと真紅がハモりながら、キュルケを睨み付けるのであった。 「・・・第一、どうしてお前等が昨日の僕の事、そんなに詳しく知ってるんだよぉ!?」 ジュンは頭の上の翠星石にブツブツ文句を言いながら石畳を歩いていた。 「あ、まさかデル公!?」 「ちっちげーよ!俺ッちはンな事いわねーよぉ!」 「ふっふーん!教えてあげるですよぉ~」 翠星石がジュンの頭の上で、腰に手を当ててふんぞり返る。 「かーんたんですぅ!お前の背中にスィドリームつけといたですぅ~」 「なーっ!なんでそんな事をー!」 「あーんなフツーの人間達に、お前の護衛を任せてらんねーからですぅ!そしたら、お前 と来たら、おおまえと来たラあァー!ち、ちちち!チビ人間のクセにぃ!!!」 ポコポコと翠星石が頭を踏みつける。 「ぶぅえっ、べぇっ!別に僕は悪くないだろお!?」 「うっせーコンチキショーですぅっ!お前に悪い虫が付かないようにするのも、あたし達 の役目ですぅーだ!」 「人権侵害だあー!」 ジュンがフトウなタイグウに抗議していると、警備の女性武官数人とすれ違った。皆、 ジュンを見るとニッコリ笑って手を振り、ジュンも少し赤くなってペコリと礼をする。 ぎゅうぅにいいいい~~~ ジュンの頭の上から、翠星石がほっぺたを思いっきりつねりあげる。 「お・ま・え・と…いうやつわぁああああ」 「ひぃっひたひ!ひゃめれえーっ!」 「お・・・おでれーた、女は怖いねぇ」 遠くから眺める女官達も、朝食に向かう女学生達も、二人の姿をクスクス笑っていた。 昼食中、ジュンと真紅と翠星石は、いつものように入り口横のテーブルで食事をしてい た。ただ最近は、ルイズも一緒。 そして少女達三人は、ジトォ~とジュンを睨んでいた。 「あの、さぁ・・・お前ら、いい加減にしろよなぁ」 「そーれはこっちのセリフですぅ!ねー、ルイズ?」 「そーよねー、ジュンったらこう見えて、イロオトコですもん。ねー、シンク?」 「そうね、さすが私のミーディアムね。本当に、誇らしいったらないわ」 アルヴィーズの食堂では、他の生徒も教員も食事している。メイドなどの平民や、警護 もいる。ただし、そのほとんどが女性。男性はほとんどみんな軍へ志願し、残っているの はコルベールやジュンなど、ごく少数。 ジュンはトリステインの戦力としても、数少ない男性としても、目立っていた。なので 周囲の視線も集まってくる。ジュンがちょっと視線をずらせば、自然に周囲の女性と目が 合う。 その度にジュンは、真紅と翠星石にバターやパンを投げつけられ、ルイズに足を踏んづ けられた。 「・・・なんで、こんな目に・・・」 そんなジュンのつぶやきも、冷たく睨み付けてくる三組の目に潰されてしまった…。 ―――夕刻、トリステイン王宮会議室。 「・・・城下の避難、完了致しました」 「艦隊は既に臨戦態勢にあります」 「全軍、予定通りに展開しております。明日には陣の形成を完了致します」 「よろしい。それでは、あとはアルビオン艦隊が来るのを待つばかりですね」 会議室では、上座のマリアンヌと、隣に座るマザリーニが全軍の配置と市民の避難状況 などについて報告を受けていた。 豪華な夕食と貴重な年代物ワインも並べられていく。同時に、扉からはヴァリエール公 爵やラ・ラメー伯爵、その他将軍達も次々と入室し、席に着いていく。その表情は暗くは ない、だが陽気でも無かった。皆、悲壮な決意を秘めてこの晩餐に臨んでいた。 全ての将軍や大臣達が机を囲んだ後、最後に入ってきたのはアンリエッタとウェールズ だ。二人は手を取り合い、末席に肩を寄せ合って着席した。 居並ぶ重臣達を見渡したマリアンヌが、ワインを手に立ち上がった。 「皆、よくぞこれまでトリステインを支えて下さいました。まずその事に感謝します。 そして、このトリステイン存亡の危機に臆することなく、この晩餐にも席を並べて下さっ た事、誇りに思います」 「女王陛下!何を弱気な事を言われますか!?」 そう言って立ち上がったのは、デムリ財務卿だ。 「このデムリ、武官でありませんので前線には立てません。ですが必ずや陛下を、王家を お守り致します!金勘定しか出来ない非力な身ではありますが、なればこそ!軍資金につ いてはお任せ下さい!」 「よくぞ言われた!デムリ殿!」 今度は魔法衛士隊マンティコア隊隊長ド・ゼッサールが立ち上がる。 「不肖、私も衛士隊隊長として、陛下の盾となる所存にございます。王家に降りかかるあ らゆる魔法から、陛下も姫もお守りして見せましょう」 そんな二人の後に続くように、居並ぶ重臣達も次々とワイン片手に立ち上がり、気勢を 上げる。 「全くですぞ陛下!確かに空軍力では劣りますが、なあに!ヤツらもいずれは地上に降り なければ占領が出来ンのです!そこからが本番ですぞ」 「そうそう!第一、あやつらは聖地回復などと掲げてはおりますが、しょせん烏合の衆! 利権目当てに集まったダニ共に過ぎません!」 「その通り、我らが地上で粘り続ければ、やつらは内部分裂を起こし、瓦解して自滅しま す。我らはその時を待てばよいのです」 「何よりここは我らの国!やつらが土足で踏み込んだ所で、この国の民がヤツらの支配を 良しとはしません。民衆と共に、各地で解放の旗を上げるとしましょう!」 「これこれ諸君、まずは艦隊戦ですぞ。まだ我が艦隊が、負けると決まったわけではあり ません」 そういって苦笑いと共に皆を制したのは、艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵だ。 マザリーニが手を挙げて、皆を一旦着席させる。 「・・・諸君、ともかく決戦の時は刻一刻と近づいておる。我らはその時まで牙を研ぎ、 力を蓄えよう。そしてなによりこの一戦において、トリステインは弱国ではないこと、他 国の侵略には一丸となって立ち向かうという意思と誇りと力、何より王家への忠誠を示し ましょうぞ」 おおっ!という喊声と共に、一同はワイングラスを高く掲げた。 そんな晩餐の中、アンリエッタとウェールズは静かに微笑みあっている。 「ウェールズ様…明日、行かれるのですね」 「うむ、アルビオンから来てくれた貴族達も、既に大勢が『イーグル』号に乗り込んでい る。 ニューカッスルで死に損ねたこの身だが、生きて姫と共に過ごして、目が覚めた。アル ビオン王家の誇りを示す、なんて言わない。ただ姫を守るため、明日は全てを賭けて戦う とするよ」 「どうか、どうか生きてお戻り下さい。このアンリエッタを、再び一人にしないで下さい まし」 「分かっている。必ず、必ず生きて帰る。二度とそなたを一人にするものか」 二人は机の下で、固く手を握り合っていた。 ―――シャン・ド・マルス練兵場、深夜。 トリスタニアの中ほどにある、この練兵場には、数多くの連隊が駐屯していた。 戦いを前にたき火を囲んで気勢を上げたり、武器を磨いたり、詠唱の練習をしたり、馬 や使い魔を撫でながら語りかけたり、皆思い思いに夜を迎えている。 そんな練兵場の隅に、若い貴族の姿があった。薔薇の造花をキザッたらしく口にくわえ たギーシュが、じっと地面を見つめて意識を集中している。 ぽこっぼこぼこ 彼の足下の地面が盛り上がり、大きなモグラが顔を出した。 「お疲れ様、僕のヴェルダンデ。本当によく頑張ったねぇ。これで君のお仕事は終わりだ よ。さぁ、遠くへお行き。トリスタニアは危ないからね」 ギーシュは優しく自分の使い魔の頬を撫で、労をねぎらった。だが、遠くへ行けと命じ られたジャイアントモールは、動こうとしない。ただ円らで愛らしい瞳が、主をジッと見 上げている。 「ダメだよ。君はとてもとても素晴らしい使い魔だけど、戦場では役に立たないんだ。君 は、もっと素晴らしい働きを、既にしてくれたんだよ。 さぁ行くんだ!短い間だったけど、君を召喚出来て本当に僕は幸せだったよ!僕は世界 一の幸せ者だったよ!」 それでもモグラは去ろうとしない。潤んだ瞳が、若い主を見上げ続けた。 「ヴェルダンデ・・・ああ、ありがとう!僕の一番の友達よ!」 ギーシュは膝をつき、モグラの頭を抱きしめて涙を流した。 そんな主と使い魔の姿も、城下に駐屯する数万の軍勢の中では、よくあるワンシーンの 一つでしかなかった。 平民も貴族も人間も動物も、等しく夜の闇に包まれる。 アルビオン~トリステイン戦争 開戦初日 アルビオン首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿前大通りは、朝から群衆で埋め尽く されていた。 石造りの整然とした町並みの中に色とりどりの旗が翻っている。楽隊の勇壮な演奏の中 を、人々の歓声を受けて華やかな騎士隊の隊列が進んでいく。宮殿内でオリヴァー・クロ ムウェルの初代神聖皇帝戴冠式も滞りなく、神妙に執り行われていた。 正午、宮殿テラスからクロムウェルが姿を現し、民衆へ手を振る。同時に大歓声がわき 起こり、皇帝自身の口から神聖アルビオン共和国樹立とトリステインへの遠征が宣言され た。 そして宮殿奥、ホワイトホールでは、遠見の鏡から式典の進行を眺める人物の姿があっ た。それは本物のクロムウェルだ。 「ふむ…さすがに影武者で戴冠式をするのはやり過ぎかとも思ったけど、まぁいいか。念 には念を、とも言うしな」 ほどなくして鏡には、上空を悠然と進むアルビオン艦隊が映された。数多くの竜騎兵に 周囲を警護された艦隊は、ゆっくりとトリステインへ船首を向ける。 港町ロサイスとロンディニウムを繋ぐ交通の要衝、サウスゴータ。 そのサウスゴータの森の中、ロサイスから北東に50リーグほど離れたウエストウッド 村には、丸太と漆喰で作られた民家があった。村といっても、ある篤志家の援助で作られ た孤児院みたいなものだったが。 そしてその篤志家と、その友人と、村を運営する女性が、孤児達と共に昼食を囲んでい た。 「あー!見てみてぇー!」 一人の子供が上空を見上げると、アルビオン艦隊が竜騎士を引き連れて通過する所だっ た。 「うわぁー!すっごおーい!」 「今度はどこいくのかなぁ?」 「しらねーのかよ、トリステインだってさ」 子供達は、無邪気に艦隊を珍しがり、その後を追って駆け出した。 「こらあー!みんなー、まだ食事中よー!」 「はーい!」 「ごめんよテファ姉ちゃん!」 テファと呼ばれた耳の長い少女に止められ、子供達はみんな食卓へ戻ってきた。 「まったく、あのティファニアといい、子供達といい、平和なものだな」 そう言って麦酒を口にしたのは、篤志家の友人であるワルドだった。マントを外して衛 士隊の制服も脱ぎ、今はただの村人にしかみえない――その鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体 を除いて、だが。 「本当だねぇ・・・内戦直後のトリステイン遠征で、高い税金やら焼け出された民衆やら で貴族への恨みがつのっているって言うのに。 杖で民衆を脅しての戴冠式典に艦隊パレードを兼ねた出陣式、ほ~んとにご苦労なこっ たよ」 ぼやき混じりにパンを頬張っているのは、土くれこと篤志家のフーケ。 「で・・・あんたはどうすんだい?」 「どう、とは?」 「しらばっくれてんじゃないよ。今朝はずっと、あれの横でじぃ~っと考え込んでたじゃ ないか」 そう言ってフーケが指さした先には、体を丸めてうたた寝するグリフォンがいた。その 大きくてフカフカの体の上では、小さな女の子も一緒に昼寝している。 「今の俺は、ただの子守だよ。子供達と遊ぶのに精一杯さ」 「ぬけぬけとまぁ、よく言うねぇ!子育てにグリフォンなんか連れてくるもんか!まった く、あんなでっかくて目立つのをここまで連れてくるのに、どんだけ苦労したと思ってる んだい!?」 「意外だな、お前からそんな事を言ってくるとは。こういう平和で穏やかな生活は嫌い か?」 「そっ!そんなことはないけど、ねぇ・・・って、からかうんじゃないよ!」 「んもぉ~、マチルダ姉さんもワルドさんも、子供達の前でケンカしちゃだめです!」 「いや、別にケンカしてるワケじゃ」「ふふ、すまんなティファニア」 ティファニアに怒られ、二人とも黙って昼食を済ませる事にした。 昼食をモゴモゴと食べながらも、ワルドの目は遠くを見つめていた。 ―――夜、ルイズの部屋 薔薇乙女達がトランクで眠りについた頃、ベッドの上ではルイズが寝返りをうち続けて いた。 ・・・寝れないなぁ・・・ もう何度も何度もコロコロ寝返りをうってるが、目が冴えて全然寝付けない。 ぼんやりと天井を見つめても、いつもの天井があるばかり。 「弱ったなぁ、グッスリ寝なきゃいけないのに」 ふと床を見れば、わら束の上にひいた毛布にくるまるジュンの背が見える。 「おーい」 返事なし。 「こらー、ジューン」 やっぱり返事はない。 「・・・女ったらし」 「…誰がだよ」 「やっぱり起きてるじゃない」 ジュンは背を向けたまま、小声で抗議した。 「ジュンも寝れないの?」 「う…ん、まあね」 「床で寝てるのがまずいんじゃない?」 「もう慣れたよ。他に寝る所なんて無いし」 「あるわよ」 「どこに?」 「ここに」 ヒョイとジュンが頭を上げると、ルイズがベッドの、自分の隣を指さしている。 「・・・冗談はよせよ」 慌てて毛布にくるまりなおすジュンの顔は、一瞬で真っ赤になっていた。 「あら、冗談じゃないわよ」 ルイズは悪戯っぽく微笑みながら、ジュンの背を見つめている。 「明日は大事な日だもの。ぐっすり寝てくれないと、こっちだって困るわ」 「そりゃお互い様。バカ言ってないで、早く寝ようぜ」 「ふーん、来てくれないんだぁ」 「あ、あったり前だろ」 「じゃあ~、オネーサンがジュンのトコに行ったげようかなぁ~?」 「かーっからかうなよ!」 「うふふ、ゴメンね。それじゃ、お休みなさい」 「ああ、お休み」 ルイズはジュンに背を向けて布団にくるまる。 ほどなくして、二人は夢の世界に旅立っていった。 「やれやれまったく…ジュンはやっぱ、まだまだお子様だねぇ・・・」 壁に立てかけられたデルフリンガーの言葉も、聞く者はもういなかった。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 結局、フーケ捜索隊はキュルケとタバサで行く事になった。 戦闘力は教師達を上回るという事で、渋々教師達も承諾した。捜索隊の二人は、ルイズ を想って志願したのに、なんだかなりゆきでルイズ抜きに馬車で出発する事になった。道 案内兼御者として、ミス・ロングビルが同行していた。 そして、学院長室にはオスマン氏とコルベール、ルイズと彼女の使い魔達がテーブルを 挟んでソファーに座っていた。デルフリンガーはソファーに立てかけられている。 「つまり、エレオノール女史は、引き下がったんじゃね?」 「はい。ですが、諦めたとは思えません…」 結局、ルイズは昨夜起きた姉との大喧嘩を、全部しゃべらされた。 話を聞き終えたオスマン氏は、ずずぅ~っとお茶を飲んだ。 「いや、もしかしたら、これは上手く行くかもしれんぞ」 トンッとカップを置いて、オスマン氏は明るい顔になった。ルイズはキョトンとする。 「エレオノール女史はお供を連れていなかった。その上、学院に来る事を事前に君に知ら せなかった。 これはどういうことか分かるかな?」 「よほど慌てていたのね。では、何をそんなに慌てていたのかしら?」 真紅が横から指摘した。オスマンも大きく頷く。 「そうじゃ。つまり、彼女はアカデミーから派遣されたワケでないということじゃ。アカ デミーから派遣されたなら、事前に伝えるなりの正式な手続きを踏んで、昼間にゆっくり お供を連れてくるはずだからの」 「つまり、姉さまはアカデミーの命令でもないのに、私の所に来たと言うんですか?なら 何故私の使い魔達を連れて行こうとしたの!?」 「スタンドプレー…研究を独占したかったのか。アカデミーより早く真紅と翠星石を手に 入れたかったワケだ」 ジュンも、うんざりしたかのようにつぶやく。 「はあぁ~、まぁったくあのコーマンチキは困ったヤツですねぇ!出世争いなんか他でや れですぅ」 翠星石もヤレヤレというで呆れている。オスマン氏は深くため息をついた。 「そうじゃのぉ…はぁ、まったく、他でやって欲しかったのぉ」 疲れたようなオスマン氏の姿を見たルイズは、昨日の夕方から姉を相手していた学院長 が、どれほど苦労していたか想像出来た。ジュンも、多分コルベールもロングビルも昨日 相当困ってたんだろうなぁ、それでさっきヘンな態度だったのかぁ、と納得した。 コルベールが身を乗り出して話し出す。 「つまりですな。エレオノール女史としては、今回の事は絶対に表沙汰にしたくないわけ です。彼女は主席研究員とヴァリエール家の地位と権力を最大限使い、君達にアカデミー の手が及ぶ事を、防がざるをえないわけですぞ。 でないと、今回の事が全部バレて、アカデミーから『研究材料の隠匿と独占』の責任を 問われるわけですからな。たとえ未遂でも、これはアカデミーでは致命的ですぞ!」 オスマン氏もウンウン頷く。 「こちらでも一応念を押しておこう。アカデミーには教え子達も勤めておるしな。少なく とも、アカデミーが学院に何の通告もなく、いきなり君の使い魔達を連れて行く事は出来 なくなるじゃろ」 これを聞いてルイズ達は胸をなで下ろした。ジュンは、ふと気になった事をオスマン氏 に尋ねてみた。 「あの、ところで学院としては、真紅と翠星石に興味がないんですか?」 ジュンの言葉を聞いて、真紅も翠星石もギョッとした。 「ちょ!ちょっとジュン、何を余計な事を言うの!?」 ルイズが慌ててジュンを止めようとする。 「いや、余計な事って言っても、やっぱり気になるよ。ここだって研究機関でもあるんだ し。だったらローゼンメイデンに興味があって当然でしょ?」 「そりゃ、そのはずだけど…」 「でも、僕らがここに来てからずっと、コルベールさんもオスマンさんも、まるで真紅達 に興味が無いかのようです。 …どうしてでしょう、教えて頂けますか?」 ジュンは、オスマン氏とコルベールをまっすぐ見つめた。教師二人は目を合わせ、意を 決したかのように頷きあった。 口を開いたのは、オスマン氏だった。 「確かに君の人形達には興味がある。しかしのぉ、君たちについてはもっと別の事に興味 があるんじゃよ。君のルーンじゃ」 「僕のルーン?」 ジュンもルイズも、真紅も翠星石も、包帯で隠されたジュンの左手を見た。 「君は、そのルーンについて、どれだけ知っておる?」 「…コントラクト・サーヴァントで刻む、使い魔の証」 「他には?」 「…いえ、僕は平民ですので、大したことは知りません。でも、コルベールさんが知って るはずですよね。確か、僕が召喚された時、メモしていましたね」 そう言って、ジュンはコルベールを見つめた。そしてコルベールも、普段の彼からは想 像のつかない鋭い視線でジュンを見つめ返す。 ジュンは、気圧されそうになりながらも、コルベールの視線から目を逸らさなかった。 しばし二人は視線をぶつけ合う。コルベールがふっと僅かに笑い、目を閉じた。代わり に、口を開いた。 「…ふっふ、そうですね。どうにも教師をやっていると、話が回りくどくなるようです。 別に腹を探り合う必要はないんですから、単刀直入に言いましょう。 ジュン君…君は、ガンダールヴです」 何を言われたのか、使い魔達には分からなかった。 ルイズは一瞬あっけにとられ、そして叫んだ。 「な、何を言ってるんですか!?それは伝説の、どちらかといえば、おとぎ話です!」 おとぎ話と聞いて、ジュン達も以前図書館でルイズから教わった童謡を思い出した。 ただ、それがどう問題なのかは分からなかった。 コルベールが更に続けた。 「ジュン君、君はギーシュ君とケンカしていた時、剣を握ったね。その時ルーンが光って いたのは気付いたかな?それに、さっきの話。エレオノール女史の杖を一瞬で切り刻んだ 事。君はそんなに素早くて、ナイフの扱いに長けているのかい?」 「いえ…それがこのルーンの力だと思っていました。このルーンはガンダールヴっていう 名前なのは分かりましたけど、それはそんなに重大な事なんですか?」 ルイズは一瞬何をいってるの?という表情になったが、すぐに、地球から来たジュン達 に始祖ブリミルも、その使い魔の伝説も分からないと気が付いた。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。 左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる 歌を口ずさんだのは真紅だった。真紅はさらにコルベールへ問い続ける。 「つまり、ジュンはこの伝説の『神の盾』になったということですわね。具体的にはどう いう存在なのかしら?」 「うん。始祖ブリミルの伝説では『あらゆる武器を使いこなし、敵と対峙した』とある。 伝説通りであるなら、君はあらゆる武器を使いこなして主を守る存在、と言う事になりま すな」 翠星石が頭をひねる。 「なら、ルイズさんは『始祖ブリミル』とやらですか?ルイズさん凄いんですねぇ」 「!!」 言われたルイズはハッとした 「それじゃ!あたしは始祖ブリミルと同じ存在なんですか!?もしや、伝説の系統を」 「それは、分かりません。なにしろ6000年も昔の話です。確かめようがないですぞ」 6000年というコルベールの言葉を聞いて、ジュンはあることを思い出し、慌てて立 てかけていたデルフリンガーを取り出した。 他の者も、なんだろうと錆びた剣を黙って眺める。 「よぅっ!いつになったら俺の出番が来るかと、待ちくたびれてたぜ」 鞘から抜かれたとたん、相変わらずのんきにしゃべり出した。 「なぁデルフリンガー。この前僕に『使い手』って言ったよな?」 「ああ言ったぜ」 「6000年生きた、とも言ったよな?」 「おう、言った」 「僕のルーンを、力を知ってる、とも」 「言った言った!で、何が聞きたいんでぇ」 「なぁデルフリンガー、お前、もしかして」 錆びた剣は少し沈黙した。そして、大きな声で言った 「はっはぁっ!まぁそういう事だ!俺は初代ガンダールヴの左手ってわけさ!」 「なああっ!なんですとーっ!!」 叫んだのはコルベールだった。 オスマン氏とルイズも、目を丸くしている。真紅と翠星石は、一応すごい話らしいとは 納得した。 「そ、それは本当ですか!?本当なら凄い事ですぞっ!!」 コルベールがデルフリンガーにすがりつくように叫んだ。 「ああ、本当だぜ。 ただよぉ、なにせ昔々の話だからな。お前等の話を聞くまで、ガンダールヴだの始祖ブ リミルだの、すっかり忘れてたぜ」 「い、いや、ゆっくりでも構いませんぞ。その、思い出した事を少しづつでも教えて頂け れば」 「ん?おめぇもジュンと似たような事言うんだな。まぁいいぜ、思い出せるかどうかわか んねーけど、何か思い出したら教えてやるよ」 「おお、有難いことです!ぜひぜひよろしくお願いしますぞ!」 「う、うむ。トリステイン魔法学院学長としても、よろしくお願い致します」 オスマン氏も激しくヒゲを撫でながら剣に頭を下げた。大の大人が錆びた剣に頭を下げ る姿、かなりヘンだった。 「へぇ~。こんなサビサビなのに、お前って凄い剣だったんだなぁ」 ジュンは改めてデルフリンガーを見直した。 「ああ、こんな姿をしているのは、自分で体を変えたんだ。なにせ面白い事も無いし、つ まらん連中ばっかりだったからなぁ。ま、本気を出せば、すっげえんだぜ。期待してな。 ああ、それと、いちいちデルフリンガーなんて堅苦しく呼ぶなよな、デル公でいいぜ」 「分かったよ、デル公。そんときはよろしくな」 ルイズは、しきりに「…よしっ!ぃよっし!」と気合いを入れていた。自分の系統につ いて手がかりが見えたので、俄然やる気がでてきたようだ。 翠星石は、アカデミーが捕まえに来ないと聞いて、安心してお茶を飲んでいた。 コルベールとオスマン氏も、思いもかけず始祖ブリミルの遺物を発見し、感動ひとしお だった。なんだか手を合わせて拝みそうだ。 ジュンはしげしげとデルフリンガーを眺めていた 真紅は彼らの姿を眺めて、ふとある事を思い出した。 「ちょっといいかしら?フーケの事ですけど…」 キュルケとタバサは、苦戦していた。 彼女らの前では、巨大な土ゴーレムが鈍重な動きながら、凄まじい破壊力で周囲の森や 小屋を破壊していた。 キュルケの杖から伸びる炎がゴーレムを焼くが、30メイルもあるゴーレムは全く意に 介さなかった。 タバサの杖から放たれた竜巻がゴーレムを襲うが、巨大ゴーレムの大重量ではびくとも しない。 二人は小屋の中であっさり見つけた『破壊の杖』を持ち、ウィンドドラゴンの背に乗り 宙へ逃げた。 キュルケの炎では、ゴーレムは全く動じない。 タバサの竜巻でも、ゴーレムはびくともしない。 操るフーケを見つけて倒せばいいのだが、森の中に隠れているなら見つけられない。高 度を落とすとゴーレムがやたらと拳を振り回すので、危なくてしょうがない。もしゴーレ ムの中から操っているなら、手の出しようがない。動きは鈍いので、巨大な拳の直撃を喰 らう事はないだろう。だが、ゴーレムがぶん投げる土や岩が風竜の翼に当たれば、みんな まとめて墜落しかねない。 「さぁって、どうしようかしらねぇ…フーケの魔力が尽きるのを待つか、森を手当たり次 第に焼いてゴーレムごと炙ってみるか」 土ゴーレムを見下ろしながら作戦を練るキュルケに、タバサがチョンチョンと『破壊の 杖』を指さした。 「帰還」 「う~ん、盗まれた『破壊の杖』も取り戻したし、確かにもう帰ってもいいかもしれない わよね」 キュルケはゴーレムへ視線を戻した。彼女の杖を持つ手に力がこもる。 「でもね…この『微熱のキュルケ』、ツェルプストーの名において、すごすご退散ってい うのは頂けないわねぇ。 あちらさんもいまだに逃げもせずゴーレムを出しっぱなしの所見ると、盗賊のクセに戦 いたいようだしね」 タバサは少し首をかしげた。どんな上手い手があるの?と聞きたいらしい。 キュルケはウィンクして、『破壊の杖』を指さした。 「それ、試してみない?」 「はぁ~い♪こっちよぉ~☆」 キュルケはゴーレムからかなり離れた場所に『フライ』で降り立った。ゴーレムを挑発 するセリフと共に。その腕には、『破壊の杖』が抱かれていた。 舞い降りてくるキュルケをジッと見つめていたゴーレムが、降り立ったキュルケへ向か い歩き出した。 「さぁ~って、学院秘蔵の『破壊の杖』。その威力見せてもらうわよ!」 と言って、キュルケはゴーレムに向けて杖を降った。 何にも起きない。 「あら?」 次は適当な魔法を杖にかけてみた。 ウンともスンとも言わない。 「な!なによこれ!?どうやって使うのよ?」 と言ってる間に近くまでゴーレムが近くまで来ていた。 「くぅっ!!」 キュルケはルーンを唱え、杖の先に火球を作り出した。 ゴーレムが拳を振り上げる。キュルケの火球がさらに巨大になる。まだ放たれてもいな いのに、周囲に広がる熱波が枯れ草をチリチリと焦がし出す! 「さぁ…これを喰らってもまだ、溶けずにいられるかしらねぇ!」 ゴーレムが拳を振り下ろす!と同時にキュルケも巨大な火球を杖から 「やめ------------------っっっ!!!」 ぐわしっ!どたたたたたたた・・・ キュルケは、デルフリンガーを右手に持ったジュンの左肩に担がれていた。 さっきまで彼女が立っていた場所には、ゴーレムの拳が作った大穴が開いていた。 キュルケと、上空のタバサは、いきなりの乱入者に驚いていた。 ジューン!大丈夫!? 遠くからルイズの声がした。 馬にまたがったルイズの前に、真紅と翠星石もいる。 「ちょっとジュンちゃん!何であんた達がいるのよっ、てかなんで邪魔するのよ!?てい うか早く下ろしてよ!!」 「え、あ、すいません」 ジュンは慌ててキュルケを下ろし ズウゥゥン… 土ゴーレムの蹴りをかわした。 二人並んで走ってゴーレムから距離を取る。ゴーレムは馬にまたがるルイズ達を見て、 キュルケ達とどちらを先に攻撃するか迷ってるようだ。 「それで!まぁ学院長のジーサンと話が終わったから慌てて追いかけて来たんでしょうけ ど!何で邪魔するのよ!?」 走りながらもキュルケはジュンを問いただす。 「それです!『破壊の杖』ですよ!」 ジュンは『破壊の杖』を指さした。 「はぁ?これが何よ!こんな役立たず!」 「きゅ、キュルケさんは、てか誰もそれが何か知らないでしょ!それは、僕たちの世界の 物です!」 十分距離を取った所で、ようやく二人は立ち止まった。 「あんたの世界の物?もしかして、これも『召喚されし書物』と同じ」 「そうです!それは、バズーカ砲っていう武器です!」 「武器ぃ?これがぁ?」 キュルケは、妙に軽い鉄製の筒を掲げてみた 「そうです!そして、それは、高熱を浴びたら誘爆、ていうか、大爆発するんです!」 「爆発ぅ!?…ってことは、もしかして、さっき」 「そう!あの火球をバズーカ片手に使ったら、キュルケさんが吹っ飛んでたかもしれない んですよ!」 「ぇ-」 そうこう話している間に、ゴーレムはルイズ達に向かって行った。ジュンはデルフリン ガーを握りしめてゴーレムへ歩みを進める。 「ちょっとジュンちゃんっ!あなたじゃ無理よ、下がってなさい!」 「無理…か」 ジュンはデルフリンガーを眼前に掲げた。 「なぁデル公、やれると思うか?」 「ははっ!任せなボウズ、俺もこんな格好してる場合じゃあねえ!」 叫ぶなり、刀身が光り出す。 ジュンもキュルケも、一瞬あっけにとられた 光の中から現れたのは、今まさに研がれたかのごとく輝くデルフリンガーだった。 「これが俺の本気ってわけさ。だが勘違いすんなよ?あくまで戦うのはジュン、お前だ。 忘れるな!戦うのは俺じゃあねえ!俺はただの道具にすぎねえ!」 「…分かった。とにかくやってみるよ」 「ちょ、ちょっとジュンちゃん…」 いきなりの展開に置いて行かれ気味のキュルケを、ジュンは振り向く。その顔は、少し の勇気と大きな恐怖にこわばっていた。 「キュルケさん、そのバズーカ砲、預かってて下さい」 「いえ、だからあなたじゃ無理って」 「やっと・・・やっと力を手に入れたんです。真紅と、真紅や翠星石や、みんなと一緒に 戦える力を。だから…」 ジュンは、ルイズ達に向かって右拳を振り上げる土ゴーレムをキッと睨んだ。 「だから…行きます!」 ジュンは土ゴーレムに向けて、風のように疾走していった。その左手の包帯からは淡い 光が漏れだしていた。そして、その指輪も紅く、激しく輝いていた。 ルイズ達は、地面に放り出されていた。 迫ってくる土ゴーレムを見た馬が怯えて、皆を振り落として逃げてしまった。 だが真紅と翠星石は即座に立ち直り、ステッキと如雨露を掴んだ。 「さぁ、おいでなさい!」「薔薇乙女の力、見せてあげるですよっ!」 まだ立ち上がれないルイズの前に、二人が並んだ。 ゴーレムが右拳を振り上げた。 真紅と翠星石は全力で戦うため、指輪からジュンの力を得ようとした。 ジュンも、力を送ろうと意識を指輪に向けた。 ルーンも、輝いていた。 力は、ローゼンメイデンに送り込まれた 「な!なんなのこれは!?」 真紅の体は、まぶしいほどの光に包まれていた。 「すごいですぅっ!力が、力がこんなに!!」 翠星石も輝き出す。 余りにも多量の力が流れ込んだため、力があふれだしていたのだ。 ブオォォッ! ゴーレムが拳を振り下ろした。 「えーいですっ!」 翠星石が如雨露から地面に水をまいた、というより水圧で地面がえぐられた。 どぅんっ! 鋼鉄に練成された右拳は、突然出現したツタとも大木とも分からぬ植物に受け止められ た! 「うそ…」 ようやく杖を持って立ち上がったルイズは、鋼鉄製の、しかも信じがたい重さの拳を正 面から受け止める力技に、目を丸くした 「喰らいなさいっ!」 真紅が掌をゴーレムの左肩に向けた。わき出した薔薇の花びらが竜巻、いや、紅い竜と なりゴーレムの左肩に激突する! グラ・・・ズズゥン ゴーレムがバランスを崩し、尻もちをついた。左肩もえぐれている。 「ま、まさか…これほどだなんて…」 立ちつくすキュルケは、呆然としていた。キュルケを風竜に乗せようと降りてきたタバ サも、彼らの戦いに目が釘付けだ。 土ゴーレムがなんとか立ち上がろうと、地面に両手をついた。 「ううぅぅぉぉおおおおあああああっっっ!!!」 ドシュッ! 一気に間合いを詰めたジュンが、地面についたゴーレムの左手首を切断した! ズズウン・・・・ ゴーレムはバランスを失い、地面に倒れ込んだ。 「あったしだってえーーーー!!!」 ボボボボッボボボッボボンッ!! ルイズの失敗魔法が連続でゴーレムの右手首に着弾する! ゴーレムの右手首も崩れ落ちた。ゴーレムは完全に地面に仰向けに倒れてしまった。 「ダメよ!そのゴーレムは再生するわ!」 上空から風竜に乗ったキュルケが叫んだ。 言葉通り、土ゴーレムの破損部分は速やかに再生され、再び立ち上がろうとしていた。 だが、ジュンはニヤッと笑った。 「ふふん、再生怪人は弱いって言うのがお約束なんだよね~」 言うが早いかジュンはゴーレムの足下へ飛び出した! ザザンッ!! 一瞬でジュンは駆け抜けた。ゴーレムの両足首を切断して。 ドドドオオォン・・・ ゴーレムは突如支えを失い、地面に倒れ込んだ。急に落下した自重に耐えきれず、体が 半ば崩れそうになっている。 「そーらっ!これでも喰らいやがれですぅっ!!」 翠星石がゴーレムに向かって如雨露から、トンでもない水圧で水をかけた。水圧自体に ゴーレムの体がえぐられていく! ぶううぉおおおおぉぉっっ!! ゴーレムの足下から、そして土ゴーレム自身からも、無数のツタが生えてきた。ツタで がんじがらめにされて、ゴーレムはもはや動く事も出来ない。 「さぁ!これでトドメよ!」 真紅が、薔薇の竜巻を絞り上げ、一本の巨大な槍に練り上げた! ドムッ! ゴーレムの胸を、巨大な紅い槍が貫いた! だが、これほどのダメージを喰らっても、ゴーレムはまだもがいていた。なんとか動こ うとツタに再生中の腕をぶつけている。 「うりゃうらうりゃうらー!」 ドドドドンッ! とても貴族とは思えない気合いと共に、ルイズの失敗魔法が崩れかけのゴーレムをさら にえぐっていく! ゴオウゥッ! いきなり、熱波がゴーレムを襲った! 上空から、キュルケの火球がゴーレムに落下してきたのだ 「ふふーん!やっぱり最後を決めるのはあたしよねぇ」 バズーカ砲を抱えたタバサは、地上の戦闘を見つめ続けていた。 燃え上がるツタと薔薇、そして火球そのものに焼かれ、ゴーレムはしばらく悶えた後に 崩れ落ち、後には焼けこげた土の山だけが残った。 「やぁったですぅー!」「いえーい!」「すぅげー!」 歓声が勝利した6人を包んだ。 パチパチパチパチ・・・ 拍手しながら森から出てきたのは、ロングビルだった。 「すごいですわ皆さん。まさか、これほどだなんて」 「エヘヘヘヘ…」 ジュンは照れて頭をかいていた。 「でもですねぇ、どうやらフーケは逃がしちゃったみたいですねぇ」 「しょうがないわ。向こうもプロの盗賊、逃げ足は速いわ」 翠星石と真紅は、顔を見合わせて残念がった。 「ま、『破壊の杖』…えと、ばずうかほうだっけ?それだけ取り戻せれば十分でしょ」 そういってルイズはロングビルの手を取った。 「ところで、私たちの乗ってきた馬は逃げてしまったの。ロングビルさん達が乗ってきた 馬車に乗せて下さいな」 「えーっと、そうですわね。それじゃ皆様、帰りましょうか」 「おー♪」 そんなわけで、勝利の美酒に酔いしれながら、彼らは帰路についた。 学院長室では、オスマン氏を始め全ての教員が、全員の無事と『破壊の杖』奪還を喜び 祝福した。 オスマン氏が整列するフーケ捜索隊の前に立ち、オホンと咳払いした。ジュン・真紅・ 翠星石は、ルイズ達の後ろに並んでいる。ミス・ロングビルは窓際に立っている。 「いやー、皆よくやってくれた。学院の秘宝も取り戻せたし、何も言う事はないわい」 皆、誇らしげに胸を張っている中、キュルケだけは少し不満げだった。 「うん?どうかしたかな、ミス・ツェルプストー」 「あたしとしては、フーケを取り逃がしたのが残念でなりませんわ」 「おーおー!そんなことか、そんな事はもういいんじゃよ」 「あら、『破壊の杖』を取り戻しただけでいいんですの?」 「いやいや、そういうわけじゃないんじゃよ」 そういって、オスマン氏は部屋の中に並ぶ教員達を見渡した。 「やはりこれは学院の恥であるしのぉ。教員達の手でフーケを捉えねば、学院の名に傷が 付くと思うんじゃ」 と言って、オスマン氏はいきなりミス・ロングビルを見た。 「のう、君もそう思うじゃろ?ミス・ロングビル」 いきなり話を振られたロングビルは、キョトンとなった。 少し沈黙の後、一筋の汗と共に口を開いた。 「ええ、私もそう思いますわ。でも、肝心のフーケの居場所が分かりませんので…」 「いやいやいやいや!君が今朝方教えてくれた情報だけで十分じゃよ!」 そう言って、オスマン氏はミス・ロングビルにニッコリ微笑んだ。 他の教員達もニコニコ微笑んでいた。微笑んではいたが、その立ち位置は、学院長室の 扉を塞ぎ、ミス・ロングビルを中心に円を描いていた。彼女を包囲するかのようにゆっく りと移動していた。 急に立ちこめだしたきな臭い雰囲気に、キュルケはキョロキョロとしてしまった。 ミス・ロングビルは真顔で、低い声でしゃべりだした。 「そうですか、私の情報はとても役に立ってもらえましたか」 「うむ、とても役に立ったのぉ。いやー、まったく君の有能さには驚かされた! まさか馬で片道4時間かかる場所からの情報を、朝一番の僅かな時間で手に入れてくる とは!おまけに『黒のローブを着た男』というだけで、性別すらわからんはずのフーケと 断定するとはのぉ。 いやまったく恐れ入った!君には特別に、王宮から報償が出るじゃろうて」 「そうですか、でも…遠慮させて頂きますわっ!」 彼女は杖を取り、窓へ突っ込んだ! ガガガガガンッ!! 「ひぃっ!」 タバサの氷の矢が、彼女の進路を塞いでいた。 ミスタ・ギトーの風が、彼女の杖を吹き飛ばしていた。 ミセス・シュヴルーズの赤土が、彼女の足枷となっていた。 「そ!そんな!こんなバカなぁっ!」 コルベールがゆっくりと、動けなくなってもがいているミス・ロングビルこと土くれの フーケに近づいた。 「ミス・ロングビル…いえ、フーケさん。窓から飛び出なくて良かったですね」 「はぁ!?どういうことだい?」 「こういうことです」 コルベールは、杖で窓の外を示した。 窓の外には、100人をこえる生徒が杖を構えていた。『フライ』で滞空する者、杖に 炎をまとわせている者、使い魔を臨戦態勢にしている者、その全てが学院長室を狙ってい た。 「飛び出した瞬間に、あなたはチリも残さず消えていました。当然、廊下にも待機させて ますよ」 「くっ…」 フーケは、とうとう力なくうなだれた。 「・・・やられたよ。まさか『破壊の杖』を取り戻すために、泳がされていただけだった とはね。あんた等を見損なってたよ」 「いえいえ、それは買いかぶりですぞ。ところで、どうしてこんな事を?さっさと『破壊 の杖』を持って逃げれば良かったのに」 コルベールの問に、フーケは吐き捨てるように答えた。 「どんな秘宝も、使い方が分からなくちゃ売れないのさ…そこの坊やが使ってくれたら良 かったんだけどねぇ」 ジュンは、黙ってフーケを見つめていた。 第七話 ルーンと指輪とデルフリンガー END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3617.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu /next 薔薇戦争は終結した。 トリステイン国内にいたアルビオン残存兵は艦隊ごと投降、まとめて捕虜となった。 思いっきりふんぞり返って『シャルル・オルレアン』号を降りてきた王女イザベラは、 トリステイン高官達の非常に複雑極まりない作り笑いと、事情を知らされない一般兵達の 歓呼の声で王宮へ迎えられた。 彼女は、大后マリアンヌを差し置き、一番にルイズ達との会見を要求した。 謁見の間に通されたイザベラの前に、ヒクヒクと頬を引きつらせ、額に血管を浮かべた ルイズが跪く。 (ちょっと、ルイズ…落ち着きなさい) (わっ分かってるわよ!) 後ろで同じく跪いていた真紅の囁きに、やけくそ混じりに答えるルイズ。だが、やっぱ り声が震えている。 「お、王女イザベラ様・・・こ、ここ、此度の援軍、かか、感謝の言葉もございません」 「おほほほほほっ!!いーのよいーのよぉ!!この前はぁ、あんたの使い魔とぉ、ちょっ とした誤解があったのよねぇ~。そぉれぇでぇ、お詫びでもしようかと思って、来てあげ たのよーっ!」 「お、心遣い。痛み、入ります。 え~・・・私といたしましても、ガリアの首都リュティスを潤す恵み豊かなシレ河のご とき王女の髪が、かように美しいままであることを知り、安堵して胸をなでおろしており ます」 「・・・ガリアは魔法大国だからねぇ。あんた等が、黒こげにしてくれた、あたしの髪を 元に戻すくらい、オチャノコサイサイってやつさ!」 イザベラの流れるような長い髪は、以前と変わらぬ艶やかな青をたたえている。でも、 ルイズの皮肉に引きつった頬は艶やかとは言い難かった。 ルイズは、おのれ~ヌケヌケと~、という内心の怒りに、肩が小刻みに震えていた。そ れはジュンの左右に控える真紅と翠星石も同じ。いや、謁見の間にいる全てのトリステイ ン高官達が『全部ガリアの自作自演だろーが!』という突っ込みを入れたいのを必死で耐 えている。 何しろ彼等の頭上には、今度はガリア艦隊がいるのだ。おまけにガリアとレコン・キス タの関係を示す物的証拠も証言もない。内心、ルイズ達に同情しつつも、これで納得して 帰ってくれるなら、と考えていた。それに、思いっきり好意的に解釈するなら『トリステ インの力を認めて侵攻を諦め、和平を申し出に来た』と言えなくもない。 トリステインの人々の祈りを知ってか知らずか、ガリア艦隊はさっさと帰って行った。 ガリア王ジョゼフ一世とマリアンヌとの会見の日取りだけ決めて。 ちなみにジュンは、イザベラの前に跪いたまま、力尽きて気絶。そのまま丸一日こんこ んと眠り続けた。 後日、未だあちこちに焼け跡を残すトリステイン城に、両用艦隊を率いる『シャルル・ オルレアン』号からジョゼフ一世が降り立った。 大后マリアンヌ始め、マザリーニなどが総出で出迎えたガリア王は、マリアンヌに駆け 寄っていきなり抱きつき頬にキスをして、一気にまくしたてた。 「おおっ!麗しき女王陛下よっ!!トリステインの友人達よ!ご無事で何よりだ!かの恐 るべき戦乱を乗り越え、今日無事に会う事が出来たのも、始祖ブリミルのご加護に違いな いっ! いや先日の、我が娘の失言については申し訳なく思っているのだよ。まったく、娘は年 若く世間を知らぬゆえ、恐れ多くも女王陛下とトリステインに対する暴言の数々!父とし て顔から火が出る思いだ!かの少年剣士の申し出を取り次いでくれれば、すぐにトリステ インへ援軍を送ったものを!娘へは私から、きつく叱っておいた!どうか無礼の数々は平 にお許し願いたいっ! ともかく、遅くなりはしたが、僅かな弱兵ながらも援軍は送りましたぞ!もちろん礼な どいらぬ!共に始祖ブリミルより連なりし王家の血を引く兄弟ではないか!王家に弓引く 不逞の輩を成敗するに、何の見返りを求めようかっ! さぁ宴だ!諸君等の武功と勝利を、共に杯をくみかわして祝おうではないかっ!!」 出迎えた人々はガリア王のあまりの厚顔さと勢いに、のっけからあっけにとられ何も言 えなかった。 次いでアルビオンからも大使達が降り立った。仲介役だオブザーバーだの何のかんのと お題目を付けて、ゲルマニアの大使や、ロマリアの神官達やらもやって来る。 こうして、薔薇戦争講和会議は戦勝祝賀会と共に開かれた。 アルビオンへの捕虜返還交渉は滞りなく終了。賠償金という名の身代金として、ハヴィ ランド宮殿の宝物庫が丸々支払われることになった。事実上はトリステインの勝利とはい え、上々の収穫である。財務卿であるデムリは「これで街も艦隊も再建出来る!」と涙し た。 うち半分を、マリアンヌはジョゼフに支払おうとした。だがジョゼフは受け取ろうとし ない。再三の申し出にようやく「それなら後日、トリステインに送られてきた宝物の中か ら一つ、私自ら一つ選んで持ち帰ろう」ということになった。 トリステイン王宮の人々は正直「こいつ、また来る気なのか・・・」と、うんざりして しまった。 2/3が焼失したトリスタニアは、都市設計に従った新市街再建が決まった。 空海軍が戦争の主力となった現在では、城壁だの道路の迷宮化だのは防衛上の意味をな さない。なので、城を中心として大通りを放射状に延ばした、壮麗優美かつ経済活動に都 合の良い街が設計される予定である。 トリステイン軍は、生き残った艦船と没収したアルビオン戦艦を元に再編成中。近衛隊 や竜騎士隊も、同時に没収した火竜を使って再建する予定ではある。ただし航海士官も騎 乗する騎士も著しく不足しており、実現には大きな困難が予想されている。 ウェールズは、『イーグル』号と共に無事帰還。『イーグル』号はトリステインで唯一 大きな損害の無い戦艦であったため、暫定ながらトリステイン艦隊の旗艦とされた。また、 正式にトリステインへの亡命受け入れが宣言された。 ワルドは、ジュン達が秘密を守ったため、無事にトリステインへ戻る事が出来た。所領 を増やし、爵位も伯爵に上がった。ただし魔法衛士隊が壊滅しているため、正式な役職に ついては現時点では宙に浮いている。 アンリエッタとウェールズの婚儀は、当人達が 「艦隊が半壊しトリスタニアが灰になった今、我々のためになど金や人を割くなど、とん でもない!第一、既にルイズを巫女として結婚式を済ませました」 と、頑なに拒否。さすがにそれは王家として示しがつかぬとマザリーニが、そして会議 において少しでも存在意義を示したいロマリアの神官達が翻意を促し、結局王宮内の焼け 残った教会で結婚式のみ上げる事になった。 神官として式を取り仕切るのは、左が鳶色で右は碧眼の「月目」が特徴的な、線の細い 中性的美少年。新郎新婦と同じくらい注目を集めつつ、各国の貴人重鎮が居並ぶ割りには 簡素で素っ気ない式を、無事に執り行った。 アルビオンに対しては、トリステイン・ゲルマニア・ロマリア、そしてガリアも含めて のハルケギニア大陸封鎖令が宣言された。これはアルビオンとの交易を禁じ、アルビオン を大陸から孤立させることで経済的打撃を与え、レコン・キスタの弱体化を待つ、という ものだ。 と言っても、アルビオンはそんな宣言を待つまでもなく、地理的に最初から孤立してい る。交易が出来なくなって経済的打撃を受けるのは他の国も同じだ。おまけに、裏でアル ビオンと通じていた事が公然の秘密となっているガリアまで一緒になって出した宣言なの で、実効性は疑わしいと見られている。 市井では、『大陸でのレコン・キスタの活動を王家一丸となって封じる』と言う意味の 共同宣言、と評されている。 当の神聖アルビオン共和国はというと、表面上は落ち着いていた。主であるガリアに裏 切られたという形ではあるのだが、別に何かガリアから表立っての支援を受けていたわけ ではないのだから。 だが、アルビオン艦隊は全滅し、天下無双と呼ばれた竜騎士を100騎も失った事にか わりはない。おまけに、身代金として宝物庫の中身を全部トリステインに支払わされてし まった。内戦で国家財政は困窮していたというのに。 オリヴァー・クロムウェルの権威失墜は隠しようもない。遠からず内紛を起こす、と目 されている。 ルイズやギーシュをはじめ、多くの生徒が学院に帰還した。無論、戦死した者も多い。 数を減らした男子生徒達は、女生徒達と警護の女性騎士達に拍手と涙と熱い抱擁、そして 未だ癒えていなかった傷を治す『治癒』魔法で迎えられた。 特に、『たった一騎でアルビオン艦隊と渡り合い、壊滅させた』ルイズ達は、歓喜の渦 の中に放り込まれた。真紅も翠星石も、すっかり仲良くなったメイド達に囲まれ抱きしめ られ、もみくちゃにされてしまった。 当然ジュンもその中で、特に一番に駆け寄ってきたシエスタに、熱いキスと力の限りの 抱擁を受ける、はずだった。 だがシエスタを追い抜いて駆け寄ってきたスカロンに、 「きゃあーーっ!!凄いわすんごいわあーー!!こんな可愛いのに強いわ救国の英雄だわ なんて~!!もう我慢出来ないわ!お願い抱かせてキスさせてえー!!」 んぎゅーぶちゅうぅ~~「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ」 ヘロヘロだったジュンは抱きしめられ唇を奪われた。 そのまま気絶し、さらに一昼夜うなされ続けるのであった。 それからしばらくして、ようやく戦後の混乱も収まった頃 ―――トリステイン魔法学院、ダエグの曜日の朝。 今日も生徒達がアルヴィーズの食堂へ向かう。 ルイズも食堂へ行こうと部屋を出ると、丁度隣の部屋のドアが開いた。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、イザベラ」 隣の部屋から丁度出てきたイザベラに、イヤそうに挨拶した。イザベラは王冠もドレス も着ず、ルイズと同じ制服に身を包んでいる。 「なんだい、その不景気なツラは。毎度毎度、いい加減にしなよねぇ」 「あーら、ごめんあそばせ!美しき王女様の輝けるオデコに、ついつい目がくらんじゃい ましたわ!」 「そ、それは申し訳ございませんねぇ!今度から、あんたの胸のように控えめにしてあげ ますわ!」 「ちょっとあんた達ねぇ・・・毎朝毎朝、人の部屋の前でケンカしてんじゃないわよぉ」 向かいの部屋から出てきたキュルケは、もはや朝の恒例となりつつある二人のにらみ合 いに、いい加減呆れていた。キュルケの仲裁すらも、いつものこととなりつつある。 ガリア王は、アルビオンから送られてきた品々から自らの取り分を選びに来た折、マリ アンヌとマザリーニに一つの提案をした。 「我が娘は世間を知らなさすぎる。それが原因で、かの少年剣士と諍いを起こしてしまっ た。ここは一つ留学でもさせて、見聞を広めさせようと思うのだ」 ただし「イザベラの部屋はルイズの隣」という条件を、怨恨の解消だの将来を担う人材 同士の深い交流だのと、もっともらしい理由と共に示された時は、二人とも露骨な下心に 呆れた。 ちなみにジョゼフが光り輝く財宝の山の中から自ら選んだのは、古ぼけたボロボロのオ ルゴール一個のみ。茶色くくすみ、ニスも完全にはげ、ところどころ傷がある。どうみて も骨董品。 これだけ欲の無さを見せつけられた以上、ジョゼフの申し出を断る事は出来なかった。 トリステインとしても、留学生の受け入れを拒む理由はないし、ガリア王家との友好も深 められる。なので、イザベラのトリステイン魔法学院への留学を快く受け入れた。イザベ ラの部屋の場所くらいの譲歩もせざるを得なかった。 そんなわけで、ルイズとイザベラは晴れてめでたくお隣様。もちろん二人には「仲良く しなさい」との勅命が下された。ジョゼフは去り際に、「時々娘の顔を見によらせてもら いますぞ。ああもちろん!出迎えなんて不要ですからな!」と再訪を約束する事を忘れな かった。 「ちょいとルイズさん、ケンカはだめですぅ」「まったく、毎回よく飽きないものだわ」 そういってルイズの部屋から出てきたのは、真紅と翠星石だ。その後ろからジュンも出 てくる。 「まったく、女ってのは朝っぱらからやかましいわな」 「そうだよ、二人とも。とにかくご飯に行こう」 ジュンは相変わらず小姓の服を着て、デルフリンガーを背負っている。ただし、服の上 にマントを羽織っていた。 彼は薔薇戦争での武勲を認められ、シュヴァリエに叙された。だが今着ているのはシュ ヴァリエの、黒地にビロードで銀色の五芒星が躍るマントではない。白地で、長袖がつい た、何の飾りも素っ気もないマントに袖を通している。 白衣だ。 イザベラもキュルケも、白衣から立ち上る刺激臭に顔をしかめて鼻をつまむ。ルイズも 腰に手をあてプリプリと怒り出す。 「ちょっとお、ジュンったら。いい加減そのマント脱ぎなさいよ!臭いんだから」 「あ、ゴメン。まだ実験の途中なんだ。ご飯終わったら、すぐ戻らないと」 実験、と言う言葉を聞いて、イザベラがキラーンと目を、そしてオデコを輝かす。 「なになに!?また新型の溶鉱炉とか作ってたのかい!?この王女が聞いてやろうッてん だから、さっさと話しな!」 「いや、その・・・」 額を光らせて詰め寄られ、ジュンはちょっとタジタジ。 「きー!ガリアなんかに教える技術は何にも無いわよ!さぁ、朝食にするわよ!!」 「ほらほらぁ、イザベラも早く来ないと、おいてくわよぉ」 「ちょっちょっとお待ちよ!このイザベラ様を置いていくんじゃないわよ」 キュルケに促され、一行は食堂へ歩き出した。いつのまにやら、タバサも後ろをついて きていた。 ジュンは日々、コルベールに師事して勉強に励んでいる。 公爵家で執事としての修行をするよう勧めるヴァリエール公爵夫妻、新たに結成される 近衛隊の一員に勧誘するアニエス、等の様々な申し出が彼に送られた。もちろん彼は全て 拒絶し、学院で勉強に励むことにした。 そして、勉強とは魔法に限らなかった。日本の学校ではほとんどやらせてもらえない、 数々の危険で費用のかかる化学実験も、学院でならコルベールの協力を得て行う事が出来 るのだから。そして同時にコルベールも、ジュンから地球の自然科学を学び取り続けてい た。コルベールにとっては、ジュンが軽く描いた元素周期表ですら、目から鱗が落ちる勢 いだ。 二人が最初に手がけたのは、墜落したゼロ戦の破片をかき集めての材料解析。例えば機 体を構成する、50年以上前の技術で作られたジュラルミン合金。それだけでもハルケギ ニアでは新技術新素材だ。ジュンも化学などを、受験用の公式でなく実践として身につけ る事が出来る 雛苺と蒼星石の復活を目指し、今日も彼は勉強と実験に励む。 ルイズ達が寮塔を出ると、数名の騎士達が入り口に立っていた。彼等はイザベラの姿を 見るや、彼女の前にザッと整列した。 「おはようございます、イザベラ様」 「カステルモールは、どうしたい?」 イザベラがキョロキョロと不機嫌そうに、そして不安そうに周囲を見渡す。 「はっ!ただ今団長は、学院長の下へ」 「お待ちをぉ!・・・カステルモール!ただ今参上致しました!」 遠くから一人の騎士が駆けてきた。ピンとはった髭が凛々しい、二十歳過ぎの美男子。 東薔薇騎士団団長バッソ・カステルモールだ。 留学生とはいえ、イザベラは王女。というわけで警護として東薔薇騎士団員もついて来 ていた。彼等は学院の外の草原に天幕を張って駐屯している。 走ってくるカステルモールを見たとたんにイザベラの顔はパッと明るくなり、そして即 座に怒ったような表情でプイと顔を背けた。 「遅い!団長としての心構えがなっていないね!」 「も、申し訳ありません」 肩で息をつきながら頭を下げる騎士を、イザベラはチラリと横目で見る。 「まったく、あんたはあたしを守るのが仕事なんだ!あたしから片時も離れちゃならない ということを忘れンじゃないよ!? ところで、学院長になんの用だい?」 「は、はぁ。その、先日イザベラ様が申していた、私の寮塔への出入り許可の件なのです が」 「ああ!それかい!それで、どうだったね!?当然ながら、立ち入り許可は下りたんだろ うねぇ!?」 まさにワクワクという感じな顔を寄せてくるイザベラに、カステルモールは頭を下げた まま、すまなそうに答えた。 「いえ・・・。やはり、婦女子のみが住まう寮塔に、警護といえど男性が立ち入る事は許 されない、と」 聞いたとたんにイザベラは激怒して地団駄を踏み出した。 「なんだよ何だよそれはっ!?このイザベラ様の言う事が聞けないってのかい!? 第一、あのギーシュとかいうやつとか、みんな入ってきてるじゃないか!というかジュ ンはどうなんだよ!?その平民なんか、ルイズの部屋でイチャイチャしながら暮らしてる じゃないか!」 そういって指を指されるジュンは、イチャイチャだなんて人聞きの悪い~、と呟きつつ も頬を赤くして俯いてしまう。 壁に八つ当たりで蹴りを入れだしたイザベラをなだめるのは、やっぱりキュルケ。 「まぁまぁイザベラ、落ち着いてよねぇ。ジュンちゃんは『使い魔』ていう特殊な立場な んだしぃ。ギーシュだってバレないようにコッソリとモンモランシーの部屋へ入ってきて るんだから。 つまりぃ、そこの騎士さんもコッソリ忍び込めばいいのよぉ♪」 その言葉を聞くや、イザベラは即座にカステルモールに詰め寄った。 「それだよっ!カステルモール、あんた今夜から、毎晩あたしの部屋に忍び込みな!」 イザベラ以外の全員が、引いた。 カステルモールは、真面目に答えようかどうしようかと、困った。 脂汗をダラダラ流した末に、ようやく騎士は言葉を絞り出す。 「あ、あの、イザベラ様、それは、その・・・無理、です」 「なんでだよ!?」 「いや、その、なんでと言われても」 「なんでも何もないよ。あんた、護衛の騎士のクセに、このあたしの夜間警護をしないつ もりかい!?」 「いえ、そういう事では、なくて、ですね・・・」 ずっと黙って聞いていたタバサが、ようやく一言を口にした。 「夜這い」 聞いた瞬間、イザベラは我に返った。 真っ赤になったり真っ青になったりと繰り返し、周囲からの冷たくも暖かい視線に気付 き、オタオタオロオロと狼狽したあげく右手を振り上げ バッチーン! と大きな音が響いた。カステルモールに平手打ちを喰らわし、ダッシュでどこかへ走っ ていった。 騎士達は慌ててイザベラを追いかけていったが、頬を真っ赤に腫らした団長は、涙目の まま立ちつくしている。 ジュンは何故か、彼が他人に思えなかった。 放課後、ルイズ達とキュルケ・タバサは学院の門に集合。シルフィードに乗って再建中 のトリスタニアへ飛んだ。 といっても彼等は別に街に用は無い。半ば焼け落ちて放棄された貴族の邸宅に降り立っ て、その一室にある大きな鏡の前に薔薇乙女達が立つ。 波打つ光を放ちだした鏡に全員入っていく。 薔薇乙女達はルイズ・キュルケ・タバサ・デルフリンガーのおかげで、ルイズの鏡台以 外の出入り口も沢山発見出来た。おかげで、イザベラと東薔薇騎士団の目が光る学院を離 れ、毎回入り口を変えながら地球へ向かえるようになった。 今や彼等に、ハルケギニアに行けない場所はない、と言っても過言ではない。 ―――日本、深夜。有栖川大学病院の一室。 赤い非常灯が照らす病棟。ほの暗い個室にピッピッピ・・・と機械音が響いている。 懐中電灯を持った巡回の年配看護師がモニターをみつめ、心電図の波形やSpO2と書か れた数字をチェックしている。ベッドで眠る少女の酸素マスクをつけ直し、携帯端末に表 示させたドクターの指示と見比べながら、ダイヤルを回して酸素流量を微調整する。 最後に室内をクルリと懐中電灯で照らし、病室を出て行こうとした。 「・・・?」 ふと看護師は振り返る。そこには洗面台があるだけで、モニターからの規則的な音が聞 こえるのみ。 看護師は、ちょっと首を傾げながら出て行った。 看護師が出て行って少しすると、洗面台の鏡から光と共に人影が二つ出てきた。羽を生 やした少女と、メガネをかけたショートヘアの少女だ。二人はベッドサイドに立ち、ベッ ドに眠る少女を見下ろす。 メガネの少女が『治癒』のルーンを唱え、手をかざす。 からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ その日の朝、同じ病室では何人もの医者と看護師が、モニターの心電図や血液やらの検 査結果の束をペラペラめくりながら、頭を寄せていた。 ベッド上の少女は、いつものように開け放たれた窓の外を見つめて歌っている。 「・・・やはり、どう考えてもこれは、回復に向かっているとしか」 「しかしね、どうしてリエントリーが、こんな急に自然回復していくというんだ?薬は変 えてないぞ」 「それは・・・分かりません。でもとにかく、これでアブレーションをせずに済んだこと だけは確かかと」 「まぁ、な。波形はPからTまで全て改善か。Qなんか先月まで反転してたのに。どう なってるんだ? 君、最近何か患者に変わった事は無かったかね?」 尋ねられた看護師は、慌てて首を横に振る。 「ふむ・・・どういう事か分からんが、不整脈の頻度は下がり続けている。WBCは正常 値でCRPは減少、免疫も回復。TPだって上昇傾向だ。 根本的治癒にはなってないけど、ともかく、この患者の場合カテーテルアブレーション は時間稼ぎでしかなかったんだ。姑息的手段を取らずに済んだのは幸いだな。 なぁ、柿崎さん。一体何があったんだい?何でも分かる事があれば教えてくれないか な?」 柿崎めぐは、医師の問いかけには何も答えなかった。 からたちの棘は痛いよ 青い青い・・・ 「バカじゃないのぉ?いつまで歌っているつもりかしら?」 医師も看護師も出て行った病室の窓に、水銀燈が降り立った。 「黒い天使が舞い降りるまで」 めぐは水銀燈にニッコリ微笑んだ。 「ふん、言ってなさぁい」 水銀燈はめぐに背を向けて、窓際に腰をおろす。 「ねぇ、最近夢を見るの。同じ夢を何度も」 「ふぅん、どんな夢かしらぁ?」 人形は気のない感じで尋ねる。 「貴方が鏡から出てくるの、メガネの女の子を連れて。その子が私に手をかざすと、発作 が収まって、楽になるの」 「ハッ!バカバカしい、童話じゃあるまいし。ただの夢ね」 「ええ、これは夢。ただの夢。でも、その夢を見始めてから、私の発作は減り始め、熱も あんまり出なくなったの」 「そう?ま、ただの偶然でしょ」 水銀燈は相変わらず素っ気なく背を向け続けている。 「ねぇ、これ食べる?」 チラッと水銀燈が視線を後ろに向けると、めぐが皿にのせたシュークリームを差し出し ていた。 「あら、珍しい物があるわね。どうしたのぉ?」 「親達がお見舞いに置いていったの。美味しいわよ」 「そう・・・」 視線を戻した水銀燈だが、ふとある事に気がついて振り返った。 「美味しいって、あなた、それを食べたの?」 「ええ」 水銀燈は、目を見開いた。『点滴だけでいい。食べ物なんかいらない』と言っていた以 前の彼女なら、シュークリームも食べる事はないだろうから。 「最近ね、食べ物を美味しいと感じるようになったの。病院食がゲロみたいなのは相変わ らずだけどね」 「そう、なの・・・それホントに、美味しいのぉ?」 「ええ、とっても」 そう言ってめぐは、シュークリームのはじっこをかじって微笑む。 「・・・一つ、頂こうかしらぁ」 二人は一緒にシュークリームを頬張った。水銀燈の羽はパタパタと羽ばたいている。 とある公立中学校の職員室、放課後。 担任の前にジュンが立っている。 「いや~、さすがだな桜田。学校に復帰して即、学年トップとはなぁ。もしかして、ずっ と家で勉強してたのか?」 「ん~、この夏はずっと勉強してたのは、本当です。今も、その、塾みたいなのに通って ますから」 「そーかそーかっ!やっぱりなぁ。いやはや、さすがの秀才だなぁ・・・これで、遅刻早 退とか欠席が減ってくれればなぁ」 「世の中、上手く行きませんね」 ぬけぬけと答えるジュンに、担任の梅岡先生も何も言えない。 何しろ彼は、どんな不良生徒よりも出席率が悪いのに、どんな模範生徒よりも成績がい い。そして内申書なんて気にもとめてない。教師にとっては最悪の、最も頭の痛い問題児 と言えた。 彼にとって、大学受験のためだけにペーパーテストを繰り返すだけの高校進学は、無意 味だ。薔薇乙女達のため、伝説上の錬金術を独学で現代に蘇らせようとする彼にとり、日 本での学歴や社会的地位など役に立たないのだから。第一、ハルケギニアだけで十分生活 出来る。 その事をひがんだ他の生徒が、何度もジュンを挑発した。だが彼は全く相手にしなかっ た。実力行使に出る、いわゆる熱血系の教師もいた。が、ポケットに手を突っ込んだまま でヒラヒラと避ける彼に触れる事も出来なかった。 そんな彼が何故いまだに日本の公立中学校に来るのかと言えば、文系知識はハルケギニ アでは手に入らないから。そして、やはり家でPCに向かってるだけでは、最新の地球の 情報は不十分だから。 ガラリと職員室の戸が開いて、女生徒が中を覗いた。 「すいません、桜田くんはいますか?」 「はーい、ここだよーっ・・・て、巴か。どうしたの?」 「お客様よ。近くまで来たから、是非会いたいって」 と言って柏葉巴は、後ろにいた人物に声をかけようと振り向いた。だが彼女が振り向く より早く、その人物はジュンの所へ飛んで来て彼に飛びついた。 職員室の教師達も生徒も、目が点になった。 ジュンがいきなり、白いワンピースをひるがえして飛び込んで来た長いピンク色の髪の 少女に、抱きつかれて熱烈な口づけをされていたから。 たっぷり10秒くらい、小さな体を妖しく愛おしげに絡ませ合った後、ようやくルイズ は唇を離した。 『へっへー、来ちゃった♪』 『おい、ルイズ。なんて事すんだよ。みんな驚いてるじゃねーか』 『あらー?これがこの世界の挨拶じゃなかったっけ?』 『知ってて言ってるだろ?これは日本の挨拶じゃないって』 『もっちろん!だってぇ~、こういう場所でないと真紅と翠星石が邪魔するんだもん』 なんて話しをしつつも、二人は抱き合ったまま離れない。 周りの人々は、さらに目を白黒させた。ジュンが外人の美少女と抱き合いながら、聞い た事もない外国語で突然流ちょうに話し始めたのだから当然だ。 梅岡先生が、近くにいた英語教師に尋ねる。 「先生、あれって英語・・・じゃないですよね?」 「えと、あれは・・・ああ、どうやらオランダ語のようですね。かなりなまってるけど」 「凄すぎだぞ、桜田。・・・というか、お前、何者だ?」 もはや呆れかえった教員達の前に、さらに二人の女性が入ってきた。ブランド物の黒い スーツに、はち切れそうな豊満な胸を収めた赤毛褐色女性、キュルケ。そしてジーンズの 上下を着た青いショートヘアの少女、タバサ。 二人とも、両手に大荷物を抱えている。 『ジュンちゃーん、買い物帰りにちょっと寄らせてもらったのよぉ』 タバサがコクリと肯く。 『ああ、分かったよキュルケさん。それじゃ先生、そろそろ帰りま・・・おっと』 ジュンは軽く咳払いして、喉を押さえる。 「それじゃ先生、そろそろ帰ります」 日本語でそう言うと、ジュンは軽くルイズの背を押す。ルイズは梅岡先生に、ピンクの 髪をペコリと下げた。 「オジャマシマシマ、サヨナラデス」 怪しい日本語で挨拶をして、ルイズはジュン達と共に職員室を去っていった。 後には、呆然とした教師と生徒が残された。 一行はワイワイおしゃべりしながら桜田家に到着。 ルイズとジュンが、彼の部屋に入るのを、窓の向こうの空から見つめる目があった。 次の瞬間、ジュンの部屋の窓に向かって急降下! ガッシャーーーンッ!! ジュンの部屋の窓ガラスをぶち破ったトランクが、二人に向かって突っ込んだ。 だが、トランクは二人を素通りしてしまった。二人の姿は揺らめき、消えてしまう。 『ふっふーん♪残念でした、『イリュージョン』でーっす』 部屋の扉を開けて改めて入ってきたのは、杖を持った本物のルイズ。 「うぬぬぅ、やられたですぅ!」 室内をふよふよと舞うトランクから出てきたのは、翠星石。 「新魔法を、バカな事に使わすなよなぁ」 ヤレヤレと入ってきたジュンは、ポケットからメリケンサックを取り出しルーンを発動 させ、 ガッシャーーーンッ!! もう一枚の窓ガラスをぶち破って突っ込んできたトランクを、ヒョイと身をかがめてか わした。 「いい加減、もう喰らわねーよ」 と言ってジュンが体を起こし、二つめのトランクを白い目で見ると、 どごっ! 後頭部に、さらに飛んできた三つ目のトランクが直撃した。 「やったかしらーっ!上手く引っかかったのかしら!?」 二つめのトランクをパカッと開けて出てきたのは、金糸雀。 「いい気味だわ!公衆の面前で、破廉恥な行為に及ぶ不届き者への罰よっ!」 三つ目のトランクから出てきたのは、真紅。 『ちょっとカナリアッ!あんた関係ないじゃないの!なんであんたまで突っ込んでくるの よぉ!』 ぎゅにぃ~~ 「ひたひ!痛ひぃ~!ゴメンかしら~真紅達悪党にそそのかされたのかしらぁ~!」 詰め寄るルイズに両の頬をつねられて、金糸雀は半泣きだ。 「あっつつつつ、・・・全く毎度毎度ぉ~」 床につっぷしたジュンが、後頭部をさすりながら体を起こす。 その両横に、頬をふくらませてプンプン怒る真紅と翠星石が立つ。 「な、何だよぉ~。・・・悪かったよ、お前等に隠れてあんな」 チュッ ボソボソと謝るジュンの両頬に、真紅と翠星石がキスをした。 キョトンとする彼を無視して、二人はルイズを睨み付ける。 「これで、おあいこなのだわっ!」「ちょーしに乗るなですぅっ!」 『あー!ふんだ、何よそれくらい!だったらこうよっ!』 今度はルイズがジュンに飛びつき抱きしめる。 「お!お前等いい加減にしろぉーーーっ!!」 3人にもみくちゃにされるジュンの叫びは、当然のように無視されるのであった。ワク ワクと眺めている金糸雀にも。 ドタバタとうるさい音が響いてくる1階では、キッチンでキュルケ、タバサ、巴、のり がエプロン姿で夕食を作っていた。 『上の連中は、相変わらず派手にやってるようだわな』 そう呟いたのは、壁に立てかけられたデルフリンガー。 『そのようねぇ。全く仲良いわねぇ・・・あ、タバサ。お塩取って』 タマネギをみじん切りにしているキュルケは、テーブルでジャガイモをむくタバサに声 をかける。 「はい、お塩ですよ」 でも、塩の瓶を手渡したのは、のり。 瓶を先に取られたタバサはキョトンとした。 『ハルケギニア語、分かる?』 「うん、ちょっとだけだけどね。大分、聞き取れるようになったわ」 ボールに入れた牛ミンチ肉をこねてる巴が、それを聞いて尊敬の目でのりを見る。 「驚きました、もう会話も出来るようになったんですね」 『大したものねぇ。こんなに早く聞き取れるようになるなんて、驚いちゃったわぁ』 同じく感心しているキュルケも、のりの日本語を聞き取っていた。 少々の言葉と、いくらかの身振り手振りと、そして大半を占める『なんとなく』によっ て、キッチンの4人は一緒に夕食の花丸ハンバーグを作っていた。 ―――同時刻。ハルケギニア、ガリア領アーハンブラ城。 ガリアとエルフの領土の境界線上に位置する、砂漠の丘の上にある城。その城壁は細か い幾何学模様に彩られている。 現在は廃城となっており、軍事拠点としては機能していない。だが丘の麓にオアシスが 存在するため、城下町は交易地として栄えている。 その無人であるはずの城の上に、数名の人物が立っていた。 「――・・・大丈夫だ。精霊は我らの他に誰もいない、と言っている」 長身で痩せた男が、丘から周囲を見渡して語った。薄茶色のローブに羽付き帽子を被っ た男は、金髪の隙間から長い耳をのぞかせている。 エルフだ。 「くくく、精霊の言葉すらあてにならん。かの者達、まさに風。どこにでも現れるのに、 掴む事も見る事もかなわぬ」 そう言ってさらにくぐもった笑いを響かせるのは、ガリア王ジョゼフ。共も連れずに一 人でエルフとの会見に臨んでいた。 「まぁまぁ、お二人とも。彼等をあまり恐れていては、戦う前から敗北を認めるようなも のですよ」 二人に言葉をかけたのは、エルフの後ろにいる男。細身で長身、薄茶色のローブをまと い、頭はすっぽりとフードで隠している。フードの隙間からのぞく黒髪と短い耳が、人間 である事を示していた。 恐れる、という言葉を聞いて、エルフの男は眉をひそめた。 「我々はあいにく、お前達蛮人とは立場を異にしている。別に魔法人形達と対立していな いのだ。ゆえに恐れる必要もない」 「だが、興味はあるようだな。ビダーシャルとやら」 ジョゼフの一言に、ビダーシャルと呼ばれたエルフは素直に頷いた。 「うむ。あれほどの人形は、我らでも作れぬ。お前のもたらした情報が正しいなら、それ がこの世に7体も存在するというのだ。気にならぬはずがない。 しかも、お前達が『虚無』と呼ぶシャイターン(悪魔)の復活と同時に出現したのだ。 『シャイターンの門』の、ここ数十年の活発化と合わせて、ネフテスの老評議会でも懸念 が広がっている」 「くっくっく・・・そうだろうな。あんなガーゴイルがハルケギニアに7体そろえば、お 前達エルフも太刀打ちできないだろうからな」 黒髪の男は、飄々と口を挟む。 「揃えば、の話しだねぇ。残念ながら残り5体は未発見、というか、本当に7体なのかど うかも怪しいね。それとこちらの情報では、例の虚無の少女と使い魔の少年、エルフと事 を構える気はないようだよ? 虚無だって、4つのうちの一つが確認出来ただけ。残り三つはやっぱり、いるのかいな いのかも分からないままなんだから」 男の口調は、あくまで呑気なものだ。だがその釣り上がった視線は、ジョゼフに不審を 抱かせ続けていた。 ビダーシャルが、意を決したように口を開いた。 「だからこそ、テュリューク頭領は私を派遣したのだ。お前達蛮族の王と交渉するために な」 「ふむ、して要求は?」 「虚無が揃うのを阻止して欲しい。それと、かの虚無と人形達の定期的な情報提供」 「見返りは」 「向こう百年間の『サハラ』における風石採掘権、それと各種技術提供」 「気前がいいな」 「お前達蛮人にとっての光を踏みにじれ、というに等しいのだからな。なにより人形達の 秘密は、お前と同じく喉から手が出るほど欲しいのだ」 ジョゼフは、わかったというように頷いた。 「だが、後もう一つだ。エルフの部下が欲しい」 「分かった。私とこの者が仕えよう」 あっさり即答したビダーシャルに、ジョゼフは拍子抜けした。 当のエルフと後ろの男は、満足げに頷いていた。 「正直、お前から申し出てくれて助かった。お前の下にいれば、かの人形達を直接目にす る機会も得られよう。老評議会の認可も既に受けてある」 ジョゼフは、つまらなそうに肩をすくめた。 ふと王は、エルフの後ろに控える男に目を移した。その男はジョゼフに見つめられて、 彼にニッコリと微笑み返した。 「ところで、その者は誰だ?エルフではなかろう」 問われてビダーシャルは、ようやく後ろの男を紹介した。 「数ヶ月前、我らの集落に迷い込んだ男だ。蛮人とは思えぬ知恵と力を有していてな。我 らネフテスの客人として、様々に力を貸してくれている。 お前との交渉の件を聞き、是非私と共にハルケギニアに行きたいというので、連れてき たのだ」 ビダーシャルに促された男は一歩進み、フードを外してジョゼフに深々と一礼した。 「お初にお目にかかります。僕はロジャー・ラビットと言います。以後お見知りおきを」 男の小さな丸メガネがキラリと光った。 夜のアーハンブラ城。 城から遠く離れた砂漠の中に、ロジャー・ラビット名乗った男は一人立っていた。 ――どうやら、上手くいったようだね―― どこからか、少年のような声が男に話しかけてくる。 男はポケットに手を入れ、大きな赤い宝石を取り出した。その宝石は自ら赤い光を放っ ていて、リング状の光をいくつも周囲にまとっている。しかも、ふわふわと勝手に宙を舞 い始めた。 ――もーっ!ヒナは早く会いたいのぉ!真紅や翠星石や金糸雀やジュンやのりや!みん なと早く会いたいのぉー!!―― もう一つの、こんどは小さな女の子の声が響いてきた。 男のもう一つのポケットから、もう一つ赤い宝石が取り出され、同じく宙を舞う。 「ふふふ、ダメですよ薔薇乙女達。役者が舞台に立つ時を誤れば、どんな劇もくだらぬ喜 劇へと墜ち果てます」 ――ふん。相変わらずだな、ラプラスの魔。雪華綺晶(きらきしょう)から僕らを守っ て逃げてくれたのは感謝するけどね。でも、僕らはお前の暇つぶしに付き合う気はな いよ―― ――そーなのそーなの!ヒナも蒼星石も、真紅達に会ったらすぐ一緒に遊ぶのっ!―― 「ふふふ、分かってますよ。まぁそう焦らないで。アリスゲームは、まだまだ終わらない のですからね。第七ドール雪華綺晶も、この地に遠からず舞い降りる事でしょう。 そして地球とハルケギニアを結ぶ物語も、始まったばかりなのですから。 破滅への序曲か、新世界の幕開けか。そうでなくては観客が退屈してしまいすよ」 そういう男の頭は、徐々に形を変えていく。 シルクハットを被ったウサギの頭へと。 二つの月が照らす砂漠。 ラプラスの魔は、二つのローザミスティカを手にして楽しげに笑っていた。 ―――ルイズとジュンの名は、後の世に様々に語られ続けた。 中でも有名な物語は、無能王と呼ばれたジョゼフとの、長きにわたる抗争だ。第一幕で ある薔薇戦争から始まり、その全てが虚実織り交ぜて人々を興奮させ続けた。 時にはハルケギニアの王家全てを巻き込んだ政治劇。 あるいはエルフ達との命がけの和平交渉。 はたまたイザベラとタバサの確執の仲裁役。 多くはジョゼフとジュンの知略戦として。 その裏では虚無対虚無の魔法戦を。 たまにはジョゼフがジュンの背中にこっそり「チビ」と張り紙したり。 お返しにジョゼフが履こうとしたスリッパを床に接着剤で貼り付けておいたり。 時々お互いを深読みしすぎて動けなくなったり自滅する喜劇ともなった。 そして何より、薔薇乙女達のアリスゲームと、『究極の少女』争奪戦。 ルイズとジュンが、ジョゼフやエルフと紡いだ物語は、あらゆる舞台・歌劇・小説・お とぎ話の題材となる。冒険物語・ラブストーリー・少年の成長物語・戦記物としても、人 類の歴史と共に語られ続けた。 そして彼等が地球とハルケギニアを結び、両世界の架け橋となるのは、それほど遠くな い未来――― エピローグ END back/ 薔薇乙女も使い魔menu /next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ~アルビオン戦四日前 深夜 ガリア王都リュティス郊外、ヴェルサルテイル宮殿。薄桃色の小宮殿『プチ・トロワ』 では、ベッドに腰掛けた王女イザベラが訪問者を出迎えていた。 北花壇騎士として『トリステイン~アルビオン戦争が始まる前に、ヴァリエール家三女 ルイズの使い魔達をヴェルサルテイル宮殿へ連行せよ。殺してはならない』という命令を 受けたタバサは今、王女の目前でこれを達成した。 イザベラはジロジロと、天上から垂れ下がった分厚いカーテンをめくってきた来訪者を 観察した。 タバサは、ジュンと真紅と翠星石を、生きたままイザベラの部屋へ連れてきた。メガネ の少年、ジュンは剣もナイフも持っていない。代わりに右手に真紅、左手に翠星石を抱え ている。左手にはルーンを隠す包帯。左手薬指には、異様に大きな薔薇の指輪…外見上、 ただの子供。とても報告書にあるような剣士には見えない。 王女の部屋には東薔薇騎士団団員バッソ・カステルモールを筆頭に、東薔薇騎士団の精 鋭三名が王女の左右の壁際に控えている。先ほどまで、王女を寝間着に着替えさせようと していた侍女達も、既に待避。そして緞子の奥、部屋の入り口、窓の外にも、残りの東薔 薇騎士団員が音もなく展開し、潜んでいる。 さらには、上空には竜騎士が十数騎滞空している。プチ・トロワ宮殿周囲にも、何重に も渡ってヴェルサルテイル宮殿全体から集結した騎士達の包囲網が築かれていた。 そしてこの事実は、グラン・トロワの一番奥の部屋に暮らす長身美髯の美丈夫、ガリア 王ジョゼフにも伝えられた。その隣にかしずく王の愛人、庭園に咲き乱れる薔薇のように 美しい貴婦人、モリエール夫人は、顔面を蒼白にした。 「な・・・何と言う事でしょう!あの、恐るべきガーゴイル達が!この宮殿へ堂々と乗り 込んでくるなど、なんと大胆不敵な!!陛下、すぐに捕らえましょう!」 ガリア王は落ち着いて報告を、ジュン達の状況と包囲網の配置を聞いていく。そして小 姓と騎士達に次々と指示を飛ばす。 「・・・よし、その通りに配置せよ。 ヴェルサルテイル宮殿の全体図をここへ、一番大きなヤツだ。駒もだ、チェスのでも人 形でも何でもありったけ、ここへ…いや!天守だ!プチ・トロワが一番よく見渡せる部屋 へだ!ヤツらに関する報告書も、全て持ってこい!アルビオンの、ニューカッスルでの戦 闘記録も、全てだ!!」 そして、オロオロするモリエール夫人を従えて、ジョゼフは天守へ駆け出した。 天守からは、プチ・トロワ周囲のかがり火や部屋の光などが見える。その上空には竜の 影が幾つも舞っている。グラン・トロワ天守から見下ろすと、プチ・トロワを包囲する騎 士団がよく分かる。 窓から見渡すジョゼフの背後では、床にひかれた全体図の上に、小姓達がプチ・トロワ 内部と周辺に展開する騎士に合わせてチェスのナイト、ポーン、竜のオモチャなどを手際 よく並べていく。 端に移動された机の上には、運び込まれる報告書が山と積まれていく。 「へ、陛下…もっと騎士を送らなくてよろしいのですか?それに、王女も危険では…」 ハンカチで頬の汗を拭きながら、モリエール夫人がジョゼフの背に声をかけた。そして 振り返った王の眼は、まるで新しいオモチャを得た子供のように輝いていた。 「いや、まずはヤツらの話とやらを聞くのが先だ。それに、あの部屋や廊下の広さでは、 これ以上の人員を送ると、狭くて動けなくなるのだよ。同士討ちにもなるし、強力な魔法 を大量に撃ち合えば、城自体が崩れて全て灰燼に帰す。精鋭4名のみを室内に配置…これ が限界…いや、部屋の上下からさらに…」 ジョゼフは窓から離れ、運び込まれた大量の人形や駒を漁っていく。その口からは止め どなく言葉が溢れてくる。 「イザベラに会いたい、か。何か企んでいるな?捕らえるには、まず足を止めねば。土系 …いや、人形は飛べる。まずは少年を捕らえるか。武器が無いのは気になるな、こちらの 意図に気付いていないはずがない…隠し武器?だが小さなナイフ程度では、この包囲を破 れんぞ。人形だけで戦う気か?他にも何か、未知のアイテムを隠しているのやもしれん。 いっそ、あの少年は殺して、人形だけを…いやしかし、エルフとも異なる技の数々…面白 い。…まずはこのゲーム、ルールを知らねばならんな。ヤツらがいかなる駒か、ただの阿 呆なガキ共か、見極めねば。まずはやつらの出方を・・・それとも、いや、まずは・・・」 そして全体図上、イザベラの部屋に王自身の手で9つの駒が置かれた。青髪のお姫様の 陶器人形が二つ、緑と赤の少女の小さなぬいぐるみ、チェスのナイトが4つとポーン。 その他、大量の人形が所狭しと配置された全体図を前に、ガリア王はどっしりと椅子に 座った。 王の周囲には、多くのメイジ達が控え、ルーンを唱えている。風系魔法『遠見』を使っ て、イザベラの部屋とプチ・トロワ内部の状況を調べ、逐一報告しているのだ。そして小 姓達は、その報告に従って駒をどんどん移動させている。 さらには大鏡が、全体図を挟んでジョゼフの正面にドンと置かれた。鏡面にはジョゼフ ではなく、イザベラの室内が映っていた。『遠見の鏡』だ。 次々と来室する近衛隊隊長、騎士、大臣等が全体図を前に、様々な指示を飛ばす。 「ここの配置が近すぎる!もっと・・・」「・・・ての跳ね橋を上げろ。城門も閉・・・ 宮殿全体を封・・・」「・・・眠りの鐘を・・・外の騎士に持たせよ」「城外へ連・・・ 連隊を呼べ・・・宮殿外郭を包囲・・・」 プチ・トロワを見渡す天守は、今や即席の司令室だ。 「さて、布陣は整った。次はお前達のターンだ…トリステインの人形共よ、その力、見せ てもらうぞ!余を楽しませよ!!」 魔法のライトでおでこを光らす王女イザベラの前には、ひざまづくジュンがいた。その 右に真紅、左に翠星石、二人もひざまづいている。その後ろではタバサが、やはり無表情 で立っていた。 椅子に腰掛け、手にワイングラスを持つイザベラ。その横にカステルモール、さらに王 女の左右の壁には、3人の騎士が直立不動で立っている。 室内には豪奢なベッド、年代物の小さく愛らしい机、椅子、全身をうつせる大きな鏡、 天上から下がるきらびやかな照明、etc...。部屋の入り口のカーテンすらも含め、魔法大国 ガリアの王女として相応しい絢爛豪華な部屋だった。 タバサが、ぼそっと呟いた。 「任務完了」 あまりに普通に言うタバサに、イザベラはキョトンとした。 「ちょ、ちょいとお待ちよ・・・あんた、どうやってこいつらを連れてきたんだい?」 「シルフィードで」 「…あたしをおちょくってるんだろ?なんでこいつ等が、あたしに会いに来るなんて話に なったのかって聞いてんのさ!」 「僕がタバサさんにお願いしたのです」 口を挟んだのは、頭を垂れたままのジュンだ。 「王女イザベラ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」 「平民風情が!許しもなく口を開くとは何事かっ!」 ジュンの頭に、イザベラが手にもっていたワインがぶちまけられた。だがジュンは顔色 一つ変えず、頭を伏せたままだ。人形達も微動だにしない。 「ふんっ!まぁいい。平民、話すがよい」 「光栄至極」 ジュンは、したたるワインを拭こうともせず、まるで何度も練習したかのような流ちょ うさで話しだした。 「実は、レコン・キスタとの戦争について、我が主もトリステインの敗北は必至と案じて おられるのです。他国の援軍を得ようにも、ロマリアは遙かガリアの南の国。ゲルマニア は、我らのせいで国交断絶のありさま」 「あぁ~あ、聞いてるよぉ。あんたらがアルビオンのバカ王子をかっさらって来たせいな んだってねぇ?」 イザベラはニヤニヤと下品に笑いながら、ジュンを見下ろしている。 「はい、これも僕の浅慮ゆえ、弁解のしようもありません。そこでどうにかガリアの援軍 を得て、この祖国存亡の危機を乗り越え、主の名誉も回復させようと、思案しておりまし た」 「はぁ~ん?・・・ああ、もしかしてえ」 イザベラは、わざとらしく顎に手を当てて考え込む振りをする。 「ガリアからの留学生の、そこのガーゴイルに声をかけた…そういうワケかい?」 「ご明察にございます。聞けば、タバサ殿はガリアの王族に知人がおり、謁見の席を設け てくださるとのこと。これは渡りに船と、こうしてまいった次第です。それがよもや、王 女様とは、これも始祖ブリミルのご加護かと」 「ああ、なるほどねぇ・・・」 イザベラはチラッとタバサを見る。相変わらず、その瞳は冷たく、何の感情も読み取れ ない。 そして部屋に入ってきた時と同じく、ぼそっとつぶやいた。 「終わったから、帰る」 一瞬キョトンとしたイザベラは、くるりと背を向けたタバサを引き留めようとした。だ が、任務を完全に達成しているため、引き留める理由がどこにも無い事に気が付いた。 「ちっ・・・なんて運の良いヤツだろうねぇ、まったく。まぁ、いいわ」 イザベラのセリフを最後まで聞く事もなく、タバサはさっさと出て行った。そして窓か らは、飛び去るシルフィードの影が、闇夜の中に消えていくのが見えた。 忌々しげにタバサを見送ったイザベラは、ふんっと鼻で笑いながらジュン達を見下す。 「さてと、話を戻そうかねぇ・・・要は、トリステインを助けて欲しい、てわけだね?」 「御意」 「さぁってぇ・・・どうしようかしら、ねぇ?」 イザベラは悠々と空のグラスを持ちなおす。カステルモールがうやうやしくワインをつ いた。そのままジュンの前まで歩いてきて、クイッとワインを飲み干し、ぶふぁ~と酒臭 い息を、ジュンに吹きかける。 「まぁねぇ・・・別にあんた達を父様に取り次ぐくらい、大した手間じゃあ…ないんだけ どねぇ?」 ジュンも人形達も頭を垂れたまま、黙ってイザベラの次の言葉を待つ。 「んなことして、あたしが何の得をするのかねぇ?言ってご覧よ」 「無論、トリステイン王家よりガリア王へ相応の礼が」 「違う違う、あ・た・し・が!何の得をするのかって聞いているのさ!」 イザベラは、優越感に顔が緩みっぱなしだ。ハルケギニア全土が注目する魔法兵器が、 自分の足下でしおらしく跪いている。なかなかの剣の達人と聞く所有者の少年も、ガリア の援軍欲しさに頭を下げに来たのだから。 「さすれば、僕が持つ東方の技を捧げましょう」 「ほほう?そりゃ、どんなのだい?」 イザベラの口の端が醜く歪む。 「例えば、これにございます」 そういってジュンが服のポケットに手を入れた。その瞬間、騎士全員が杖を引き抜き構 える。 ポケットに手を入れたまま、ジュンの動きが止まる。 「ご安心を。武器でも危険物でもありません」 ゆっくりとジュンが取り出したのは、懐中時計。以前ジュンが蒼星石の元契約者である 時計職人の老人、柴崎氏の時計屋で受け取ったモノだ。 イザベラは拍子抜けしたように、肩を落とした。 「なんだいそりゃ?時計なんて持ってるよ」 「はい、ただの時計です。ですが、これは僕の故郷で作られた時計です。ハルケギニアの モノとは、材質も構造も全く異なる、珍品でございます。・・・ついでに示す時間も異な るのが困りものですが」 「意味ねーだろ!」 「はい、時計そのものとしては役に立ちません。ですが、これを調べあげれば、ここガリ アの工業は更に発展することでしょう。また、東方産の珍品として部屋の隅に飾るも一興 かと存じます」 「ふーん・・・だが、これじゃあ全然足らないねぇ」 「無論。それはただのご挨拶の品にございます。お納め下されば幸い」 イザベラは受け取った時計をパカッと開けた。確かに中は時計だ。ただし、見た事もな い金属の上に、見た事もない文字が刻印されている。金属以外の、正体不明な素材もいく つか見える。 「ま、これはこれでもらっとくよ」 懐中時計を騎士の一人に手渡す。騎士はすぐに外へ行き、他の者に時計を手渡して戻っ てきた。 「確かに、あんたの持ってる東方の技は魅力だ。エルフとも全く異なる、未知の技…興味 あるねぇ」 「さすれば、是非ガリア王へお取り次ぎ願いたく」 「だがっ!あんたが持ってる、東方の別のアイテムを渡してくれたら…だねぇ」 「…それは、即ち、何でありましょうか?」 ジュンは礼儀正しく、だが、どうみても棒読みのセリフで尋ねてきた。そしてイザベラ も、さも当然という風に言い放った。 「あんたの左右にいるガーゴイルさ!そいつを渡してくれれば、父様に取り次いでやろう じゃないの!」 腕組みするイザベラは、不適に笑いながらジュンを見下ろす。 ジュンは、左右の真紅と翠星石も、何の反応もせずひざまずき続ける。 沈黙が流れる 「さぁ、どうすんだいっ!?」 イザベラが杖を引き抜き、ジュンに向ける。 だが3人とも怯むでもなく、全くの平静だ。 「いきなり、人形達ですか。・・・杖まで抜くとは、少々性急ではありませんか?」 「あいにく、夜更かしはお肌の大敵なんでね。下賤な平民の相手なんぞさっさと終わらせ て、早く寝たいのさ」 「これはこれは。気付きませんで、お恥ずかしい」 「やかましいっ!さぁ返答は!?」 「できませぬ」 顔を伏せたまま、さも当然のように答えた。 イザベラも、予想通りという感じで笑い出した。 「おほ!おほほっ!おほおほ!!おっほっほっほっほー!」 イザベラは高笑いをしながら、杖でジュンの後頭部をぐりぐりとつく。 「いいのかぁい?そんなこと言って、主の名誉はどうすんだぁい?」 「援軍の確約を得たならともかく、ただお目通り願うだけでは、割に合いませぬ」 「はっ!平民風情が、王族と口をきけただけで有難いと思いな!」 「では、残念ながら、話はこれまでという事に」 「ああ、そうだねぇ・・・話は、これまでだね!お前達、こいつ等を捕らえな!!」 イザベラが命じるが早いか、部屋の全ての入り口から騎士達が飛び込んできた。 杖を構え、ジュン達を完全包囲する。 だが、それでもジュン達は頭を下げたまま、ひざまずいていた。逃げようとするどころ か、慌てもしないジュン達に、さすがに居並ぶ騎士達もイザベラも訝しむ。 「あ~ん?どうしたんだい、何の抵抗もせずとっつかまるつもりかい?」 やっぱり顔を伏せたまま、ジュンが答えた。 「このような無体をされては困ります。我らに何の非がありましたか?」 「はぁ?何言ってンだい。あんたは平民だ、それで十分だね!・・・ああ、そういえば、 こんな深夜に押しかけてきて、あたしの眠りを妨げたねぇ。うん、こりゃ死に値する」 おほほほほーっと下品な高笑いでジュンを小馬鹿にする。 「深夜のお目通りをお許し下さったのは、イザベラ様ご自身にございますが?」 それでもジュンの言葉は、全く冷静だ。 全く動揺も恐怖も見せないジュン達に、イザベラはだんだん不愉快になり始めた。 ごすっ! イザベラの靴が、ジュンの後頭部を思いっきり踏みつけた。 「気に入らないね、その態度!平民風情が!このイザベラ様をバカにしてるのかい!?」 ごすごすっ! さらに思いっきり踏みつけるイザベラだが、それでもジュンは怒ろうともしない。人形 達も、未だに顔を伏せている。 「イザベラ様・・・僕がミス・ヴァリエールの使い魔ということは、ご存じですね?」 踏まれながらも、ジュンは尋ねてくる。 「はん、そんな事は知ってるよ!それがどうしたい?」 「使い魔は主の目となるもの・・・僕を非も無しに捕縛すれば、それは即座にヴァリエー ル家への」 「おほほほほーっ!!何を言うかと思えば!もうすぐ消えちまう国のことなんか、知らな いね!」 「では、どうあっても我らを捕らえ、研究材料にでもすると?我らは主の下へ帰らねばな りませんが」 「まぁさぁかぁ、無事に帰してもらえると、本気で思ってたのかぁい? ああ、ここでとっつかまった方があんた達のためカモよ?なんせ、アルビオンとトリス テインが散々やりあって、どっちもボロボロになったところでガリアがぜーんぶ頂いちま うんだからね!」 「なるほど、ガリアは漁夫の利を得ますか」 「そーゆーことさ!んでもって、あんたらも当然ガリアがいただき!つまり、あんたらは ガリアに来るのがちょっと早くなるだけなのさ!!」 「その際、我が主は?」 「はぁ?あんたの主ぃ?もし生き残っていたら、改めて縛り首かねぇ」 「そして、もうすぐトリステインは滅ぶので、これらの話が全て我が主に、そして女王陛 下へ伝わっても構わぬ、と?」 「そおのとおーりぃっ!おっほっほっほっほ!おーっほほほおおほおっほほほっ!!」 イザベラは、ジュンの頭をごすごすと踏みつけながら、高笑いをし続けた。周囲の騎士 達も勝利を確信し、その光景を見続けた。 さらにはグラン・トロワ天守にいるほとんどの者が、遠見の鏡を見ていた。噂の魔法兵 器を手にする瞬間を、今か今かと待ちわびていた。「所詮は平民の子供、愚かな事よ」と あざけり笑っている。 だが、ジョゼフ王だけは、あまりに無抵抗で、危地にも関わらず冷静すぎる彼等に、疑 念を強めていた。 いずれにせよ、彼等は気付かなかった。王女の部屋の輝く照明の中に、小さな二つの光 が混じっていた事を。いや、例えジュン達がいなくても、もともとキラキラと輝いてる照 明の光に、ほんの小さな小さな光が、ジュン達が来るずっと前から、二つだけ増えている 事など、気付くハズがない。 そして、その二つの光は光量を増し、赤と緑の光が、音もなく垂直に落下した――イザ ベラの目の前に、顔を伏せるジュン達の真上に、包囲する騎士達の真ん中に。そして、遠 見の鏡にも、それは映っていた。 カッ! 「うぉっ!?」「な!」「何だぁ!?」「め、眼がぁ!!」「し、しまったぁ!!」「え!エ ア・ハン」「撃つなぁ!味方に当たる!!」 それは、刹那の出来事。恐らくは、1秒にも満たない。それら全てが同時に起こったと 言って良い。 二つの光がいきなり目の前に現れ、一瞬ほとんどの視線がそれらに向いた。室内で光を 見ていなかったのは、顔を伏せていたジュン達だけ。 皆の視線が光に向いた瞬間、ジュンの指輪が光り出す。右手は胸元の、ネックレスにつ けた小さなメリケンサックに触れた。ルーンが発動し、指輪の光がさらに強まる。 光玉が、太陽の如く輝いた。 薔薇乙女の体からも光があふれ出す。紅い光を放つ真紅の両手から、まるで破裂した水 道管のように薔薇の花びらが吹き出している。 ひざまずいていた3人は、一気に飛んだ。ジュンの頭に足を乗せていたままだったイザ ベラは、まるで安物の人形のように跳ね飛ばされ、クルクルと宙を舞う。 3人は、包囲する騎士達の頭上を飛び越えた。出口に向かって――入ってきた部屋の入 り口ではなく部屋の奥へ。イザベラが着替えに毎日使っているのであろう、大鏡へ。 3人がイザベラの大鏡からnのフィールドへ突入する瞬間は、誰にも見られなかった。 室内にいた全ての人間は、ホーリエとスィドリームの光に目をくらまされていた。また、 グラン・トロワ天守にいるほとんどの者も、鏡を通して光を直接見てしまった。『遠見』 を使用していたメイジ達までも、視力を一時奪われた。 光を直接見なかったのは、ごく少数。伝令に走っていた下級士官や、周囲に控える小姓 達。そして、ニューカッスルでの戦闘記録から、人形達が操る光玉は目くらましを使う、 と知っていたため即座に目を伏せたジョゼフ王だ。 すぐ鏡へ視線を戻したジョゼフ王も、ジュン達がどこへいったのか分からなかった。大 鏡には、既に彼等の姿は映っていなかった。見えたのは、イザベラの部屋にみっちりと詰 まった薔薇の花びらで、真っ赤になった鏡のみ。 王女イザベラの部屋では、全ての扉・穴などから、薔薇の花びらが溢れだしていた。 中にいた騎士達と王女は、むせかえるような薔薇の香りの中、真っ赤なプールで溺れて いる。 プチ・トロワ内部に居たが、王女の部屋に入らなかった騎士、及びプチ・トロワ周囲に 待機していた騎士達が、大慌てで王女の部屋から薔薇を取り出していく。窓を破り、壁を 魔法で打ち抜き、ようやくイザベラ含め、全員の救出に成功した。 「ぶふあぁっ!!じ、死ぬかとおぼったっ! ・・・あ、ああ、あいつらあああああ!!!!、?・・・?なんだ、これ?」 騎士に助け出され、怒りに我を忘れたイザベラだったが、自分の額に何か、紙が貼り付 けてあるのに気が付いた。 ひょいと紙をはがし、その紙片を見ると、そこにはヘッタクソな文字で一文が書き殴っ てあった。 [やーいやーいデコパッチ、オデコまぶしくて顔あげれねーっての] プチ・トロワに王女の雄叫びがこだました。 別名『薔薇園』とも呼ばれる、季節の花々が咲き乱れるヴェルサルテイル宮殿。森を切 り開いて建設された宮殿には、壮麗で広大な庭園の中に無数の花壇、森、泉、東屋、そし て庭師達が使う倉庫なども存在している。 その中の一つ、庭園のはずれにある古い倉庫の中、忘れられたように置いてある大きな 鏡が輝き出す。鏡からはジュンと真紅と翠星石は飛び出した。そして、彼等を出迎えたの は赤髪褐色の女、キュルケだ。 「はぁ~い、ジュンちゃぁ~ん。どうやら、上手く行ったようねぇ?」 「こっちはオッケーですよ。他の人はどう?」 「大丈夫よ、全員配置に付いたわ。うっふふふふ~!なんせあんた達のおかげで、警備が ぜーんぶプチ・トロワにいっちゃったんだもの!動きやすくてしょうがないわぁ」 「それじゃぁチチオバケさん、トランシーバーくぅださいですぅ」 「あ、あのねスイちゃん…そのチチオバケって、やめてよね」 微妙な笑顔と共に、キュルケが3人にトランシーバーを配る。ジュンはインカムを着け るが、真紅と翠星石は体のサイズが合わないので、トランシーバーにヒモを付けて、肩か らさげる。 真紅がトランシーバーに口を近づけた。 「あーあー、聞こえる?みんな、準備はいい?」 『いいわよぉ、いつでも始めなさぁい』 「へへへへ!おでれーたなぁ。すげえぞ姐さん、もう宮殿中が大騒ぎだぜっ!」 水銀燈は、グラン・トロワにいた。グラン・トロワ天守の屋根の上で、白銀の長い髪を 自らの黒い羽で覆い隠し、黒いドレスと共に闇へ溶け込んでいる。足下でジョゼフ王が指 示を飛ばしている声を、傍らに持つデルフリンガーが彼女に通訳している。 さらに、黒く塗られた皮布に包まれたデルフリンガーが、水銀燈が肩からさげるトラン シーバーから、指示の内容を皆に伝えていた。 『うふふふ・・・なぁんておばかさん達なのかしらぁ。ジュンはちゃあんと話してたじゃ ないの、ローゼンメイデンは全部で7体だってぇ。 他のドールが来るって、どうして気が付かないのかしらねぇ?』 「ははっ、『東方から』かい?そいつぁ無理な話だろうよ!」 『自らは貴族・王族であり、選ばれし民であり、愚かで無力な平民達を支配する存在で ある』 そう信じて疑わないガリア王宮のメイジ達の上では、人形と剣が愚かで傲慢な人間共を 笑っていた。 ヴェルサルテイル宮殿の厩舎、その一つに小さな人影があった。子供ほど大きさの人影 は、全身を黒いローブで覆っている。 厩舎には多くの馬・グリフォン・マンティコアなどが眠っている。警備の人員は、ほと んどがプチ・トロワ包囲網に参加してしまい、ごく数人しかいない。ましてや子供ほどの 大きさしかない黒い影など、発見のしようもない。 ローブの子供が、小さなヴァイオリンを取り出す。 『うっふっふっふ・・・薔薇乙女一の頭脳派、この金糸雀が、悪人共をこらしめてあげる のかしら!』 トランシーバーから、全員の準備が整った事が東屋へ告げられた。東屋にいるのはジュ ンとキュルケだけだ。 腰にナイフ、右手にメリケンサックを装備したジュンが、インカムのマイクを口に寄せ る。 「では…現時刻をもって、2ndフェイズ終了。これより、3rdフェイズへ移行する! 総員、隠密行動を心がけよ!付近の『出入り口』のチェックを忘れるなっ!」 トランシーバーから、偉そうねぇ、声がでかいですぅ!、やっぱり似合わないかしら? うるさいわよぉ!、等の返答が返ってきた。 金糸雀は、ヴァイオリンを構えた。 『いっくわよぉ!追撃のカノン!!』 黒板を爪でかきむしるような、神経を逆なでする大音響が厩舎全体に鳴り響き、熟睡し ていた動物たちを叩き起こした。 プチ・トロワの宝物庫内部。 年代物の大鏡から、如雨露を持った翠星石と、絵の具を手にした草笛が降り立った。 「にひひひひぃ~~~~~。さっきの恨み、たあっぷり返してあげるですぅ~~~」 『うわあー!すっごいお宝だらけえ!まずは写真をたっぷり撮って、それからあ~』 グラン・トロワ食料庫。 真っ暗で誰もいない倉庫内。使用人用の手洗い場の鏡が輝いた。出てきたのは、真紅と タバサだ。 「さてと、派手にやるとしましょうか」 タバサはとっくに杖を構えてルーンを唱え始めていた。 「た!大変です!!厩舎で馬やらグリフォンやらが暴れ出しています!!綱は切られ、扉 も破壊されています!動物たちが半狂乱で走り回り、誰も近づけません!押さえられませ んっ!」 「プチ・トロワの宝物庫に賊が侵入しましたぁ!!ひ、被害は、被害わ・・・落書きされ てます!!全ての絵画に意味不明の落書きがされ、彫刻類もデタラメな傷だらけにされて ます!!宝石類は、ネックレスも指輪もバラバラにされて床に散乱しています!恐らく、 かなり紛失してます!!」 「ぐ、ぐらっグラン・トロワ食料庫が破壊されましたぁ!!全ての食料が凍り漬けの、水 浸しで、食器も椅子も全て破壊されました!!なお、なお・・・高級食材の棚が、全部空 にっ!!食われたぁ!!」 「ヴェルサルテイル宮殿の、階段の各所に、その、ロウが塗られています!通ろうとした 者達が次々と転倒し転落、負傷者が続々と」 「庭園各所に、小さな落とし穴が大量に掘られていますぅ!」 「宮殿各所に、子供の口ゲンカみたいな罵詈雑言が書かれてます!どんどん増えてます!!」 「トイレが破壊されました!汚物が、一面に散乱して・・・」 「木々や廊下の間に、ヒモが・・・」 「靴の中に画鋲が・・・」 「あ、お前、背中に、張り紙・・・バカって書いてあるぞ」 「そういうお前、顔にらくがきが・・・」 グラン・トロワ天守は、既にパニック状態だ。 この微妙すぎるイタズラをしまくっているのは、明らかにあの使い魔達。だが、誰もそ の姿を発見出来ない。これほど大規模にやっているというのに、だ。 しかも、その被害の規模が大きすぎる。この広大なヴェルサルテイル宮殿全体に、どれ ほどの人員を使えば、これほどふざけた規模のイタズラを出来るのか?これは、人形達が スクウェアの強さを持っていても、絶対に無理だ。第一、宝物庫の扉は開けられた形跡す らない。 竜騎士隊は全て飛び立ち、宮殿全体を監視している。もう全騎士隊員が血眼で捜索に当 たっている。なのに、全くその姿を、大量に居るはずの侵入者達を発見出来ない。フクロ ウやヘビなどの使い魔達も総動員しているのに、だ それどころか、彼等の掘った落とし穴や、木々の間に結んだヒモやら、階段に塗ったロ ウやら、転んで怪我したとか『フライ』で飛んでてトリモチにひっかかったとか、しょー もない負傷者が増える一方。 ただの平民、それも子供にガリア全てがコケにされている―――もはや天守に居並ぶ重 鎮達は半狂乱だ。額に血管を浮かべ、顔色を赤白青と様々に塗り替え、必死でジュン達を 探せと怒鳴り散らす。 ただ一人、ガリア王ジョゼフだけは、笑っていた。世界を手の平に乗せて遊ぼうかとし ていた王が、逆に遊ばれている。手も足も出ずに、弄ばれている。富と権力を欲しいまま にしてきた周りの有力貴族達が、慌てふためいて走り回る。 全体図上の人形達は、踏みつぶされ、蹴り飛ばされて、部屋一面に散乱していた 「く、くくくくくく・・・・ふはははっははあはははははっっ!!!」 ガリア王は腹を抱えて笑い出した。だが、そんな事すら気付かなくなるほどの狼狽が、 宮殿全体に広がっている。 ひとしきり大笑いしたジョゼフが、おたおたする小姓に紅茶を持ってこさせた。ジョゼ フ王がカップに口をつけると、その美しい眉の間に深いシワが刻まれる。 砂糖壺の中に入っていたのは、塩。 頭上では、ふんぞり返ったお偉いさん方の醜態に、必死で声を殺して笑っている水銀燈 とデルフリンガーがいた。 「さーって、最後の仕上げと、いきましょうかねぇ」 プチ・トロワを眺める林の中に、古い本を持つルイズの姿があった。その背後にはジュ ンと真紅もいる。 「オッケー。・・・みんな聞こえる?3rdフェーズ終了、帰るよー」 ジュンが作戦の終了と撤退を告げる。 真紅は、興味深そうにルイズの持つ本を見ている。 「それが、例の?」 「ええ、『始祖の祈祷書』よ。6000年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠み 上げた呪文が記されている・・・つまり、虚無の書」 ルイズの指輪と本が光を放つ。ページを開き、杖を構え、ルーンを唱え始める。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ 「これが、ルイズさんの系統、虚無か・・・」 「6000年ぶりの発動ってワケね。今夜は試し撃ちに最適だわ」 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ルイズの中をリズムが駆けめぐる。神経が研ぎ澄まされ、宮殿内のパニックも耳に入ら ない。 体の中で、何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ・・・。 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ ルイズは、杖を向けた。先ほどまでジュン達を、自分の友達をいいようにいたぶってく れた、あの王女の城を。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…! 長い詠唱の後、呪文が完成した。その瞬間、ルイズは呪文の威力を、理解した。そして 今回の作戦を思い返す。 『ガリアに、うかつにジュン達へ手を出そうと考えれないほどの恐怖を与える。同時に、 今回の戦争にアルビオン側で参戦しようと考えない程度に、笑って済ませれるくらいの被 害で済ます。 だが、ガリアに宣戦布告させる口実を与えないため、全ての非をガリアになすりつけれ るネタを得る事が必須』 そのために、昨日の夜からずっと作戦会議を開き、プチ・トロワとヴェルサルテイル宮 殿へつながるnのフィールドを、みんなで探し続けた。ジュン達に、わざわざイザベラへ 頭を下げさせた。ホーリエとスィドリームを朝のウチからイザベラの部屋に待機させてい た。 なら、私がやる事は一つ! ヴェルサルテイル宮殿に居る全ての人が、見た。 上空を飛び回る竜騎士達も、地上を捜索する花壇騎士達も、グラン・トロワの大臣も、 厩舎周辺を走り回る馬も。皆、空を見上げた。 プチ・トロワ上空に突如現れた、太陽を。 闇夜に突如現れた光の塊が、プチ・トロワの上部を包んだ。 光が消えた時、プチ・トロワの上部が、消えていた。いや、吹き飛び、砕け散り、チリ になったのだ 闇の中にイザベラの部屋が、壁も天井も全て失い、床だけがむき出しになっていた。床 一面がススだらけになっている。そして、その部屋の中にいた人物も。 部屋にいたイザベラと、その警護の騎士達は、ススだらけになっていた。服はボロボロ で、杖も消し飛び、髪は真っ黒のチリチリな縮れ髪になっていた。 特にイザベラの有様は酷い。服はほとんど消失、下着もパンティが僅かに残っているだ け。代わりに白い肌は、ススで顔まで真っ黒になって地肌が見えない。長く青い髪も、当 然チリチリの縮れ髪となって、頭の上にまん丸の大きな黒い毛玉を作ってる。 全員、あまりの事態に、呆けていた。 その様を、ジュンも見ていた。 「うあ、あああ・・・すっげぇ」 真紅も、唖然としている。 「まさか、虚無、これが虚無の系統なの!?」 ルイズは、大きく息を吐いた。 「エクスプロージョン・・・虚無の中でも初歩の初歩の初歩、よ。これでもかなり手加減 したのよ。・・・さ、帰りましょう」 3人は林の中へ消えていった。 「ひ・・・ひぃめぇ~、王女は、ご無事かぁ・・・」 放心状態から、ようやくどうにか我に返ったのは、カステルモール。 彼は、自分の主であるイザベラが、純粋に正直に、本当に大嫌いだった。傲慢で粗暴で 狭量で酷薄で、シャルロット様が叛旗を翻せば、全団員と共に呼応する気だった。 だが、少なくとも今は、彼は東薔薇騎士団の団員だ。職務上、非常に気にくわないが、 今のイザベラの無様な姿を、腹を抱えて大爆笑したいが、ともかくイザベラの身を案じて いた。 その王女は、カステルモールに肩をゆすられ、ようやく正気を取り戻す。カステルモー ルに顔を向ける。いつもテカテカ光るおでこも、今は見る影もない。 「ふ・・・ふぇ・・・」 王女の真っ黒の顔の中、青い目から涙が流れ出す。 「王女よ、もう大丈夫、です。はい、大丈夫・・・です」 言ってる自分は杖も失い、もうボロボロだ。だがそれでも、とにかく立場上、王女を安 心させるため、優しい言葉をかけた。 だが、つぎに見たのは、大嫌いな王女の初めて見せる姿。 「ふえ、ふええええん、うえええ、えええん。うわああーーーーーん・・・」 イザベラは、いつもの虚勢も何もかも忘れ、カステルモールにしがみついて泣き出して しまった。 あの横暴極まりない王女が見せた、年相応の少女の姿。 「大丈夫、大丈夫ですよ。私が守りますから、安心して下さい」 カステルモールは優しく王女を抱きしめ、背中をさする。 「ふええええ、ぐす、ええええん、うわああああああああん」 ようやくのぼり始めた朝日が、二人を照らす。 真っ黒になった王女を抱きしめ慰めるボロボロの騎士。 爽やかな朝の、美しい朝日に照らされた、若い半裸の男女…なのに、あんまり美しくな かった。 第五話 虚無 END 第四部 終 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 土くれのフーケは逮捕された。 学院へ駆けつけた城の衛士に即刻引き渡された。 その後の学院はお祭り騒ぎだった。 キュルケやルイズはもとより、教員達も自分の活躍をこれでもかと吹聴し回っていた。 生徒達も魔法学院の勝利だと大喜びだ。今夜は『フリッグの舞踏会』が予定通り行われる ので、さぞや賑やかになるだろう。 フーケは学院の教師と生徒が総掛かりで逮捕したと報告されるため、王宮からの報償は 学院宛に来ることになっている。 学院長室には、オールド・オスマンとコルベール、ルイズ・ジュン・真紅・翠星石がソ ファーに座っていた。彼らの間には、テーブルの上に置かれたバズーカ砲がある。デルフ リンガーは、ジュンの後ろに鞘に入れられ立てかけられていた。 ジュンがオスマンの話に熱中していた。 「へぇ…それでこれが『破壊の杖』になったんですか」 「うむ、30年前に私を救ってくれた恩人じゃ。この残ったばずぅかほうを、せめて形見 にと思ってのぉ」 オスマン氏は、このバズーカ砲の由来を語っていた。30年前、ワイバーンに襲われて いた自分をもう一本のバズーカ砲で助けてくれたが、そのまま帰らぬ人となった異世界の 兵士の事を。 「そうですか…ちょっと触って良いですか?」 「ん?ああ良いよ」 ジュンは、バズーカ砲に触れてみた。 同時に左手の包帯の隙間から、光が漏れだした 「これは・・・!」 ジュンは、まるで魅入られたように、バズーカ砲を触り続けた。 その様子に、他の者が不審がる。 「ちょっと、ジュン。一体どうしたの?」 尋ねた真紅に、ジュンはうわごとのようにつぶやいた。 「これは・・・正しくはバズーカ砲じゃない・・・ロケットランチャーだ。 M72 LAW、Light Anti-Tankの略だよ。使い捨て個人携帯対戦車弾。 弾薬は成形炸薬弾 で、信管と弾道を安定させる6枚の翼がある固定弾だ。翼は弾底部にあって、折り畳まれ た状態で装填されてる。多分、30cm以上の鋼鉄の装甲を貫通できる。ええっと、使用方 法は・・・」 淀みなく『破壊の杖』の使用方法を解説するジュンに、皆あっけに取られていた。 まるで呪文の様にロケットランチャーの解説を終えた所で、ジュンはようやく周囲の視 線に気付いた。 「す…すごいですね、これがルーンの力だなんて。ほとんどサイコメトリーだ…」 オスマン氏も、ヒゲをなでながら大きな息をついた。 「うむ…これがガンダールヴの力か。『全ての武器を自在に操る』というわけじゃな」 コルベールも目を輝かせている。 「すごい、すごいですぞ!いや全くなんと興味深い!さすが始祖のルーンですな!!」 「すっごい・・・これがジュンだなんて、信じられない・・・」 ルイズも驚きのあまり目を見開いたままだ。 「ジュン・・・」 翠星石が不安げにジュンを見上げている事に、ジュンも気付いた。 「・・・大丈夫、分かってるよ翠星石。僕は僕だ。ルーンの力に惑わされるなって言いた いんだろ?」 真紅も心配そうにジュンを見上げた。 「そうよ、ジュン。人の心はもろくて迷いやすいものよ。頭で分かっていても、知らず知 らずのうちに力に溺れてしまうこともあるのよ」 コルベールも大きく頷いた。 「うん、君はまだ子供だからね。大きな力を手に入れて我を失う事もあるでしょうぞ。だ けど、心して下さい。力は諸刃の刃、大きな炎は自分も焼くということを」 コルベールの言葉を受けて、オスマン氏もジュンに忠告する。 「うむ、ミスタ・コルベールの言う通りじゃよ。 まぁそれより前に、君の力を王宮が知れば、もう国を挙げて君たちを捕まえに来る事は 間違いない。伝説のガンダールヴに、あのフーケを易々と捕える魔力を持つ人形達。おま けに!あんな混乱した状況でも冷静に、ミス・ロングビルの報告からフーケの正体を割り 出す高度な知性の持ち主達じゃ! 王宮の暇人共がおぬしらを狙う事は疑いないわい。いや、他国も君たちの力をつけねら う。そうなれば、もうヴァリエール家だけではジュン君達を守り切れんぞ」 オスマン氏の言葉を受け、ルイズも顔を引き締めて頷いた。 「分かってます。主として、必ず彼らを守ります」 ジュンも頷く。 「分かりました。この力、みだりに使わない事を約束します」 ジュンは、左手を見つめながら、固く誓った。 「…それにしても、まさか『くんくん探偵』見てたのが役に立つなんてなぁ」 ふと、ジュンはつぶやいた。 ピシィ! 真紅の髪がジュンをひっぱたいた。 「まさか、とはなぁに?くんくんの教えを学んだ者として、当然でしょう」 「ですねぇ、ジュンはまだ修行がたらんですねぇ。もっぺん第一話から見直すですぅ」 翠星石も鼻高々でエッヘンだ。 実のところ、ミス・ロングビルの朝の報告を聞いた時点でジュンも真紅も翠星石も、お かしいとは思っていた。だがエレオノールの一件があったので、余計な事は言わないでお こうと黙っていた。 その後エレオノールの件を全部話したので、遠慮無く彼女の報告の矛盾点と導かれた推 測を告げたのだ。あとは『フーケは取り逃がした』と装って、フーケを学院に連れ戻して 捕える作戦をコルベールが立案・指揮した。使い魔達の活躍を伏せておきたいルイズと使 い魔達も、これに賛同した。 今度はオスマン氏が、思い出したように口を開いた。 「ところでのう、君の国から召喚されたモノなんじゃが…もしかして、まだまだあちこち にあるのではないかな」 「ええ、キュルケさんも」 と言った時点でジュンは口を塞いだが、もう遅かった。ルイズも真紅も翠星石も『あ~ あ』という感じで呆れていた。 もちろんコルベールは聞き逃さなかった。 「ほほう!ミス・ツェルプストーもお持ちとは!それはどのようなものですかな?」 しょうがなく、ジュンは左右からの白い目に耐えながら、『召喚されし書物』(エロ凡 パンチ・ 75年4月号)を話した。 コルベールはウンウンウンッと激しく興味深そうに聞いていた。 「いやぁ素晴らしいですぞ!こんな身近にこれだけ沢山の異世界からの召喚物があったと は!どうやら、探せばまだまだあるかもしれませんな! 学院長!どうかこのコルベールに、異世界召喚物の捜索と研究をお許し下さい!」 「どうせダメだと言ってもやるんじゃろ?とても興味深い事じゃ、やりたまえ」 「はいっ!ありがとうございます!!」 と叫んだコルベールは、グリンッとジュンに向け身を乗り出した。 「と言うわけで、私の研究に是非是非協力して頂きたい!」 いきなり頼まれたジュンは、コルベールの勢いにタジタジだ。 「あ、あの、だってさっき、ご自分でルーンの力を使うなって…」 「いやいや!使うなとは言っておりませんぞ!破壊を司る炎の系統とて、使いようによっ ては素晴らしいモノを生み出す事が出来る。そう信じて20年研究を続けてきたのです! 君のルーンとて同じ事。ただ武器を振るだけの戦争の道具となるのは、君も不本意でしょ う! さぁ!さささぁっ!!ともに真理の探究へ踏み出しましょうぞ!!」 「し、真理の探究って言われても・・・」 ジュンは助けを求めてルイズを見たが、ニヤニヤ笑っているだけだった。 真紅と翠星石も、ニヤニヤ笑っていた。 そうこうしている間に、満面の笑みでコルベールが顔を近づけてくる。 「は・・・はぁ、分かりました。僕でよければ…」 「そーです!そーですぞっ!いやーやはり君は見所のある少年だ!ありがとう、本当にあ りがとう!」 コルベールに両手をわっしと捕まれ、思いっきり体ごと上下に振り回されてしまう。 ジュンは、こんな流されてていいのかなー?と疑問はもったが、コルベールの喜びよう に『やっぱりいやです』とは言えなかった。 夜 アルヴィーズの食堂の上の階がホールになっている。『フリッグの舞踏会』も、そこで 開かれていた。 会場内では大きな笑い声が響いている。特に教員達は得意満面だ。あんな報告最初から おかしいと思っていただの、私の風魔法がフーケにトドメをだの、何言ってるの私の土が あの泥棒猫の足をだの、もう一体何度同じ話をしていることだか。 キュルケはキュルケで、取り巻きの男子達に囲まれている。ダンスは何人待ちになって いるのやら。 タバサは黙って料理と格闘していた。 ジュンと真紅と翠星石は、バルコニーで料理のおこぼれに預かっていた。やはり使い魔 という身分上、中に入るのは場違いな気がしていた。 「さぁみなさん、ワインをどうぞ」 といってシエスタがワインを持ってきてくれた。でもジュンは少し困ってしまった。 「あ、あの、僕は未成年ですから」 「未成年?」 言われたシエスタはキョトンとした。それを見てジュンも『ああ、この国では未成年で もお酒を飲んで良いのか』と気がついた。 真紅もそんなジュンの姿を可笑しそうに微笑んだ。 「ハルケギニアでは別にいいようね。それにヨーロッパでは、子供でもワインは普通に飲 んでいたのよ」 「へぇ~」 「うーんと、するとジュンさんのお国では、子供はお酒を飲んではいけないって言われて たんですか。それじゃダメかな?」 ちょっと残念そうなシエスタに、ジュンが思い切って告げた。 「いえ、僕はハルケギニアにいるんですから、飲みますよ」 と言ってジュンはシエスタからグラスを受け取った。 「おお~、頑張るですよジュン!ファイトですよぉー♪」 翠星石も、楽しげに応援する。 ジュンはジッとグラスの紅い液体を見つめ、目を閉じ、一気にグラスを飲み干した ぶふぉっ! 思いっきりバルコニーの外へ吹き出した。 「ぐふあっ!ごふぅ!ずっすいばぜんっ!」 「あらあらっ!ごめんなさい、やっぱりいきなりは無理でしたね」 と言ってシエスタは慌ててハンカチでジュンの口元を拭いた。 真紅も翠星石も、やれやれと言う風に顔を合わせて肩をすくめた。 「やっぱりフーケのゴーレムに立ち向かう剣士でも、まだまだ子供なんですねぇ」 「え?僕はそんな、なんにも」 シエスタに顔を拭かれながら、ジュンは慌てて訂正した。 「まぁご謙遜を!ミス・ヴァリエールが今日の事を自慢して回ってましたよ。ミス・ツェ ルプストーは、ミス・ヴァリエールの使い魔達にゴーレムを足止めさせて、自分がトドメ をさしたとおっしゃられてましたけど。ミス・ヴァリエールは、自分の使い魔達がほとん ど倒していたって。 どちらにしても、そちらのお人形さん達だけじゃなく、ジュンさんもゴーレムに立ち向 かっていたんですよね!?それも、剣で巨大ゴーレムを一刀両断! 本当に凄いですわ!ただの平民が、こんな小さな体で、そんなに勇敢で強いなんて!」 「え、えと、む~」 顔を拭かれながら、シエスタのキラキラとした瞳に見つめられ、ジュンは頭を抱えそう になった。 翠星石も、あんのちんちくりんは困ったヤツですねぇ、と真紅とささやきあっていた。 「へへっ!まぁ怒るなッて。使い魔の手柄は主の手柄だ、自慢の一つもさせてやれや。 …ところで、いつまで拭いてンだ?」 「あ、あら!ごめんなさいっ」 慌ててシエスタはジュンから離れた。頬を赤く染めながら。 ジュン達をたしなめたのは、ベルト付きの皮布に包まれたデルフリンガー。バルコニー に立てかけられている。 今のデルフリンガーは輝くほどの刀身を持つ見事な片刃剣だ。鞘に入れないと危なくて しょうがない。だが、鞘にいれるとデルフリンガーがしゃべれないし、彼も寂しがる。そ れに、鞘に入れてジュンが担ぐと、抜けない。 というわけで、今デルフリンガーは留め金つきの皮布にくるまれた状態になっている。 抜くのではなく、留め金を外し皮布をほどいて使うようにした。 そして、この状態だと『鞘に入ってる』わけではないようで、デルフリンガーは自由に 会話が出来るようになった。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエー ル嬢の、おな~~り~~~」 門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。 「あらいけない!それじゃ私は仕事に戻りますね。皆様お楽しみ下さいね♪」 そう言ってシエスタは会場へ戻っていった。 ルイズは長い桃色掛かった髪をバレッタでまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を 包んでいる。肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開 いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。 主役が全員揃ったことを確認した楽師たちが、小さく、流れるように音楽を奏で始めた。 ルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男達が集まり、盛んにダンスを申し込んでい た。今までゼロのルイズとからかっていたノーマークの女の子の美貌に気付き、いち早く 唾を付けておこうというのだろう。 ホールでは貴族達が優雅にダンスを踊り始めた。しかし、ルイズは誰の誘いも断ると、 バルコニーにたたずむ使い魔達に近寄ってきた。 「どーしたのよ、みんなこんな隅っこで」 ルイズに聞かれてジュンと真紅と翠星石は顔を見合わせた。答えたのはデルフリンガー だ。 「こいつら、自分達が使い魔で平民で人形だからって気を使ってんのさ。全くおめぇさん は良い使い魔をもってやがんなぁ」 聞いたルイズは、はぁ~、とため息をついた。 「そんなこったろーと思ったわよ。まーったく、あんた等は良い子過ぎるのよ。ほら、と にかく来なさい!」 ルイズは強引にジュンの手を引っ張った。 「ちょっちょっとルイズさん!僕はダンスなんかした事無いですよ!」 「いーのいーの、私が教えてあげるから!」 ジュンは無理矢理ホールへ連れて行かれた。残ったモノ達の暖かい微笑みに送られて。 ルイズはジュンのぎこちないステップに文句を言わず付き合っていた。だが、その顔は 浮かないものだった。 「そう・・・。ジュンも、学校が始まるの・・・」 「うん・・・」 ジュンも、申し訳なさそうにうつむいていた。 「…こっちの学校だけでも、いいんじゃない?」 「そうもいかないよ。魔法だけじゃ、多分、ダメなんだ」 ジュンは、とうとう地球での夏休みが終わり、二学期が始まる時期になってしまった。 学校への復帰を決意した以上、必ず初日から出席する覚悟だった。それに、ローゼンが薔 薇乙女を生み出した技は錬金術、と彼は予想していた。錬金術は現代科学の基礎にもなっ た技だ。つまり、蒼星石と雛苺を復活させるには、魔法だけでなく科学も勉強しなければ いけないということ。だから、地球でも勉強しなくてはいけない。 ハルケギニアと地球を往復し、魔法と科学を両立させる。その困難な道を、あえて彼は 選んだ。 二人はしばらくの間、何も言わなかった。ジュンのヘタなダンスに、ルイズは黙って合 わせていた。 彼らの周りでは、楽団のバロック音楽に似た演奏に合わせて、きらびやかに着飾った若 い貴族達が、優雅に手を取り合って踊っていた。その顔は皆、笑みをたたえていた。 そんな中、ジュンとルイズだけは、沈んだ顔でうつむいたまま、ただ淡々とステップを 踏んでいた。 「・・・行きなさいよ・・・」 「・・・え?」 先に重苦しく口を開いたのはルイズだった。うつむいたまま、僅かに震える声だった。 「行きなさいよ…勝手に帰りなさいよ!」 パチンッ! ルイズの平手が、ジュンの頬を打った。 彼女はジュンを突き放し、扉から飛び出ていった。 「ま、待ってっ!ルイズさん!!」 頬を押さえてしばし呆然としていたジュンだったが、すぐ我にかえりルイズを追って扉 を出た。 だが、廊下の暗闇の中に、彼女の姿はもう無かった。 「ルイズ、さん・・・」 いきなりな事に、楽団は一瞬演奏を止めたが、すぐに演奏を再開した。 貴族達も何事かと、ジュンに顔を向けてはいたが、すぐ目の前のダンス相手に微笑みを 向けた。 扉の向こうで立ちつくすジュンを気にすることなく、舞踏会は続いていた。 ジュンは、赤く腫れた頬を押さえ、立ち続けていた。 「ふふん。レディを泣かすとは、やっぱり君は子供だねぇ」 ジュンの背後から、聞き覚えのあるキザッたらしい声がした。 振り返ると、やっぱりキザったらしく扉にもたれかかったギーシュがいた。 ギーシュとの決闘以来、ジュンはギーシュとまともに話した事はない。ジュンはいつも 真紅・翠星石と共に、ルイズと動き回っていた。他の貴族達も、ギーシュとの決闘を見て 『謎の魔法人形で常に守られた平民』に、ちょっかいをかけることは無かった。 シエスタやマルトーなど、学院の平民達がジュンに親しげに接してくれたので、ジュン も貴族達に無理に関わろうとはしていなかった。 そのため、ギーシュが舞踏会を抜けてまで、決闘で大恥をかかされたはずのジュンに声 をかけに来たのは、彼にとって意外だった。だからといって、今ギーシュに声をかけられ るのは、ジュンにとってあまり嬉しくはなかったが。 「ミスタ・グラモン・・・」 声を返されたギーシュは、薔薇の杖を手に、思いっきりわざとらしく腕を広げた。 「おやおや、このギーシュ・ド・グラモンを覚えていてくれたのかい?光栄だねぇ」 「皮肉は、よしてください・・・」 ジュンは力なくつぶやき、うなだれた。 そんなジュンを、ギーシュは不思議そうに眺めていた。 「本当に君は不思議な子だねぇ。フーケのゴーレムと切り結べる程の剣技を持ちながら、 僕のワルキューレには殴られっぱなし。使い魔のクセに主人とダンスするかと思えば、い きなりケンカしてひっぱたかれる。 一体君は何者なんだ?何を考えているんだい?」 尋ねられたジュンだったが、何も言わず黙ってうつむいていた。 だがギーシュも黙ったまま、ただじっとジュンを見つめ続けた。 演奏されていた曲が終わり、パートナーが入れ替わる頃、やっとジュンが口を開いた。 「僕は・・・僕は、タダの子供です。 ローゼンメイデンとか、ルーンとか、すごい力を手に入れて、まるで自分の力のように 勘違いして、浮かれて周りが見えなくなっていただけの、何の力もないバカです」 うつむいて語るジュンの肩は、小刻みに震えていた。 「そうか…バカな子供、か」 ギーシュは、やっぱり格好を付けながら腕組みして虚空を見上げた。 「で…君は、嘘つきでもあるのかい?」 「・・・え?」 問われたジュンは、ギーシュを見上げた。 「ほら、君は言ってたじゃないか。ブルブル震えて逃げ出すのはイヤだとか、格好悪い自 分から目を逸らさないとか」 「あ…」 「あれは、ウソなのかい?」 ギーシュは、真顔でまっすぐジュンの目を見た。 ジュンは、一瞬、目を逸らしそうになった。だが、拳を握りしめ、ギーシュの目を見返 した。 「ウソじゃ…ウソなんかじゃ、ないです。僕は、逃げる気なんかないです」 「ふむ。それじゃ君は、今の自分がやるべき事から逃げない、と言う事だね?」 「…!」 ジュンは、真顔で見下ろすギーシュの言いたい事を理解した。ジュンの持っていたギー シュに対するイメージからは想像出来ない意図に、口をあんぐり開けて驚いてしまった。 ダンスが続くホールをバックに、目を丸くしたジュンへギーシュが微笑んだ。 「さぁ、早く行きたまえ」 促されたジュンは、ようやく我に返った。 「ありがとうございます!ギーシュさん!」 慌ててギーシュに一礼して、ジュンは走り去った。 「姿が見えないから、どこいったかと思ったら…」 「やあ、モンモランシー。わざわざ探しに来てくれたのかい?嬉しいねぇ」 ジュンを見送るギーシュに、見事な巻き毛の少女が声をかけた。腕組みして、少しすね ているようだ。 「見てたわよ・・・どういうつもり?」 「どういうつもりって、なにがだい?」 「あんな平民の子供にわざわざ声をかけるなんて、意外ね。しかも自分が恥をかかされた 相手なのに」 「恥、か」 ギーシュはわざとらしく目を閉じて、顔を上げた。 「ホントにヘンな子供だよ。彼は僕に、わざわざ素手で向かってきた。はいつくばって嘔 吐して、大恥をかきそうになった。 そう、彼は恥をかいていたはずなんだ。でも、彼は真剣だった。どうしてだろうね?」 ギーシュはモンモランシーに問いかけたが、彼女はフルフルと顔を横に振った。 彼は、再び虚空を見上げた。 「僕は思うんだ。彼は他人に対してじゃなく、自分に対しての名誉を守ったんだって。本 当の自分で戦いたかったんだ、とね。それは、貴族の名誉とは違うけど、とても大事な名 誉なんじゃないか、そう思うんだ」 「・・・全然分かんないわよ」 彼女は呆れたようにため息をついた。 「そうだね、僕にもよく分からないよ」 彼も呆れたようにため息をついた。 「ただね、モンモランシー。これだけは間違いないと思うんだ」 「なあに?」 「子供を見守るのは大人の義務」 イタズラっぽくウィンクするギーシュに、彼女はちょっとあっけにとられた。 そして、プッと吹き出した。 「やぁねぇ、全然似合わないわよ」 照れ隠しのようにギーシュも笑い出す。二人はクスクスと笑いながら、ホールへ戻って いった。 広場に、桃色の髪の少女がポツンと立っていた。 何をするでもなく、ただ立っていた。 二つの月に照らされた彼女は、おぼろげで、今にも消え入りそうだった。 「なんだか懐かしいですね。まだたいして前の事でもないのに」 彼女の背に、少年の声が届いた。 「向こうの原っぱ、僕と真紅が召喚された場所でしたね。あの時は、本当にビックリしま したよ」 少年は、遠くを眺めながらノンビリ彼女の後ろに歩いてきた。 「そしてここは、ギーシュさんと決闘した場所でしたっけ。ほら、そこ」 少年が指さした先には、掘り返されて土がむき出しになったままの地面があった。ちら ほらと草が芽を出している。 「翠星石が大木を生やした跡ですよ。あれ、片付けるの大仕事だったそうです。マルトー さんも、ああ、厨房のコック長ですけどね、その人まで手伝わされてたそうですよ」 少女は、何も言わず、身じろぎもしない。 彼女の長い桃色の髪だけが風にサラサラと踊っていた。 月明かりに照らされた彼女の髪は、息を呑むほどの輝きだった。 「それに、あのお姉さんと戦っちゃいましたっけ。あの時は本当にとんでも無い事しちゃ いました。へへ、何にも考えず、勢いで首にナイフ突きつけちゃって。3つ数え終わった らどうしようかと、冷や汗かきましたよ」 ポリポリと頭をかく少年だった。 「・・・渡さないって・・・言ったっけ」 ルイズが、ぽつりとつぶやいた。 「うん、ルイズさんは、絶対渡さないって言ってくれました」 ジュンも彼女の流れる髪を見ながら答えた。 「そう、あたしは、渡さないって言ったわ」 ルイズは、ジュンを振り向いた。 「ええ、あの時はホントに嬉しかったです」 ジュンは、ルイズに微笑んだ。 「ええ、だって私はあなた達の主だもの。使い魔を守るのは主の義務よ」 ルイズの瞳は鋭さを帯びる。 そして、懐から杖を取り出した。 「それが主の義務だから。だから・・・帰さない」 そう言いながら、ルイズは、杖をジュンに向けた。 「帰さない。地球になんか、行かせない!」 ルイズは、杖をジュンに向けた。その顔に、一片の曇りも迷いもなかった。あるのは、 刃のような眼光。 「さあ、ナイフを抜きなさい」 「ルイズさん…」 ジュンは、自分を睨み付けるルイズに、哀しげにつぶやいた。ベルトにつけたナイフに 手を伸ばす事もなく、ただ立ったままだ。 動こうとしないジュンを、ルイズは杖を向けたまま睨み続ける。 「どうしたのガンダールヴ。ナイフを抜かないと、大怪我するわよ。あたしの魔法が爆発 したら、ただじゃ済まないのは知ってるでしょ」 それでもジュンは、おびえも怒りもせず、ルイズを見つめるだけだ。 「ああ、その方が好都合ね。もう地球に帰るどころじゃなくなるでしょうから」 ジュンは、ただ哀しそうにルイズを見つめ続けた。 「さぁ早く抜きなさい!これは決闘よ。あたしが勝てば、あなたは、あなた達は正真正銘 私の使い魔になるのよ。 後の事は安心して良いわ。すべてヴァリエール家が保証する。姉さまは必ず説得するか ら安心して。ちい姉さまは、きっとあなた達を気に入るわ。父さまも、母さまにだって、 何も言わせない。 あなた達は、絶対に私が守る!あんた達はあたしのモノよ。だからどこにも、どこにも 行かせないっ!!」 ルイズは、肩で息をしながら、一気に叫んだ。 ジュンは、ただルイズの言葉を聞いていた。 そして、言った。 「抜きません」 瞬間、ルイズの顔は、もはや憎悪に歪んでいた。 「あんた、あんたまで・・・あんたも私をバカにするのね・・・ 私が魔法が使えないから、大貴族のクセにゼロだからって、ヴァリエールの名前だけし かない無能な、使い魔すらろくに喚べない出来損ないだっていいたいのね!?」 「違います」 「何が違うって言うのよっ!?あんただってホントはそう思ってるんでしょうが!!」 「違うっ!」 バチンッ! ジュンの平手が、ルイズの頬を打っていた。 打ったジュンは一瞬ハッとしたが、すぐに真剣な表情でルイズを見つめた。 ルイズは黙って、打たれた頬を手で押さえていた 「僕は、確かにルイズさんの使い魔とは言えない。でも、でも、その、僕にとってルイズ さんは、その、だ、大事な人だから」 言いながらジュンは、だんだん赤くなってうつむいてしまった。 ルイズは、杖を落としていた。 赤くなった頬を押さえる手は、大粒の涙で濡れていた。 「・・・嘘つき」 「嘘なんかじゃ、ないよ。ルイズさんは僕にとって、とても大事な人なんだ」 「…どう、大事だって、言うのよ」 「え?えと、それは、その…」 問われたジュンはさらに真っ赤になり、思わずキョロキョロしてしまう。 「なによ、答えられないの?ホラやっぱり嘘じゃないの!」 「う、嘘じゃないっ!!僕にとって、ルイズさんは・・・」 ジュンは、真っ赤になりながらも、しっかりとルイズの瞳をみつめた。 「あの、えと・・・大事な、と、友達だと」 「・・・はい?」 ルイズは、怪訝な顔でジュンを見つめ返した。 「その、僕はルイズさんを、いえ、きっと真紅も翠星石も、ルイズさんを、とっても大事 な、あの、友達だと、思ってるから、と」 「・・・ともだち?」 「はい、友達・・・じゃ、ダメ?」 さっきまでの勢いはどこへやら。ジュンは、しどろもどろで目が泳いでいた。 ルイズはルイズで、キョトンとしていた。 「とも・・・だち・・・」 「うん、ともだち」 ルイズは、しばらく呆然とした後、 「ぷっ・・・ぷくくく・・・あは、あははは、きゃはははぁっはははっ!!」 腹を抱えて泣きながら大爆笑した。 今度はジュンがあっけにとられた。 「ははははっははは…はぁはぁはぁ、ふぅはぁ~・・・」 ようやく笑いが収まったルイズは、トコトコとジュンの前に来た。 そして 自分の頭をポスッと、ジュンの胸に預けた。 ジュンは、どうしたら良いか分からず、困った顔で胸に押しつけられたルイズの髪を見 続けた。 すると、ルイズの腰がすぅっと沈んで ボカッ! 「ふぐぉっ!」 ジュンは思いっきりのけぞった。 ルイズの頭突きが、彼のアゴにクリーンヒットしていた。 「ふん!さっきのお返しよ!」 と言ってルイズは、アゴを押さえるジュンの背後に回り 「なぁ~に生意気言ってンのよ!こんのぉクソガキはぁ~」 ぎりぎりぎりぃ~っと、チョークスリーパーをかけた。 「ぐぅえぇぇえええあにすんですかあああああ」 「なーにが友達よバカバカしい!あんたなんかね!あんた達なんかね・・・」 ふっと、ジュンの首を絞める力が抜けた。 「ぼ、僕たちなんか…なんです?」 「…う、うっう!うっさーーーーーーーいっっ!!!」 渾身の力を込めたチョークスリーパーがジュンの首を締め上げるっ! 「やあべえれええええじぬじずじううううう」 ジュンが必死に首に巻き付くルイズの腕をタッピングした。 「ふ、ふんだ!今日はこれくらいにしてあげるわよっ」 ジュンに、ルイズはすっと手を伸ばした。 彼はゲホゲホいいながら、その手を見つめた。 「何してんのよ。舞踏会はまだ始まったばかりなんだからね、さっさと戻るわよ。今度は しっかり踊りなさいよね!」 「あ``、あ、・・・あんた鬼だぁ~」 「ゴチャゴチャ言ってンじゃ無いわよ!さっさと来なさい!!」 「ふぁ~い・・・」 ルイズはジュンを助け起こし、そのまま二人は手をつないで会場に戻っていた。 そんな二人の姿を、バルコニーから人形達と片刃剣が見つめていた。 「はぁ~あ、もう見てられないですよぉ。やっぱりあのチビは相変わらず、ダメダメなチ ビ人間ですねぇ」 「ふふふ♪そうね。レディの扱いが全くなってないわ。あれじゃあとても紳士とは言えな いわね」 「おいおい、あのボウズはそれなりに頑張ってンじゃねえかよ。そこまで求めるのは酷っ てやつだろ。ほんっと!女は欲張りだねぇ」 彼女らの体には不釣り合いな、人間用ワイングラスを両手で支えながら、真紅と翠星石 彼らのミーディアムを眺め続けていたのだった。デルフリンガーの口調は、半ば呆れてい る。 そんな人形達を、ワインを注ぎに来たシエスタとローラが、まるでボールにじゃれる子 犬でも見るかのようなキラキラした目で見つめていた。 そのころアカデミーでは、トリステイン魔法学院宝物庫修理費用請求書を送りつけられ たエレオノールが、ヤクザキックで壁に八つ当たりしていた 「へぇ~!かなりの近道みつけたんだぁ!」 「ええ、まだ力は、吸われちゃう、けど、これまでより、も、ずっと楽に、何度も、往復 できるように、なりま、したよ」 ホールに戻ってきたジュンとルイズは、再び一緒に踊っていた。こんどはちょっとアッ プテンポな演奏にのって、ジュンは相変わらずヘタだけど、なんとかルイズのステップに についてくる。 「それと、僕らがみんな、帰ってる時は、ホーリエと、スィドリームを、こっちに残しま す、ね。人工、精霊達は、しゃべれないけど、結構役に立つと、思いま、すよ」 慣れないダンスに、ジュンはもう息が切れだしている。 「…ふん、それくらいは当然よ」 さすがにルイズは淑女の嗜みとして身につけているのだろう。つんとおすまししたまま で、楽々とステップを踏み続けている。 ぽすっ 「こらー!なに二人だけでいつまでも楽しそうに踊ってるですかっ!」 そう言ってジュンの頭にのっかったのは、翠星石。 とすっ 「そうね。そろそろあたし達のエスコートもするべきじゃなくって?」 と言ってルイズの右肩に腰掛けたのは、真紅だった。 「え~?つったって、お前等とじゃ、体の大きさ、が」 「あら、それじゃ、みんなで踊りましょうよ!」 「それはいいわね。やはりパーティーはみんなで楽しむものよ」 「そーれはいいアイデアですねぇ!んじゃチビ人間、このまま踊れ踊れですぅー♪」 「お、お前等、まとめて悪魔か…」 そんなわけで、ジュンはヒーヒー言いながら、慣れないダンスをさせられ続けた。 そんな様子をバルコニーから眺めていたデルフリンガーが、こそっと呟いた。 「あ~あ、みてらんねぇなぁ」 二つの月がホールに月明かりを送り、幻想的な雰囲気を作り上げている。 翠星石を頭に乗せて踊らされるジュン、真紅を右肩に乗せて軽やかに舞うルイズ。彼ら を見つめながら、デルフリンガーは、ため息混じりにつぶやいた。 「あれじゃあガンダールヴつーよか、出来のわりぃ弟だなぁ。こりゃ、先がおもいやられ るぜ。 ここまで使い魔らしくないと、かえってホントてーしたもんだわなぁ!」 第八話 月夜に踊るは END 第2部 終 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 街道を、金の冠を御者台の隣につけた四頭のユニコーンに引かれた馬車が、静々と歩ん でいた。 馬車の所々には金と銀とプラチナでできたレリーフ。そのうちの一つ、聖獣ユニコーン と水晶の杖が組み合わさった紋章は、この馬車が王女の馬車である事を示していた。 王女の馬車の後ろには、さらに立派で風格のある馬車が続いていた。先帝無き今、トリ ステインの政治を一手に握る、マザリーニ枢機卿の馬車だ。 二台の馬車の四方を、三つある王室直属の近衛隊が固めている。魔法騎士隊の一つたる グリフォン隊もいた。 街道に並んだ平民達が、口々に歓呼の声を投げかける。 「トリステイン万歳!アンリエッタ姫殿下万歳!」 そしてたまに「マザリーニ枢機卿万歳」という歓声も。 馬車のカーテンがそっと開き、うら若くて美しい王女が顔を見せると、街道の観衆達の 歓声が一段と高くなる。王女は優雅に微笑みを観衆に投げかけた。だが、その微笑みは、 どこか憂鬱な影を含んでいた。 しばらくして窓から、丸い帽子を被った痩せぎすの40男、マザリーニが顔を出した。 骨張った指で、警護する騎士隊の中から腹心たる貴族を呼ぶ。 呼ばれたのは、羽帽子に長い口ひげが凛々しい、精悍な顔立ちの若い貴族。グリフォン をかたどった刺繍が施された黒マントを身につけるグリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。 「お呼びでございますか?猊下」 「ワルド君、殿下のご機嫌がうるわしゅうない。何か気晴らしになる物を見つけてきてく れないかね?」 「かしこまりました。もしお許し頂けるのであれば…」 ワルドは、枢機卿と王女に何事かをささやく。 枢機卿は真っ白な口ひげを捻りながら頷いた。王女アンリエッタも、頬を緩ませ瞳を輝 かせた。 ワルドは副隊長に護衛任務の引き継ぎを命じ、自らはグリフォン隊から3騎を率いて、 王女一行の行き先へ飛び去っていった。 ところ変わって魔法学院、ミスタ・ギトーの風系統の授業中。 漆黒のマントをまとった『疾風』の二つ名を持つ教師ギトーから、『風が最強なのを証 明しよう』と挑発されたキュルケが炎の玉を教師に放ち、それを烈風でかき消されたつい でに風でキュルケが吹っ飛ばされていた。 そんな中、今日もルイズとジュンは並んで座って授業を受けていた。真紅と翠星石も二 人を挟んで、机の上に腰掛けている。さすがに授業中は、ジュンの傍らのデルフリンガー も黙っていた。 ギトーが更になにか呪文を唱えようとした時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔の ミスタ・コルベールが現れた。金髪のカツラを被り、レースや刺繍が踊るローブを纏って いるなど、妙にめかし込んでいた。 授業の中止を告げた拍子にカツラが落ちて笑われたり、タバサに「滑りやすい」とから かわれて怒ったりしつつも、コルベールは授業中止の理由を告げた。 「えーおほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。恐れ 多くも、先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰 りに、この魔法学院にご行幸なされます」 教室がざわめきに包まれる。 「そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列する事。それと…」 コルベールは教室の外にいる人物に声をかけた。 「これに先立ち、グリフォン隊からこちらのワルド子爵が…」 と言ったところで、コルベールが教室の中を見渡した。 ルイズの横には、不自然に開いた空席がある。 教室の後ろの扉は、いつのまにやら開け放たれていた。 慌てて教室を飛び出して、階段を駆け下りるジュン。両手に真紅と翠星石、背中にデル フリンガーを背負っていた。 「うひゃー、まさか王女様が直接くるなんてなー!」 「まったく予想外だわ」 「面倒な事になる前に、さっさと逃げるですー!」 「まぁ後の事は嬢ちゃんに任せて、ほとぼり覚めるまでトンズラだな」 ジュンは彼等を抱えたまま、塔から飛び出した。 急いで広場に出て寮塔に向かう足が、急に地面から離れた。真紅も翠星石も一緒に、宙 にふわふわ浮いてしまっていた。 「えっ!?うわ、な!なんだぁ!??」 「これは、『レビテーション』だな。捕まっちまったか」 冷静かつのんきに解説するデルフリンガー。 「ジュン!あっちですぅ!あれですよ!!」 翠星石が広場を指さす先には、三人の騎士がジュン達に向けてレイピア風の杖を構えな がら駆けてくる姿があった。 「真紅!翠星石!」 「分かったわ!」 「騎士さん達、ちょっとゴメンですー!」 真紅はステッキを、翠星石は如雨露を構える。同時に真紅の掌から薔薇がわき出した。 薔薇の帯が疾風のごとく騎士達へ向かっていく。 だが、騎士の一人が杖を薔薇の帯に向けて振り、火炎を投げつけた。襲いかかろうとす る薔薇の花びらは、ほとんど焼かれていく。 「こっちはどうですかー!?」 翠星石が思いっきり如雨露から騎士達の周囲に水をまいた。とたんに、わさわさと草や ら雑草やらが一面生い茂り、騎士達の体すら覆ってしまう。騎士達は視界を塞がれ足を取 られてしまう。 しかし、もう一人の騎士が杖から『エア・カッター』を放った。周囲の草を一気になぎ 払い、視界と足場を確保する。 『レビテーション』を、残る一人が保ち続け、ジュン達の動きを封じ続けている。 「魔力が弱まったわ、飛ぶわよ!」 「オッケーでぇす!」 真紅と翠星石が、『レビテーション』から一気に抜けだし、左右へ飛翔した。気付いた 騎士達も、急いで次のルーンを唱える。 『ウィンド・ブレイク!』 二人の騎士は突風を、飛来する人形達に打ち出した! 「遅いわ!」「残念ですねー♪」 真紅と翠星石は軽々と突風をかわし、火と風を放った騎士達へ突っ込んでいく。騎士達 は人形を迎撃しようと杖をフェンシングのごとく構えた。 だが、人形達は騎士達の間合いに入る直前で、いきなり方向を変えた。 カンッ! 『レビテーション』をかけ続けていた騎士の杖が、真紅と翠星石に叩き落とされた。 どさっと地面に落ちたジュンは、慌てて腰のナイフに手をかけた。同時に左手の包帯か ら光が淡く漏れ出す。 「よし!」 「分かってるわ!」 「行くですよ!」 ナイフを構えるジュンのかけ声に、真紅と翠星石もステッキと如雨露を構え直した。騎 士達を包囲するように位置を取る。 騎士達3人も、改めて杖を彼等に向ける。 そして! ジュンは逃げてった。 真紅と翠星石も飛んでった。 騎士達は一瞬呆然とした後、慌てて三人を追いかけていった。 「なんで俺を使わねえの?」 背負われたままのデルフリンガーが残念そうだ。 「だってデル公抜いたら、シャレにならないじゃん。向こうも殺しに来たワケじゃないん だし」 「いや、そりゃそうだけどよぉ…」 そんなおしゃべりをしつつも、ジュンは寮塔に向かって駆けていた。 ジュンが寮塔入り口を視界に入れた時、ちょうど真紅と翠星石も降りてきた所だった。 三人が寮塔入り口に集まろうとした。 その瞬間、寮塔入り口に突然生まれた竜巻が、竜のごとく天へ駆け上る! 「うわあっ!」「たっ竜巻!?」「まだいたですかーっ!」「うひょ、こりゃでけえ」 集まろうとしていた三人は、竜巻に巻き上げられ、宙へ投げ出された。 きゃあ~~・・・ 人形の真紅と翠星石は軽いので、彼女らは悲鳴だけ残して、遙か高くまで一気に巻き上 げられてしまった。 ガシッ! ジュンは巻き上げられながらも、寮塔の石の隙間にナイフを突き立て、逆さまで壁に張 り付いたまま下を見た。 地上には、羽帽子に黒マントを身につけた、長い口ひげの若者が杖を構えていた。 あいつか!? 竜巻が弱まった瞬間、一気に壁を駆け下りた。地面に着地するや、勢いそのままでナイ フを構えて男に突っ込んでいく! 男も杖でジュンを突く! カキィンッ! ナイフが手から払われ、宙を飛んでいた。 「くっ!?」「俺を抜けっ!!」 うめいたジュンが、慌てて背中のデルフリンガーに手をかけようとした。 ガシッ 男の手が、ジュンの右手を掴んでいた。 「なかなかやるな!少年」 「いたっ、いてて!」 腕をひねり上げられて、苦痛に顔を歪ませる。 まってー、みんなちょっと待ってー! 遠くから、ルイズが駆け寄ってきた。後ろにはさっきの三人の騎士がついてきている。 真紅と翠星石も上空から降りてきた。男もジュンから手を放す。 「ルイズさん、待つって何をですか!?」 「ごめんなさい、ルイズ。私達は捕まるわけにはいかないわよ」 「だ、大丈夫!ぜーぜー…、この方達は、あなた達を、捕まえに来た訳じゃないのよ!」 ジュンと人形達は眉をひそめて、一番立派そうな姿の羽帽子の男を見上げた。 「この方はワルド子爵。王室直属の近衛隊、魔法騎士隊の一つたるグリフォン隊隊長で、 私の婚約者なの」 「え…婚約者!?」 目を丸くして仰天するジュンへ、ワルドはきさくに語りかけた。 「君が噂の、ルイズの平民使い魔だね。僕の婚約者がお世話になっているよ」 慌てて3人とも一歩下がり、恭しく礼をした。 「ルイズ様の婚約者とは、知らぬ事とはいえ失礼致しました。僕はルイズ様の使い魔を勤 めさせて頂いております、桜田ジュンと申します」 「同じく、ローゼンメイデン第五ドール、真紅と申します」 「同じく、第三ドールの翠星石ですぅ、初めましてですぅ」 頭を下げる三人を見て、ワルドも満足げに頷いた。 「お初にお目にかかる。僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ルイズの婚約 者だ。あんまり、かしこまらないで欲しい。僕の事はワルドとでも呼んでくれればいいか ら」 「承知致しました、ミスタ・ワルド。して本日の来訪は、いかなるご用件でしょうか?」 ジュンの口調は礼儀正しくても、視線は鋭くワルドに向けられていた。真紅と翠星石も ステッキと如雨露を手放してはいない。 「ふふふ、そう怖がらなくて良いよ。君たちを捕らえるとか分解するとかいう気はないの だから。 実は本日、殿下が君たちの拝謁を許して下さるのだよ。だが話では君たちは、王室や魔 法研究所に誤解を抱いているらしいからね。だから先に僕たちが来て、君たちに害が及ぶ 事はない、と伝えに来たんだ」 「そういう事なの。だから、みんな安心して一緒に来て欲しいのよ」 ジュン達は不安げに視線を交錯させたが、ルイズの言葉に従ってそれぞれの武器を収め た。 学院長室では、ソファーに座るアンリエッタ姫の前に、オスマン氏はじめ全教員が跪い ていた。その最前列にはルイズとジュンがいた。 アンリエッタが伸ばした左手に、真紅と翠星石が口づけていた。 「なんと愛らしいお人形でしょう。ルイズ、大儀でした」 「光栄至極にございます、殿下」 普段はおてんばなルイズも、さすがに姫の前では礼節を尽くしている。 真紅と翠星石はアンリエッタに頭を下げたまま、ジュンの横まで下がり、跪く。 そしてアンリエッタは、涼やかな笑顔をジュンに向けた。 「そなたが、ルイズの使い魔ですね?」 「はい。桜田ジュンと申します」 ジュンは平静を装いつつも、手に汗を握っていた。 「噂では平民ながら、数々の東方の技を身につけ、メイジに並ぶ力を示す、とのことです ね」 「恐れながら、噂には尾ひれがつくモノです。僕はただの平民に過ぎません」 内心、あんまり突っ込まないでくれー、と必死で祈ってた。 「これはこれは、大きな力を持ちながら、謙虚な少年ではありませんか。そちらの美しく も高い魔力を秘めた人形達といい、ルイズはよい使い魔をお持ちですね」 「はい、身に余る程に素晴らしい使い魔達にございます」 「使い魔はメイジの力を示すもの。あなたはいずれ、ハルケギニアに名を知らしめる立派 なメイジになるに違いありませんわ。私も、幼き日を共に過ごしたそなたを誇らしく思い ます」 「もったいないお言葉にございます。その時が訪れた暁には、殿下のしもべとして忠義を 尽くす所存にございます」 「期待していますわ。ところでその時には、そなたの使い魔達も共に忠義を尽くしてくれ るのでしょうか?」 アンリエッタの言葉に、使い魔達には一瞬緊張が走った。 ジュンがゆっくりと、必死に言葉を選びながら、言葉を紡ぐ。 「我らはルイズ様の使い魔にございます。ゆえに、ルイズ様が忠誠を尽くす方には、我ら も忠誠を尽くします」 「よろしいですわ。その時には期待しています」 ルイズと使い魔達は、どっと汗をかきながら安堵した。 その後マザリーニに時間を告げられたアンリエッタは、少し名残惜しそうにしながら、 来た時と同じように静々と学院を去っていった。 「ぐはぁ~、つっかれたぁ」 ジュンはルイズのベッドに大の字で寝っ転がっていた。 「やれやれ、俺もその美人の姫様とやらを見たかったな。そんなにべっぴんさんだったの かい?」 「そりゃーすごい美人だったよ。つーか、ホントにお姫様って感じだったよ。清楚で、可 憐で、青い瞳なんかそりゃあもう!」 「あーくそ、そんなんなら俺も持ってってくれりゃいいじゃねぇか」 「しゃーねーだろ、王族の前に出るのに武器なんか持てるかよ」 「しょうがないですよデル公さん。でも、本当に綺麗ですよねぇ。しかもルイズさんと幼 なじみなんですってねぇ」 「ええ、あの美しさは素直に認めるしかないわね」 「ところでルイズさん、さっきからどうしたですか?」 「本当に変ねぇ、ぼんやりしたままだわ」 ルイズの部屋に戻ると、皆アンリエッタの美しさを口々に讃えていた。 だがルイズは椅子から立ったり座ったりと落ち着きが無く、視線も宙に彷徨わせている ばかりだ。 ジュンが頬をつついても無反応。 翠星石が頭の上に乗っても気付かない。 真紅が薔薇の花びらを顔にペタペタ貼り付けてもぼんやりしたまま。 三人は、大きく息を吸って、ルイズの耳元に口を寄せて… 「「「「わっ!」」」」 「うわっひゃあっ!?・・・な!なによ、ビックリさせないでよ」 ようやくルイズは我に返った。 「ルイズ、どうしたの?ぼーっとするなんて珍しいわね。せっかく幼なじみの姫様に会え たのに」 「あ、うん、真紅…あのね、ワルド様の事を考えてたから」 「ああ、あなたの婚約者の事ね」 「こいつはおでれーた!お前さんみたいなおてんばにも婚約者がいたのか!」 「デル公!もう、茶々入れないでよね。 でも、婚約したのは10年前だし、お父様も戯れにしただけだから、もう反故になった と思ってたわ。・・・まさか、覚えててくれただなんて」 腕を組んでツンとすましてはいても、顔はちょっと赤かった。そんなルイズを見たジュ ンは、ちょっと複雑な表情だ。 「そっかぁ~、ルイズさんには婚約者がいたんだぁ…そうだよなぁ、貴族って普通そんな もんなんだよなぁ」 「あら、なあに?ジュン、もしかして、妬いてるんだあ♪」 ルイズにツンツンつつかれて、ジュンも焦ってしまう。 「そ、そんなワケないだろ!?からかうなよ」 「そーだぜ!なにせジュンにはあのシエス」 「わーっわっわっわー!」 ジュンは慌ててデルフリンガーを押さえつけようとした。でも、どこが口か分からない ので、とりあえず剣を抱きしめていた。 その様を女性陣はニヤニヤしながら眺めていた。 「な、なんだよ!ほら、遊んでないで、そろそろ帰るぞ!」 「あらあら、いいのですかぁ~?でも早く帰らないと、地球では巴さんも待ってるですも んね~♪」 「す、翠星石!バカ言ってないで、ほら、急ぐぞ!」 「そうね、それじゃ私達はそろそろ帰らせてもらうわ。また明日」 そういってジュン達は、輝く鏡面から地球へ帰って行った。 ルイズの部屋にはルイズとデルフリンガー、そして二つの光玉、ホーリエとスィドリ- ムが残った。 その日の夜。 ルイズの部屋をノックする者がいた。初めに長く二回、それから短く三回…。 はっとしたルイズがドアを開けると、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女がいた。 ――そして次の日の朝、ルイズの部屋。 カーテンが引かれて薄暗いルイズの部屋を、鏡台から生じる光の波が淡く照らす。 「ルイズさーん、こんちはー・・・って、誰もいないや」 「おいおい、俺はいるぜぇ」 壁に立てかけられたデルフリンガーに出迎えられ、鏡から出て来たのはジュン達だ。 「デルフリンガー、ルイズはどこへ行ったの?」 「おう、実はお前等に急ぎの伝言があるんだ。」 「どうしたです。何かあったですか?」 「おう!俺もおでれーたよ、いいかよく聞け、実はな・・・」 デルフリンガーから語られた事実と伝言の内容に、一同言葉を失った。 ――学院長室 「うむ、そうじゃ。ミス・ヴァリエールは姫殿下の密命を受けて、今朝アルビオンに向け て旅だったのじゃ」 「すまねぇな、なにせ急な事でよぉ」 「そ、そんな!ルイズさん、無茶だよ…」 「あーに考えてるですかぁ、あのちんちくりんはぁ!人工精霊だけ連れて行ってもだめで すよぉ」 「困ったわ、どうやって追えばいいのかしら」 鏡から出てきたばかりの三人は、ルイズが昨夜アンリエッタ姫から『以前、アルビオン 王家ウェールズ皇太子にしたためた手紙を回収して欲しい』という密命を受け、ワルド子 爵とギーシュを共にしてアルビオンに向かった事を告げられた。三人には『後から飛行機 で追いかけてきてね』というルイズの伝言がデルフリンガーに託されていた。 しかも学院長から伝えられたアルビオンの状況――反乱軍レコン・キスタの『革命』に より、王軍は敗北寸前――という事実が、更にジュン達の顔色を青く塗りつぶしていく。 ルイズ達は、既に敵軍が完全包囲しているであろう王軍のウェールズ皇太子と接触しなけ ればならないのだから。 第一、追えと言われても行く方法が無い。 行く方法がない、と困っているのを見て、ジュンの背中のデルフリンガーが不思議そう に聞いてきた。 「なぁジュンよ、あのぜろせんってヤツで飛べばすぐじゃねえのか?道分かるヤツを後ろ に乗せればいいだろ。ルイズもそう言ってたぜ」 「それダメ!飛行機は滑走路の無い場所じゃ離着陸できないんだ…そうか!ルイズさんは それを知らなかったんだ」 「なんと!そうか、そうじゃった、じゃから『かっそうろ』を作ったンじゃった。うむ、 ではどうするか」 頭を捻ったオスマンが、声を上げた。 「よし、ここはひとつ風竜の出番じゃ」 ――タバサの部屋 既にもぬけの殻だった。ついでにキュルケの部屋も。 「ううむ、留守です。困ったですねぇ」 「うむ、困ったのぉ…良い手はないじゃろか」 「コルベール先生に燃料が出来てるか聞いてみよう。もしかしたら、ラ・ロシェール近く に、ゼロ戦で着陸できる場所があるかも知れない。無ければ、ちょっと離れるけどタルブ の草原へでも」 ジュンの提案に一同頷いた。 ――コルベールの研究室 研究室の前には、エンジンが取り外されたゼロ戦があった。 機首のエンジンは地面に降ろされ、見事バラバラにされていた。 「そ、その・・・どうしてもこの、『えんじん』というのが知りたくて・・・」 ぼそぼそと言い訳するコルベールの前に、全員がっくりと膝をついた。 「だ、大丈夫ですぞ!ミスタ・グラモンに頼めば、竜騎士隊を貸してくれますぞ!」 「コルベールよ…ギーシュ君なら、ミス・ヴァリエール達と一緒に出て行ったんじゃ」 「・・・申し訳ない!」 ――結局、再び全員学院長室へ戻ってきた。 オスマン氏はずっとウンウンうなっている。 「うーむ、これは密命じゃからのぉ。学院から竜騎士隊とかに依頼する事は出来ん。同じ ように姫殿下とも連絡はとれん。フーケの件もあるし…」 「フーケ?」 ジュン達がキョトンとなる。 「おお、そういえば話しておらんかったか。実はの・・・」 オスマンから語られる『フーケ脱獄。恐らくはレコン・キスタ派貴族の手引き』という 事実に、ジュン達はもはや青いというより白い顔だ。 「と、ゆーことは・・・王宮や軍に『飛竜貸して』なんて頼んだら」 「おそらく、そのまま暗殺されるじゃろ。少なくとも合流はできんな」 オスマンの冷酷な予想に、ジュン達は力が抜けていく。 「ど…どうするですかぁ?」 「こうなったら、最後の手段ね!」 真紅の言葉にぎょっとして、ジュンが耳打ちする。 (おい真紅、まさかnのフィールド通って行く気か?) (まさか、それこそ無理よ。だって、どこを通ればラ・ロシェールに着くか知らないもの。 それに、nのフィールドから出てくる所を、誰かに見られでもしたらやっかいよ) 「ふむ、ミス・シンクには何か妙案がおありか?」 身を乗り出したオスマン氏に、真紅が胸を張って答えた。 「馬よ!」 ――そんなこんなで、もうお昼の正門前。 馬に跨ったシエスタは前に真紅と翠星石、後ろにジュンを乗せていた。 「それじゃシエスタさん、急いでお願いします!」 「分かったわ、ジュンさん!みんな、急ぐわよ!」 「頼むですぅ!」 「おでれーた…やれやれ、馬でグリフォンを追いかけようだなんて、俺はおでれーたよ」 「手段は選んでいられないわ。私達だけじゃ道が分からないし」 四人を乗せた馬は、ラ・ロシェールに向けて駆けだした。 さほど乗馬が上手くない田舎出のメイドと、乗馬の経験すらほとんど無い少年と、人形 達を乗せた馬は、それでも必死に南へ駆けていた。魔法学院からは馬で2日ほどの距離に あるラ・ロシェールを目指し、休みもほとんど取らず、宿場町の安宿で泥のように眠り、 きしむ関節と悲鳴を上げる筋肉に鞭打って、どうにかこうにか次の日の夜にラ・ロシェー ルへ到着した。 そして丘の上に昇った彼等の目の前には、いや頭上に、『桟橋』があった。東京タワー 並の枯れた巨木に、巨大な木の実のごとき『船』がぶら下がっていた。 「な・・・なんでこんな山の中に港が、て思ったら、こういうことだったのか・・・」 「さすが魔法の世界ですねぇ・・・ビックリですぅ」 「なんでえ、お前等の世界じゃ船ってこういうのじゃねえのか?」 「地球の船は、みんな海に浮いてるわ…全く驚きだわ」 使い魔達は天を突く巨木を見上げ、口をあんぐり開けっ放しだ。 枯れた大樹の根元をくりぬいたホールから、シエスタが小走りで戻ってきた。 「ついてるわ!船はまだ出てないって。明日の朝にならないと船は出る事が出来ないんで すって!」 その報告に一同安堵のため息をついた。 「良かったわ。ならルイズ達は、どこかの宿に泊まっているわね」 「シエスタさん。この街に貴族向けの高級な宿屋って、幾つかありますか?」 「ああ、それなら『女神の杵』亭ね。ほら、あそこの・・・あれ?」 ラ・ロシェールの街を指さしたシエスタは、怪訝な顔で目をこらしていた。 「どうしたですかシエスタさん・・・なんですか?あれは」 街の灯りにぼんやりと浮かび上がるのは、巨大な人型だった。街の建物より背の高い人 型が、一際立派な建造物の前に立っていた。 どぅん・・・ 地響きの様な轟音と共に、人型が建造物の入り口を吹き飛ばした。 「あれは、フーケですぅ!フーケのゴーレムですよぉ!」 「ということは…あれが『女神の杵』亭!?」 「ルイズ達が襲われているんだわ!」 「シエスタさんはここにいて下さい!僕らはルイズさんの所へ行ってきます!」 「はっはい!」 「おっとジュンよ、その必要は無いようだぜ。こっちに走ってくるのはルイズと、ああ、 ワルドって隊長さんじゃねえか?」 デルフリンガーの言うとおり、月明かりに照らされた丘を駆け上ってくるのは、ルイズ とワルドだった。赤と緑の人工精霊が人形達の下へ飛んでくる。 「おーい!ルイズさん、大丈夫だった~!?」 「みんな!まったくもう、一体どうしたのよ!?ずっと待ってたんだからね!」 「諸君!話は後だ、今は船へ!」 そう叫ぶや、ワルドはホールへ駆け込んでいった。 「分かったですぅ!それじゃシエスタさん、ありがとでしたよ」 「は、はい!皆さんも、どうぞご無事で!」 手を振るシエスタを残し、一同はワルドに続いてホールへ飛び込んでいった。 ワルドは各枝につながる階段の中で、目当ての階段が示されたプレートを見つけると、 一気に上り始めた。ワルドとルイズに続いてジュンもデルフリンガーを握って駆け上る。 真紅と翠星石はトランクに乗ってジュンの後ろを飛んできていた。 木の階段をきしませながら、途中の踊り場に差し掛かった時、きしむ音にもう一つの 足音が混じっていた。ジュンが振り向くと、黒い影がさっと翻り、人形達とジュンの頭上 を飛び越し、ルイズの背後に回った。長身で黒いマントを纏った、白い仮面の男だった。 「ルイズさん!?」 「きゃあっ!」 一瞬で男はルイズを抱え上げる。 ジュンは男を斬りつけようとした。だが、ルイズが邪魔で剣を振れない。 男はそのまま地面に向けてジャンプした。 「翠星石!行くわよ!」「オゥですぅ!」 真紅と翠星石がステッキと如雨露を構えてトランクから飛ぶ。 燕のように宙を舞い、急降下で仮面の男に襲いかかる。 だが、仮面の男は落下しながらルイズを離した。軽やかに身を翻し、ステッキと如雨露 をかわす。ルイズは地面に真っ逆さまで落下していく。 間髪入れずにワルドは階段から飛び降り、急降下して落下中のルイズを抱き留め、空中 に浮かんだ。 男はそのまま階段の手すりにつかまったが、更に真紅の薔薇が襲いかかる。『フライ』 で高速飛行しながらかわし、ジュンから少し離れた場所に降り立った。そして薔薇に向け て杖を振る。 「『ウインド・ブレイク』!」 突風に薔薇が吹き飛ばされてしまう。 「うぉあっ!」ジュンは間合いを一瞬で詰め、仮面の男に向け突きの連撃を放つ。 カカカカキィンンッ! だが男は黒塗りの杖で華麗に突きをさばいていく。 その男の口からは、一定のリズムでつぶやき声がもれていた。男の頭上の空気が、ひん やりと冷え始める。 「ジュン!構えろ!!」 デルフリンガーの叫びに、とっさにジュンは剣を正中に構えた。 「『ライトニング・クラウド』!」 空気がパチンッっと弾け、男の周囲からジュンへ稲妻が伸びる。 だが、電撃は全て刀身に吸い込まれていった。 仮面の男も、ジュンも予想外の事に一瞬たじろいでしまう。 「スキ在りですぅっ!」バゴッ! 仮面の男は、飛んできた翠星石の如雨露で思いっきり頭をどつかれた。 「終わりよっ!」どすっ さらに、真紅のステッキが男のみぞおちにめり込んだ。 「とどめだぜっ!」「応!」 ジュンは、上段突きで一気に踏み込む。 ぼごんっ! だがデルフリンガーが突き立つ前に、破裂音と共に仮面の男は消滅してしまった。 「あ、あれ?…デル公、どうなったの?幻影か?」 「いきなり、消えた、です。…もしかして、逃げられたですか?」 「遍在、だよ」 口にしたのは、『フライ』で飛び上がってきたワルドだった。 「風のユビキタス(遍在)。風の吹く所、何処と無くさ迷い現れる。敵は極めて強力な風 系メイジのようだね。 そして、君の剣は魔法を吸収できるとはな、驚いたよ」 「デルフリンガーってんだ、よろしくな!」 「ああ、よろしく。さて、おしゃべりはここまでだ。次の追っ手が来ると不味い」 一同はさらに階段を駆け上る。 階段を駆け上がった先の枝には、一艘の船が停泊していた。枝からタラップが甲板に下 ろされている。一行は甲板に駆け降りた。甲板で寝込んでいた船員達が、驚いて飛び起き た。 「な、なんでぇ?おまえら!」 「船長はいるか?」 ワルドが船員達と交渉する。 その間にルイズ達は、この二日間の事を伝え合っていた。 襲い来る傭兵達とフーケを、ギーシュ・キュルケ・タバサが食い止める間に、桟橋へ向 かった事も。 「おでれーたな、あの貴族の3人がフーケを足止めしてくれてたとはよぉ」 「みんな大丈夫ですかぁ?無事だと良いですけど…」 「だーいじょーぶよ!タバサのウィンドドラゴンもいるんだから、危なくなったらさっさ と逃げるわよ」 だがジュンは、浮かない顔で考え込んでいた。 「うん、キュルケさん達は大丈夫と思う…けど…」 何かにひっかかっているジュンに、真紅が怪訝な顔をする。 「ジュン、どうしたの?何か気になる事があるの?」 「あ…うん、大したことじゃないんだ。 うーん、何かヘンな感じがしたんで、なんだろうって思ってたんだけど、やっぱりよく わかんないや」 そこへ船長との交渉を終えたワルドが駆け寄ってきた。 「すぐに出航だ。ただ、今出航すると、途中で風石が足りなくなる。だから僕の魔法で補 う必要がある。その間は僕は戦う事が出来ない」 ワルドはジュンの肩に、ぽんっと手を置いた。 「その間は、君達がこの船『マリー・ガラント』号を守って欲しい」 「え…僕たちが、ですか?」 「そうだ。学院で剣を交えた時といい、さっきの戦いといい、君と人形達なら十分に戦え る。話に聞いたとおりだね。君達なら、トライアングルクラスのメイジも相手にならない だろう」 ワルドの言葉に、3人は誇らしげに胸を張った。 「分かりました。頑張ります」「承知致しましたわ」「任すですよー♪」 ワルドは口笛を吹き、飛来したグリフォンを甲板に呼び寄せた。 帆が張られ、もやいは放たれ、風に乗って船は出航した。 二日間の馬での強行軍に、桟橋での戦闘。疲れ果てていたジュン達は即座に熟睡してし まった。 「アルビオンが見えたぞー!!」 鐘楼の上に立った見張りの船員が叫ぶ声で、ジュンは目が覚めた。 早速、舷側から下を覗き込む。船の下には白い雲が広がっている。トランクからもそも そと出てきた人形達も下を覗き込むが、見えるのは白い雲海だけ。どこにも陸地など見え はしない。 3人の隣に立ったルイズが「あっちよ」と空中を指さした。 ルイズが指差す方向を振り仰いで、ジュン達は息をのんだ。 巨大な…まさに巨大としか言いようのない光景が広がっていた。雲の切れ間から、黒々 と大陸が覗いていた。大陸は遥か視界の続く限り延びている。地表には山がそびえ、川が 流れていた。 「驚いた?」 ルイズがジュン達に言ったが、3人とも声が出ない。 「すごいわ…」「…信じられんです」「うん。こんなの、見たことないよ…」 ようやく声になったものの、口はあんぐりと開きっぱなしだ。 使い魔達が『アルビオンは白の国と呼ばれてて…』と聞かされている時、鐘楼に登った 見張りの船員が大声を上げた。 「右舷前方の雲中より、船が接近してきます!」 ルイズは言われた方を向く。なるほど、大きな黒い船が一艘近づいてくる。後甲板でワ ルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指した方角を見上げた。 黒くタールが塗られた船体、片舷側に突き出た二十数個の大砲。その全てがこちらをピ タリと狙っている。 後甲板からは「返信無し」「旗を掲げて無い…!」「空賊!?」「逃げろ!」と言った叫 び声に近い報告と命令がが飛び交う。 ぼごんっ!と鈍い音と共に、黒船が撃った大砲の弾が青空に消えていく。 黒船の威嚇砲撃数発を見た船長は、助けを求めるように、隣に立っているワルドを見つ める。 「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」 ワルドは落ち着き払って言った。 ジュンはデルフリンガーを構えた。左手の包帯から光が漏れる。真紅と翠星石も手にス テッキと如雨露を構えた。 「ちょ、ちょっとあなた達!まさか、戦艦相手にやり合う気!?」 使い魔達の行動に、ルイズは驚きを通り越して呆れてしまう。 その様子を見たワルドも駆けつけてきた。 「やめておけ。既にこの船は敵の大砲の射程範囲内だ。メイジだっているかもしれない。 確かに守ってくれとは頼んだが、勝てない戦いをする必要はない。20以上の大砲を同時 に撃たれたら、終わりだよ」 「はは!なるほどそいつぁごもっともな意見だぜ。けどな…」 正中に構えられたデルフリンガーの刀身は、心なしか輝きを増していく。 「あんたと嬢ちゃんは敵だけじゃぁなく、味方の力量もしっかりとわきまえてた方がいい ぜぇ?」 ジュンの左薬指の指輪が、紅く輝き出す。そして、真紅と翠星石の体からも、紅と緑の 光があふれ出す。 「ミスタ・ワルド。船をお願いします。…それじゃ、頼むぜ!」 「ええっ!」「ぶっとばすですよっ!」 叫ぶが早いか、真紅の手の平から紅い竜巻の如く薔薇が舞い上がる。翠星石は緑に輝く 光の尾を残して、上空に舞い上がった。 ゴウッ!! 薔薇の巨大な竜巻が、一気に黒船へ襲いかかる。異常事態に気付いた砲手が、大砲を発 射しようとした。 だが、出来なかった。全ての大砲が沈黙した。 大砲の砲身に、飛来した薔薇の花びらが一瞬でギッチギチに詰め込まれ、その勢いで砲 身もあさっての方向を向いてしまったからだ。 間に合わずに導火線へ火を移してしまった数名の砲手が、慌てて曲刀で導火線を切り落 とす。 黒船の舷側に並んだ空賊数名が、魔法を放とうと杖を構えた。 ドドドドドッ!! しかし魔法が発動する前に、その全員が頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受け、甲板 に倒れてしまった。黒船の上空から、翠星石が如雨露から水をまいたのだ。ただし、甲板 に穴が開くほどの水圧だ。 ぶううぅおおおっっ!! 翠星石が水をまいた箇所から、ツタのような植物が一気に生え育った。甲板はおろか、 舷側にも飛び出したツタで穴が開き、マストも傾く。 重量バランスが崩れ、黒船は大きく『マリー・ガラント』号側へ傾いてしまった。 空賊船内は既にパニック状態だ。甲板上の箱や空賊達が、傾いた甲板を滑って行く。雲 海へ落ちそうになる者もいる。 それを見ている『マリー・ガラント』号の人々も、開いた口が塞がらなかった。 「ミスタ・ワルド!」 「…え?」 「逃げるんですっ!!」 ジュンの叫びに、あっけにとられていたワルドが我に返った。同じく呆然としていた船 員達も。 大混乱に陥る空賊を尻目に、船は再びアルビオンへ向けて走り出した。 空賊船が見えなくなった頃、ようやくアルビオンの港、スカボロー港が見えてきた。 近づいてくる港を見つめるジュンの背を、ワルドがぽんっと叩いた。 「まったく、大したものだ。恐らく君たちの力は、スクウェアクラスにも引けを取らない だろう。目的を忘れず、敵の足を止めてすぐに立ち去るという冷静さも、若いのに大した 物だ」 「お褒めにあずかり光栄です」 「はははっ!かしこまるのはよしてくれ!僕とルイズが結婚したら、君とも家族の様なも のになるんだからね」 バンバンと背中を叩かれて、ゲホゲホとむせてしまう。 「ぐへごほっ…あ、あの、結婚って、結局、婚約の件は、今はどうなっているんでしょう か?」 「まぁ、ルイズが卒業した後の話だ。 実はラ・ロシェールで泊まった時にプロポーズしたんだが、卒業まで待って欲しいと言 われたよ」 「卒業まで…待つ…」 ジュンは、しばし考え込み、次第に顔を伏せていく 「多分、おめーら使い魔連中に気ぃ使ったんじゃねぇか?」 背中のデルフリンガーの言葉に、ジュンは何も答えられない。 「はっはっはっ!君が気にする必要なんか無いよ!」 「ごふっ!げふぅっ!」 バンバンバンバンッと背を叩かれ、更にむせこんでしまう。 「僕もルイズも10年くらい会っていなかったからね。婚約者とはいえ、今すぐ結婚と言 われても困るだろう?ルイズもまだ書生の身だしね。お互いの事を分かり合う時間に丁度 良いよ。 そういうわけなので、ジュン君。君の人形達、シンクとスイセイセキと共に、これから よろしく頼むよ!もちろんデルフリンガー君もな」 「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします」「おう、よろしくな」 ジュンはワルドに深く頭を下げた。ワルドはジュンを笑顔で見下ろしていた。 だが、目が笑っていなかったことには、船上の誰も気付かなかった。 第三話 アルビオンへ END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next きーんこーんかーん・・・・ 終業のベルが鳴った。 校庭では野球部が白球を追い、陸上部が高跳びを練習する。 部活が無い生徒は、ようやく暑さも和らいだ街の間をダラダラと帰っていく。 せんせー、さよならー おー、また明日なー よーマックいかねー? ええでー。でも、その前にTUTOYA寄ってくでー そんな、いつもと変わらない下校風景。ジュンも帰ろうとしていたら、後ろから声をか けられた。 「やぁ、桜田」 「あ、梅岡先生・・・」 外に出ようとしていたジュンが振り返ると、若い男性教師がいた。担任の梅岡先生。 「どうだ、調子は?」 「…いや、別にどうも」 ジュンの返答は、あくまで素っ気ない。 「別にどうも、か・・・先生には、そうは見えないぞ?」 「そうすか?まぁ、学校戻って大して経ってないですから。まだ調子悪いかもしれません ね」 「いや、そういう事でなくて、な・・・」 教師は、髪をボリボリかきながら、言いにくそうにしている。 「用が無いなら、帰りますけど」 「ま!待った!」 立ち去ろうとしたジュンを、慌てて呼び止める。 「あ、あのな・・・何か、大変な悩みを抱えてないか?」 「・・・悩み?」 「う、うん。あのな、先生がこんな事言うと、変に思うかもしれないんだけど・・・ 桜田な、その…学校来なかった間と、今とでは、全然印象が違うんだ」 「印象が・・・」 「そうなんだ。昔は、なんていうか、確かに勉強は出来るんだが、繊細というか。家庭訪 問しても、顔も見せてくれなかったし」 「要は、神経質でプライドばかり高くて脆そう、という事でしょ?」 「う、うん・・・言いにくいけど、今だから言えるけど、そうなんだ。でも、今は違う。 あ~、というか、違いすぎる。ほとんど別人じゃないか?というくらい、印象が違いすぎ るんだ。 先週、何日も休んだ事があったろ?その時、桜田のお姉さんから『また調子が悪くなっ たから』て電話で説明受けたんだ。けど、その前後の桜田の様子からは、全然そんな感じ がしなかったんだ。すごく元気そうだったぞ。 なぁ、先生に教えてくれないか。桜田に、何があったのか。もしかして、大変なトラブ ルに巻き込まれてるんじゃないか?ずっと右手に巻きっぱなしの包帯と、何か関係がある のかな?」 「それは・・・」 ジュンは正直、どう答えるべきか困ってしまう。試しに、今日までの事を思い返してみ た。 ――中学受験失敗が原因で引きこもりをしていたら、伝説の生き人形『薔薇乙女』達の戦 いに巻き込まれた。騒がしい毎日と激戦の末、自分も生きる意思と力を取り戻した。 戦いが終わった直後、偶然ハルケギニアに使い魔として召喚された。召喚されたついで に、死んだ雛苺と蒼星石を生き返らせるため、ハルケギニアの探索と併せて魔法学院での 勉強も始めた。 先週は、王女からの密命で浮遊大陸アルビオンに潜入、皇太子を連れ帰った。だがそれ が原因で、アルビオンと戦争になってしまった。これから、トリステインの兵士として零 戦に乗り、アルビオン艦隊と戦う―― ・・・言えるかーー! 思い返してみて、自分で思いきりツッコミ入れてしまった。 「う~ん、まぁ、先生が心配するのも当然とは思うけど。ホント個人的な事だから、言い たくないんです」 「そ、そうか・・・しょうがないな。でも、いつか先生にも教えてくれよ」 そういって、ぎこちない作り笑いを残して教師は職員室へ去っていった。 自分を心配してくれる担任の姿に、その担任に黙って再び学校をしばらく休まなければ いけない事に、ジュンも胸がチクリと痛む。 正門から出て、ふとジュンは校舎を振り返る。 何の変哲もない、四角いコンクリートの校舎。生徒だってごく普通。 ジュンにとっては夏休みの終わりまで、見るだけで吐き気がした、大嫌いだったはずの 公立中学校。 対アルビオン戦争の間は地球に帰らず、しばらくハルケギニアにいるつもりだ。生きて 帰れる保証なんか無い。死ぬ気はないが、現実はそう甘くない事は分かっていた。『もし かしたら、この校舎を見るのは最後になるかもしれない』…そう思うと、何故か後ろ髪を ひかれる想いがしてしまう。 くるっと校舎の方を向き、軽く頭を下げる。 そして、学校をあとにした。 第五部 第一話 課外授業 桜田家の中に入ると水銀燈、のり、巴がリビングでお茶を飲んでいた。 「遅いじゃないのぉ、待ちくたびれたわよぉ」 水銀燈がジュンの前にふわりと飛んで来て、懐中時計を渡した。ジュンが先日イザベラ に渡した物だ。それを見たとたん、ジュンが悪役風にニヤリと笑ってしまった。 「無事、回収したわ。これで、あんたの言う4thフェーズとやらも終了ねぇ」 「ありがとうな、水銀燈。これでミッションコンプリートだ」 のりが、しげしげと懐中時計をのぞきこむ。 「へぇ~。それが、この前話していた時計なのねぇ」 「ああ、柴崎さん特製の懐中時計。超小型高性能マイク入れてもらったヤツ」 巴は手に持っていたiPadを示す。 「データは移しておいたわ。私には何を言ってるのか分からないけど、上手く盗聴出来て るらしいわ」 「オッケー、ありがとな柏葉。んじゃ早速、部屋で聞くとしようか」 ジュンの部屋では、真紅と翠星石が茶飲み話をしていた。 「あら、ジュン。お帰りなさい。待ちくたびれたわよ」 「よーやく帰ってきたですかぁ。それじゃ、ちゃっちゃと聞くですよぉ!」 「そーだな、どれどれ・・・」 iPadをステレオに繋ぎ、盗聴した音声を再生させる。 『 ・・・でして、これは宮殿の警備上の致命的な・・・責任が・・・ 遺留品はこの時・・・何も魔法の反応が無く、安全としか・・・ ・・・つらは今回ただのイタズ・・・もし、本気になれ・・・ プチ・トロ・・・が消・・・次は皆殺しにされ・・・秘密をつかま・・・』 「やった!あいつら、この時計を会議室に持ち込んだらしいぞ!」 「ふふふ、当然よ。そのためにわざわざ安全にしか見えない遺留品を残したのだから」 「しーですっ!今、大事な所です!」 と言ってる翠星石は、小さくガッツポーズ。 ハルケギニア語の分かる使い魔達は、じっとスピーカーから流れる会議の話を聞き入っ てる。のりと巴は、そんな彼等を黙ってジッと眺めている。 「へへへ・・・思った通りだ。あいつら、僕たちの事、すっごく怖がってる」 「当然ですよぉ、どうやって宝物庫に侵入したかも、どこから逃げたかも分からないんで すからぁ…イヒヒヒヒヒィ~」 「いつ自分たちを暗殺に来るか分からないものね。これでうかつに手出ししようなんて、 考えないでしょう」 スピーカーから流れる異国の言葉に聞き入り、ほくそ笑む使い魔達。そんな彼等の姿を 見るのりと巴は、さすがにちょっとひいてしまった。 ふと視線をずらすと、二人の前には水銀燈の後ろ姿がある。黙ってジュン達を見ている 水銀燈の背中で、黒い翼がパタパタと羽ばたいている。 ツヤツヤの黒、キラキラ輝く、ふわふわの、柔らかそうな羽・・・ 「・・・ちょっと、あんた達ぃ…何のつもりぃ?」 水銀燈がジロリと振り向くと、二人は黒い翼に手を伸ばそうとしていた。 「あ、あははは、その、ねぇ?巴ちゃん?」 「そ、その、すっごくステキな、翼だなーって…ねぇ?のりさんも」 「う、うーんと、そのモフモフってしたら、気持ちいいかなーって」 「バカ言ってないでないでよねぇ」 「「はぁーい・・・」」 二人とも、シュンとして小さくなってしまった。 ジュンが、再生を止めた。と同時に両手でガッツポーズ。 「よーっし!これで多分ガリアの方は大丈夫だ!」 「やったですねぇ!あとは、アルビオンですよぉ」 「そうね、でも油断したらダメよ。nのフィールドも地球の事も、ちゃんと隠し通さない とね」 ジュン達が三人だけで大喜びしているのを見て、水銀燈ものりも巴も興味津々。 「ねぇねぇジュンくん、どうなったの?結局、ガリアの王宮はどうするって?」 「ああ、うーんとね、簡単に言うと・・・」 ジュンがかいつまんで話す内容は、こうだ。 ガリア王宮の人々は、『あの使い魔達を本気で怒らせたら、次は自分たちを暗殺に来る んじゃないか』と恐れている。 今回の件から、使い魔達の行動を阻む手段が無いことは疑いない。 戦闘能力も、少なく見積もってすらスクウェア。プチ・トロワを消し飛ばすヤツらと、 策も無く戦うのは無謀。 今回のアルビオンとトリステインの戦争では直接介入せず、まずは使い魔達の情報を収 集するのが得策。間者を増やし、大使を送る振りをしてジュン達を監視し、その秘密を少 しでも暴くべき・・・。 説明に疲れてお茶をずずずぅ~っと飲むジュンのあとを、翠星石が得意げに引き継いで 話し出す。 「それとですねぇ、今回のあたし達の作戦のことはですねぇ、どうにかして秘密にしよう としてるようですよぉ」 「でも、そんなのは無理ね。あっという間に噂は広がるわ。ちょっとやりすぎたかもしれ ないわね」 「ちょっと真紅ぅ!あたしのセリフを横からとるなですぅ!」 「あら、ごめんなさい」 謝る真紅も、言葉とは裏腹に得意満面。 水銀燈も、満足げに三人の話を聞いて頷いた。 「そう、大方は上手く行ったようねぇ。ま、あたしをあれだけこき使ったんだもの。それ くらいは当然よねぇ?」 そう嫌味っぽく笑う水銀燈へ、真紅がニッコリと微笑む。 「本当ね。時計の回収といい、ミーディアムがいなくても自由にnのフィールドを動ける あなたがいなかったら、上手く行かなかったわ。 ありがとうだわ、水銀燈」 そういって真紅がすぃっと頭を下げると、水銀燈が今度はオタオタしてしまう。 「な、なによう、気持ち悪いわねぇ」 「あら、本当に感謝しているのよ?」 「ふ、ふんっ!うるさいわね、まったく。もうやる事は全部やったんでしょ!?さぁっさ とハルケギニア行ってきなさいなぁ」 「そうだな、んじゃ行くとするか・・・あの、服着替えるから、先に出てくれる?」 ジュンが小姓の服に着替えるのを待って、一行はぞろぞろと倉庫の大鏡へと降りていっ た。 着替える間、ふと勉強机が視界に入る。 大量の軍事・戦争・武器・兵法関連書物が、パソコンの周囲に山と積まれている。この 一週間、ルイズからもらった金貨を売った金で皆が買いあさり、勉強そっちのけで読みま くった資料だ。ネットからプリントアウトしたデータも分厚いファイルに収めてある。 「付け焼き刃だけど、無いよりましか」 少し部屋を見渡してから、部屋をあとにした。 一同が倉庫に入ると同時に、輝く鏡から大小の人影が降り立った。金糸雀と、デルフリ ンガーを抱えた草笛が出てきた所だ。 「はぁううう・・・疲れたぁ・・・」 出てきたとたんに草笛はヘナヘナと座り込んむ。 「お帰りなさいですぅ。アルビオンの方はどうでしたぁ?」 翠星石に聞かれた金糸雀と草笛は顔を見合わせ、はぁ~っとため息をついてしまった。 『いや~、すまん。やっぱだめだったわ。学院の嬢ちゃん達も連れて、あちこち探し回っ たんだけどよぉ。 アルビオン大陸なら行けるんだがよ。ロンディニウムのハヴィランド宮殿に、ロサイス の空軍工廠、特に発令所。必死で出入り口探したんだけどよぉ、みつかんねーわ』 「「「そっかぁ~、残念」」」 デルフリンガーの言葉に、ジュンも真紅も翠星石も肩を落としてしまう。 「ねぇ、ジュンくん。この前の宮殿の出入り口は、あんなに沢山簡単に見つかったのに、 どうしてアルビオンの方は見つからないの?」 首をひねるのりの疑問に、草笛が重たげに口を開いた。 「あの宮殿はですね、ほら、あの青い短い髪の、タバサさんがよく知っていたんですよ。 だから、鏡の向こうが宮殿なのか、グラン・トロワ内部のどこなのか、すぐ分かったんで す」 「でも、かしら。アルビオンに詳しい人がいないのかしら?だから、鏡の向こうがアルビ オンの一体どこなのかは、nのフィールドからでは分からないの。危ないから、鏡の外に 出て確かめたりは、うかつに出来ないかしら」 『おまけに貴族が生活するこぎれーな宮殿と違ってよぉ、軍事施設は大きな鏡とかガラス とか、ほとんど置いていねぇらしいんだよ。お偉い軍人は貴族なんだし、身だしなみくら い気をつけろってーの! だからロサイスの空軍工廠なんかは、出入り口自体も少ねぇようだから、みつからねー んだなぁ』 金糸雀とデルフリンガーも、重そうな口を開く。相当にnのフィールド内を飛び回った のだろう、金糸雀はもうヘトヘトだ。 話を聞いていた巴も残念そうだ。 「そう…ヴェルサルティル宮殿みたいに襲撃出来ればよかったのだけど。そう上手くは行 かないわね」 その巴の言葉を横で聞いてるのりは、「なんかみんな、言う事が過激になってきちゃっ てるなぁ…」と、少し顔を引きつらせている。 水銀燈も浮かない顔で、ふぅ、と溜め息をつく。 「それにしてもねぇ、これだけハルケギニアを飛び回ってもローザミスティカの気配を感 じないなんてねぇ・・・。一体、雛苺と蒼星石のローザミスティカ、どこ行っちゃったの かしらぁ?」 水銀燈の言葉に、その場の全員も肩を落としてしまう。 「本当ですねぇ・・・近ければ気配を感じるはずなのに」 翠星石の悔しげなぼやき。ジュンも不安を隠せない。 「もしハルケギニアにあるなら、ガリアやゲルマニアとかの、他国の学院で召喚されたか も知れない。聖地や東方かもしれないし・・・最悪、地球ともハルケギニアとも違う、全 然別の異世界に迷い込んだかも・・・」 「・・・本当に、先は長そうねぇ・・・」 真紅の言葉に、皆、さらに溜め息をついてしまう。 ジュンが金糸雀の肩をポンと叩き、床にへたりこんでた草笛が立ち上がるのに手を貸し た。 「まぁ、しょうがないよ。みんな本当によく頑張ってるんだから」 「そうねぇ、気長に行かないと。それじゃ、あたしそろそろ仕事に戻るわね」 「んじゃ、また会うのかしらー!」 「それじゃ、あたしも一旦さよならするわねぇ」 草笛と金糸雀と水銀燈は、鏡面の中に消えていった。 「それじゃ、僕らはもう行くとするよ」 「ええ、そうね」「わかったですぅ」『おっしゃ、行くとしようぜ』 草笛から受け取ったデルフリンガーを背負い、鏡の前に立つ。その左右に真紅と翠星石 も立つと大鏡が再び光り出し、nのフィールドへの扉が開かれる。 「ジュンくん・・・」 のりは、涙を浮かべて弟の名を呼ぶ。だがジュンはちょっと振り返るだけで、鏡へ手を 伸ばす。 「分かってる、大丈夫だよ姉ちゃん。やる事は沢山あるんだから、絶対に死なない。ルイ ズさんも真紅も翠星石も、誰も死なせない。必ず、みんな無事に帰ってくるよ」 「ええ、きっとよ。必ず、無事に帰ってくるのよ」 真紅と翠星石も、鏡に入る前に少しだけ振り返る。 「ほんの少しの辛抱よ。すぐに帰ってくるわ」 「のり、任せるですよ。必ずこのチビ守ってみせるですぅ」 三人の姿は、鏡の中に消えていった。 あとには、涙を流して肩を抱き合う二人の少女が残された。 ~対アルビオン戦争二日前 昼 昼食の時間。 学院の正門の外でジュンが立っている。 腰にナイフを装備し、デルフリンガーを左手に握り、右手にメリケンサックを着け、大 勢の女性達に囲まれていた。軍事教練とルイズ達の警護をしてる女性武官達だ。その中に は、コルベールの姿もある。皆ジュンから10メイル以上離れ、手に木切れを持ち、丸太 や机の後ろに隠れている。 ジュンは皮のベストの様な物を着用している。そのベストには、沢山の大きなクギの様 な物が収められていた。その何本かが彼の右手にも握られている。 「ジュンよ、準備はいいかぁ?」 「いいぜ、デル公。それじゃ、お願いします」 ジュンの合図を受け、コルベールが杖を掲げる。女性武官達が大きく振りかぶって、木 切れをジュンへ全員同時に、全方位から思いっきり投げつけた。 鉄の棒を持つジュンの右手も翻る。 カカカカッカカカカッカカカッ! 投げつけられた木片は、全て弾き返された。 ジュンが目にも止まらぬ速さで投げつけた、毛筆の様な形をした鉄の棒――棒手裏剣に 撃ち落とされていた。弾かれた木片がいくつか、手裏剣に貫かれた勢いで、女官達の隠れ た机や盾にまで当たっている。 「おでれーたなぁ。こんだけの鉄棒を、あの一瞬でたっぷり抜き放ってるぜ」 コルベールも感心しながら木片と棒手裏剣を確認し、抜いていく。 「おまけに、全弾命中だよ。いやはや、私の練成した鉄の棒が、こんな恐ろしい武器にな るとは、驚きですぞ」 「いや、その、そんな、へへへ・・・これで接近戦だけじゃなく、離れた敵とも戦えます ね」 おお~、パチパチパチ…ピューピュー! 周囲の女官達からも、どよめきと口笛と拍手がわき起こり、ジュンは真っ赤になって照 れてしまった。 金のショートヘアーに鎖帷子の武官、アニエスが引き抜いた棒手裏剣をしげしげと観察 している。 「本当に大したモノだ。我らのマスケット銃より速く威力もある。何より連続で放てる。 こういう棒形の刃物は、当てるのが難しいというのに・・・」 しきりに驚嘆の言葉を呟きながら、ジュンに棒手裏剣を手渡した。周囲の女官達も棒手 裏剣を木片から引き抜き、手渡していく。 「いやー、本当に大したモンだねぇ。これ、東方の武器なのかい?」 「そんな小さな体で、若いのに、これほどの腕を持つとは・・・驚きだわ」 「おまけにそんな長剣まで使えるのだねぇ~、ホント大した剣士だね」 「ホントね。あたし達と同じ平民だし、可愛い子よね・・・」 「ねえねぇ、今夜ヒマ?うふふふ…お姉さん達のテントでいろいろお話しない?」 「おでれーたなぁ、ジュンよ。モテモテじゃねぇかよ~」 「あう…あの、その…」 どんどん赤くなって小さくなってくジュンを、女官達が艶やかな微笑みを浮かべつつ囲 んでいく。棒手裏剣を手渡すついでに、わざとらしくジュンの手を握ったり肩に手を置い たり頬に触れたり。 キッ アニエスの青い瞳に睨まれて、女官達は慌ててジュンから離れて整列した。 「おほん!部下達が失礼した。ともかく、サクラダ殿の訓練に付き合うのはこれくらいで よかろう。部下達は解散させてもらう」 「うむ、ミスタ・サクラダ。私もそろそろ戻りますぞ」 「はい。皆さん、ありがとうございました」 頭を下げるジュンに小さく手を振りつつ、女官達は駆け足で学院へ戻っていった。コル ベールは『フライ』で飛び去った。 「さて、そろそろ昼食も終わった頃だろう。ミス・ヴァリエールと合流するとしよう」 「あ、はい」 ジュンとアニエスは並んで学院の食堂へ向かって歩き出す。 「ところでサクラダ殿、その長剣なのだが」 「おう!デルフリンガーってんだ、よろしくな!」 「デル公が、なんですか?」 アニエスはデルフリンガーの刀身、特に柄をジッと見つめている。 「これは、もっと大柄な人間が振るためのモノだ。そのため、柄も大きな手に合わせて太 くなっている。君の小さな手では、しっかり握れないのではないか?」 「そう、なのかな?意識した事はないんですが」 「そうなのか、だと?貴殿ほどの剣士が、信じられんな。重心の位置といい重さといい、 君に合わないと思うのだ。腰のナイフと、そのシュリケンとかいう武器が、君には最適だ と思うぞ」 「いえ、デル公はすっごく役に立つんですよ。メインの武器はデル公で行きますよ」 「そうだぜ姉ちゃん!ジュンと俺っちの力を見れば納得するさね!」 「ふむ…マジックアイテム使いの貴殿がそういうのなら、その剣はただのインテリジェン スソードではないのだろうな」 そんな話をしながら歩いていると、食堂から出てきたルイズと真紅と翠星石がジュン達 を見つけて駆けてきた。 「さて、これでミス・ヴァリエールと使い魔達は全員揃ったようだ。これより王宮からの 通達を伝える。 貴殿等の暗号名は『ゼロ』。ミス・ヴァリエールは『ミス・ゼロ』、サクラダ殿は『ミ スタ・ゼロ』、シンク殿は『ルビー・ゼロ』、スイセイセキ殿は『エメラルド・ゼロ』と 呼称される。 所属は公爵率いるヴァリエール軍。公爵直属の小隊として、公爵の直接指揮下にて動か れよ。別命あるまで待機を継続。以上」 アニエスは居並ぶルイズ達に連絡事項だけ伝え、すぐに礼をして去っていった。 あとには、肩を震わせるルイズが居た。 「な・・・何よ、なんであたしの暗号名が、『ゼロ』なのよ!?私はもうゼロじゃないっ てーの!」 まーまー、どうどうどう、とジュンと人形達になだめられるルイズだった。 「た、多分、王宮や軍の人たちは、単なるあだ名だと思ってたんじゃないかなぁ?」 「そう!そうね、ジュン。それに、タダの暗号名よ、気にしたらいけないわ!」 「そうですぅ、真紅の言うとおりですぅ!それに、もうゼロじゃないんだから、いいじゃ ないですかぁ」 「あ、スイ、お前・・・」 デルフリンガーが指摘するまでもなく、ルイズが翠星石を引きつった笑顔で見下ろして いた。 「ゼロって言うなー!」 ルイズの叫びが学院に響き渡る、まだ今は平和なトリステインだった。 ルイズ達女生徒は全員午後の教練中。武官達に広場でしごかれている。 真紅と翠星石は広場の端からルイズに、走れ走れーですぅ、とか、その程度で息が切れ るなんて情けないわ、とか声援を…というよりチャチャを入れていた。 そしてジュンは滑走路横のテントにいた。女官達がテントを警護する中、ゼロ戦の操縦 席で機械をいじっている。 「あーあー、聞こえますか?」 ――・・ああ、ようやく聞こえたよ。どうやら上手くいったようですぞ・・―― 雑音は混じっているが、操縦席右の機械から聞こえてくるのはコルベールの声だ。 「ほほー、おでれーたな。ホントにあんな離れた場所から声が届いてるぜ」 座席後ろのデルフリンガーが、通信機に感心している。 ――まったく凄いですな、このつーしんきというのは。風魔法を使った魔道具でも、 ほんの短い距離しか話が出来ないというのに。これだけ離れた距離から―― 「あー、でもそっちのトランシーバーからは、1リーグくらいしか声を送れないですよ。 こっちのゼロ戦のヤツなら、50リーグくらいいけるはずです。これで、トリステインか らでも、戦況を伝えるくらいは出来ると思います。 でも、離れれば離れるほど、雑音がひどくて聞き取りにくくなるんですけど」 ――いやいや、それで十分ですぞ。無理を言って申し訳ない。ところで、ひこおきか ら下ろしたモノも同じようなモノと言ってましたな。なら、あれでも会話出来るの ですかな?―― 「あ、それ無理です。あれは実は正確には通信機じゃなくて、ク式無線方位測定器といっ て・・・えと、簡単に言うと、自分の居場所を確かめるためのアイテムだそうです。構造 とか原理とかは、大体この無線機と同じだと思うんですけど、会話は出来ません。 あれは、いらないので差し上げます。自由に調べて下さい」 ――おお、ありがとう!感謝しますぞ。・・・ところで、実は君に見て欲しいモノが あるのです。申し訳ないが、こっちに来てくれますか―― そんな風に、ジュンとコルベールが通信機のダイヤルをいじっていると、テントの外か ら女性達の声が聞こえてくる。どうやら、ジュンに差し入れを持ってきた人が、テントの 外で警護の女官に中へ入るのを止められたらしい。 よく聞けば、それはシエスタの声だ。 「あ、すいませーん!僕が出ますからー!」 「へへへ、ジュンよ。年上の恋人から差し入れだなぁ」 「か、からかうなよデル公!そんなんじゃねーよ!」 デルフリンガーをつかんでゼロ戦を飛び降り、テントを出る。テント前には籠を持った シエスタが立っていた。 夕焼け空の下、シエスタとジュンが並んで歩いている。差し入れのサンドイッチを頬張 りながら、学院近くの村へ向かっていた。 「ふわ~、改めてみると凄いねぇ。こんな大きな船を落としちゃっただんて!」 「う、うん、でも学院の『破壊の杖』の力だから。ところで、例の場所って」 「あ、もうすぐよ。森の向こうなの」 「ん~?なんかテントが沢山ならんでるなぁ」 デルフリンガーの言うとおり、遙か彼方にテントが集まっているのが見えた。 先日ジュンが撃墜した戦艦の残骸や、シルフィードが寝床にしている森の横を通り過ぎ ると、小さな村が見えてくる。そしてその付近に出現した、粗末なテントの群れも。 テント村の近くで、コルベールが手を振っていた。 「お待たせしました、先生。ところで、見て欲しいモノというのはこれですか?」 「うん・・・実は、このトリスタニアからの避難民だよ」 「これ、みんな、城下からの・・・」 そこには、ジュンには名前しか知らないモノがあった―――難民キャンプだ。 粗末なテントの群れ、不安で疲れ果てた子供、たき火の周りに肩を寄せ合う老人達、学 院では見る事も出来ない粗末な食事を分け合う母娘、くぼんだ目でジロリと睨み付けてく る男・・・。 城下から避難してきた人々が難民キャンプを作って、まだ数日しか経っていないはずな のに、既に悪臭がそこかしこから漂ってくる。衛生状態が良くないのは、臭いだけでよく 分かる。 戦争を逃れて来た。ただそれだけで、タニアっ子と呼ばれていただろう人々を、あっと いう間にただの難民へと変えていた。 「あ!シエスター!また来てくれたのかい!?」 「まー、シエちゃん!ホントありがとうねぇ~」 「もちろんですよ!はい、サンドイッチです」 シエスタが、避難民の中の男女に籠を渡していた。その人物を見て、ジュンは目が点に なっていた。コルベールも微妙な表情を浮かべて沈黙。 女の方はシエスタと同年代くらいの、普通の女性。ストレートの黒髪に大きな胸。服も 普通。 ただ、男の方は・・・格好は周りの避難民と同じで、旅行用の服装…ただし紫と赤の、 ド派手な服。そしてその言動は、見るからにオカマ。クネクネとした動き、お姉言葉、見 るだけでキツイ。鼻の下と顎のヒゲに、筋肉質の長身と合わさって、失礼と百も承知で目 を背けたくなる。 シエスタがその男女を固まってる二人の前に連れてきた。その後方から、なーになに? と若い女性達も寄ってくる。 「紹介しますね。この二人、あたしの親戚なんです。母方の叔父のスカロン叔父さんと、 従姉妹のジェシカです」 「あ、初めまして。僕は桜田ジュンって言います。ミス・ヴァリエー」「んまー!あなた があの噂の少年剣士なのねー!なんて可愛い子なのぉ~~!!お願いキスさせてー!!」 んぎゅーぶちゅうぅ~~「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ」 スカロンに思いっきり抱きしめられて頬にキスされ、ジュンは悲鳴と共に、意識がどこ か異世界に飛びそうになった。さらにその妖しいというより怪しい唇がジュンの顔の真正 面へ 「きゃー止めて止めてやめてええーーー!!」 「ちょっちょっちょっと!落ち着いてえー」 「あ、あらごめんなさいなぁ、興奮しちゃってぇ~」 「うあああおでれーたな、ジュンよ、大丈夫かー!?」 シエスタとジェシカに割って入られ、ようやくスカロンはジュンを離した。ジュンはア ルビオン戦を前に、三途の川を渡りそうになってたり。 「はうぐ、げほ、おええぇ・・・と、ところで、どうして皆さんここに?シエスタさんの 親戚なら、タルブの村が故郷なんじゃ」 息も絶え絶えのジュンの質問に、スカロンもジェシカも、後ろの女性達も顔を曇らす。 スカロンが力なく答えた。 「タルブの村はね…アルビオンとラ・ロシェールの間にあるの。だから、上空で艦隊が戦 うかもしれないのよ。多分、無事じゃ済まないわ」 スカロンの言葉に、後ろの女性達も口々に窮状を語り始める。 「でも、もうすぐトリスタニアも火の海になるっていうし、逃げないわけにいかなくなっ たのよ。王宮からも、アルビオンから城までの通り道になりそうな町や村に、避難命令が 出てるの」 「でもねぇ、ここにいるあたいらみんなワケありで、店以外に行く場所無くてさぁ。逃げ るに逃げられなくて困ってたのよ」 「そしたらシエスタがさ、学院近くなら安全かもって言うんだよ!」 「そうそう!なにせ、戦う貴族はみーんなとっくに出て行ったし、残っているのは女生徒 ばっかだし、この辺は学院以外何にもないから戦場にならないかもって!」 「おまけに、トリステインの切り札!学院の秘密兵器!最強の使い魔達が守ってるんだっ てぇ!?」 「向こうの戦艦の焼け跡みたよぉ!あんた、そんなちっこいのに凄いんだねぇ!一昨日あ たし等の頭の上を飛んでくのもみたよぉ!」 ジュンはもう、スカロンの店の女の子達に囲まれていた。 「あ、あんたなら、坊や達ならトリステインを守れるんでしょ!?みんな、そう言ってる よぉ!!」 「お願いします、トリステインを守って下さい!城下の、ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大 隊に、あたしの恋人がいるんです。どうか、守って下さい。お願いします!」 「ロッシャ連隊には、あたしのただ一人の家族が、弟がいて・・・敵艦隊の的にされるか と思ったら、もう、あたし・・」 「私達、ほとんどがワケありの流れ者で、もう店長の所にしか居場所が無いんです!!」 「あ、あたいに出来る事なら、何でもします!今夜一晩、いえ、いくらでもお相手します から、だから、だから、トリステインを、いえ、あたい達だけでも・・・」 ジュンは、泣きながら懇願する女性達に囲まれ、どうしていいのか分からなかった。 ローザ・ミスティカを探すため、魔法を勉強するためにトリステインへ来たはずだ。本 来、この戦争にも何の関係もない。なのに、そんな彼の思惑とはかけ離れた事態に巻き込 まれ・・・。 今の彼には、ただ顔を伏せて立ちつくすしかなかった。 コルベールが、言葉が見つからないジュンの肩を抱いた。 「皆さん、言いたい事は沢山あるでしょう。でも、今日の所はこの辺でお願いします」 「そ、それじゃスカロン叔父さん、ジェシカ、みんなも、また来るから」 コルベールとシエスタに背を押され、ジュンはトボトボと学院へ向けて歩き出した。 もう沈みかけの夕日の中、ジュンが小さな声で呟いた。 「・・・先生は、どうして彼等と僕を会わせたんですか?」 コルベールは前を見たまま、ただ自然に答えた。 「戦争がどういうものか、君に知って欲しくてね」 「ジュンよ、戦争ってもんがどういうもんかシラねーから、おでれーたんだろ?でも戦争 が長引けば、もっと酷くなるぜ」 「ごめんなさい、ジュンさん。あなたには、ちょっときつかったね」 ジュンは俯いたまま、力なく歩き続ける。 「ジュン君、君は彼等を守るために戦おう、と思うかい?」 「…え?」 「いや、別に戦えなんて言いませんぞ。むしろ逆だ。戦いに行けば、君が兵士を殺せば殺 すほど、アルビオン側にも彼等のような人々がどんどん増えていくんです」 「おうおうコルベールさんよぉ!戦いの前にやる気なくさすようなこと言うなよぉ。戦争 なんだからしゃーねーだろ?」 「いいんだよ、デル公。敵も味方も人間で、殺し合えば誰も幸せになれない。そういう事 だよ。・・・頭で分かってても、実際に見ると、きついなぁ・・・」 「ちょ、ちょっと待って下さい!ミスタ・コルベール!」 シエスタが慌てて口を挟んだ。 「でも、ジュンさんが戦わなかったら、トリステインが負けて、あたし達が死ぬかもしれ ないんですよ!? メイジの人たちや兵隊さん達がいなくなったのを良い事に、周りの国も攻めこんで来た りして、国がバラバラにされて、奴隷になんかされて、賠償金とか言うスッゴイ高い税金 とられて」 「それは、アルビオンも同じですよ」 「で、でも、私は死にたくないです。どうせなら、今まで通りみんなと生活したいです。 だからジュンさんには」 「そうだね…選ぶのはジュン君、いや、君の主のミス・ヴァリエールですかな?」 ハッとしてジュンはコルベールを見上げる。ただ真剣な顔の、彼の教師の顔を。 しばし見上げて、ゆっくりと口を開いた。 「先生は・・・戦争に行った経験はありますか?」 教師は、夕日を見つめた。血のように赤い夕日を。 「ありますぞ。・・・いや、戦争よりもっと酷い作戦を、何度も指揮しました」 「そう…ですか」 「今は、この学院で教師をしています。ですが、本来私は、こんな所で研究にふける資格 など無いのです。今すぐにでも、贖罪の炎に身を投げねばならないほど、罪深い人間なの です」 ジュンとコルベールは、沈んでゆく夕日を前に、ただ立っている。 シエスタも、ジュンの背のデルフリンガーも、何も口を挟めない。 「ジュン君、君は優秀な生徒です。魔法は使えないが、魔法以外の全てを身につける事が 出来ますぞ。おそらく、その力は魔法を超えるでしょう。あのひこおきや、つーしんきの ように」 コルベールは、まっすぐにジュンを見つめた。 「だからこそ、戦争に行かないで欲しい。その力を破壊に使わないで欲しいのです。君の 人形達と共に平和を生み、人々を幸せにするために、力を使って欲しいのです。みっとも なくてもいいから、血を流さず生きて欲しいのです」 ジュンには、どう答えたらいいのか分からなかった。 雛苺と蒼星石を生き返らせる、ルイズやシエスタや学院のみんなを守る、そのために敵 を殺さねばならないという事実。自分が幸せになるために、相手を不幸にしなければなら ないという現実。 だが、それでも・・・ 「先生・・・先生の言いたい事、分かります。でも僕は、大事な人たちを守ります。それ が、今の僕には出来るから。 逃げたくは、ないから。後悔したくないから。大事な人の死を、もう二度と見たくはな いから。ルイズさんも、シエスタさんも、マルトーさんも、先生だって、みんな守りたい から たとえ、そのために誰かを殺さなければいけないとしても」 「そうですか・・・」 コルベールは、視線を落とす。寂しげに、哀しげに。 「すまねえな、オッサンよ。あんたの言う事はもっともだけどよ、現実ってやつぁそんな に甘くねーんだわ。 それに、ジュンはなりはちっせえけどよ、もう子供じゃねえんだ。惚れた女ぐれえ、自 分で守らせてやれって!」 後ろで黙って聞いていたシエスタは、ジュンの『大事な人~シエスタ』の言葉、おまけ に『惚れた女』というデルフリンガーの言葉に、真っ赤になってモジモジしていた。 「・・・そうですな、軍から逃げた私に、何も言う資格はありますまい。 だがジュン君、これだけは言わせて欲しい。人の死に『慣れ』てはいけない。戦争に慣 れてはいけない。目の前に折り重なる死者を、ただの数字として数えてはいけませんぞ」 「・・・分かりました。僕が殺す人々の顔、決して忘れません」 教師の杖と生徒の剣とが交差し、誓いの十字を描く。 もうほとんど沈んだ夕日、赤く染まる草原。 長く伸びる十字の影が、どこまでも遠くへ続いていた。 第一話 課外授業 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
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back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next トリステイン魔法学院の医務室は、水の塔3~6階まである。 その最上階一番奥のベッドで、一人の若い男が眠り続けていた。髪は黒く鼻は低い。異 国の民の様に見える ベッド横には数人の教師と生徒が杖を掲げてルーンを唱える。男の頭を、杖から放たれ た青白い雲が包む。 「眠りの雲を、これだけ厳重に重ね掛けだなんて…一体この人、誰なのかしらね?」 「さぁ…見た事無いなぁ。ルイズ達が連れてきたんだろ?」 「そうなんだけど、あいつら何にも話さずどっかいっちまったよ。学院長も、とにかく眠 らせ続けろっていうばかりだし。グリフォン隊の騎士も王宮帰っちゃったしなぁ」 幾つもの疑問符が、男を見つめる彼等の頭に浮かぶ。 男の名はウェールズ。亡国の王子。 眠ったまま学院に運ばれた彼は安全のため、すぐに風と水を組み合わせた高度な系統魔 法『フェイス・チェンジ』で変装させられた。そして、アンリエッタが来るまで絶対に目 覚めさせないため、『眠りの雲』を使える教員と生徒が総動員されていた。 ウェールズ皇太子は、眠り続ける。 「ふぅわぁ~…。それじゃ、おやすみぃ~。お姫様来たら呼んでねぇ~」 「ええ、それまで休んでいてね」 キュルケは眠そうにあくびをしながら、部屋に入っていった。タバサはやっぱり無言で 部屋へ帰った。 ルイズと使い魔達も、部屋に戻る。 「それじゃルイズさん、オールド・オスマンへの報告を願いしますね」 「スィドリーム残すです。すぐ戻るですから」 「おーいジュンよぉ、タマには俺も地球とやらにつれてけよぉ」 「ダメよ、デルフリンガー。あなたもルイズのそばにいてあげて」 「うぅ~、しゃーねぇなぁ」 「いいから早く行きなさいよ。お姉さん心配してるんでしょ?」 ルイズに促され、使い魔達は鏡台の中へ消えていった。 日本、夜明け前。 桜田家の倉庫奥に置かれた大きな鏡が、淡い光の波を放つ。 鏡面から、大小三つの人影がわき出した。 「ぐはぁ~っ!やっと帰って来れたぁ~!」 「はうぅ~、疲れたですぅ~」 「本当に、今回は大冒険だったわ。のりはまだ寝てるかしら?」 ジュンは倉庫の扉に手をかけて開けようとした。 どたたたた、バンッ! 彼が開けるより早く、廊下を駆けてきた人物が開け放った。 「はぁっはぁっはぁっ・・・ジュンくん?」 のりがパジャマのまま、息をきらして飛んできていた。目の下にはクマがある。 「あ、ああ。ただいま姉ちゃん」 「ジュンくん・・・う、うわあああああんっっ!」 のりはジュンに抱きつき、声を上げて泣き出した。 「ちょ、ちょっとねえちゃん、そんな大げさな」 「だって、だって!もう、何日たっても、ぐす、帰ってこないから!学校だって、せっか く戻ったのに、うう、また休んじゃって…あたし、もう、心配で、心配で・・・。 ふ、ふえ、ええええぇぇん!」 のりは、ジュンに抱きついたまま泣き続けた。 ジュンは、のりを優しく抱きしめた。 真紅と翠星石も微笑みながら、のりの背をさすっていた。 「ふぅ~ん・・・そんな大変な事があったんだぁ」 ようやく泣きやんだのりは、朝食を作りながらジュンの話を聞いていた。彼はソファー に座って紅茶を飲んでいる。 「ああ…でも、おそらくこれから、もっと大変になる。あのレコン・キスタっていうのは トリステインに侵攻する気らしい」 「そ!そんな・・・」 のりの顔は、もう蒼白だ。顔を手で覆い、わなわなと震えている。 ジュンの横に座り、沈痛な声で語りかける。 「ジュンくん、もう、やめようよ…ね?」 「…」 ジュンを見つめるのりの瞳からは、溢れそうなほど涙がたまっていた。 「やめようよ、ハルケギニアに行くの・・・。 雛苺と蒼星石の事は残念だけど、ローザ・ミスティカ、全然見つからないんでしょ?魔 法の勉強だって、何年かかるかも、使いものになるかも分からないんでしょ? ねぇ、死んだら、何にもならないのよ」 「死んだら、何にもならない…か」 カチャッとカップを皿に戻し、体を背もたれに預ける。 しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。 「でも、ここで諦めたって、やっぱり何にもならない」 「ジュンくん…」 「何か、したいんだ。出来る事があるんだ。もう、怖いからって、逃げたくないんだ」 のりの目から溢れる涙が、膝の上に握りしめられた手を濡らす。 「ごめん、姉ちゃん。本当に、心配ばっかりかけて…。 でも、戦う事は生きる事だって真紅は言ってた。僕も、戦う。あいつらと、ローゼンメ イデンと一緒に生きるために…。いや」 少年の瞳は、まっすぐ前を見据えた。 「ルイズさん、巴、シエスタさん、草笛さん、コルベール先生…姉ちゃんとだけじゃなく て、みんなと一緒に生きるために、僕は戦う。それが、生きるという事だから」 その瞳は、まっすぐだった。ただ、まっすぐ前を見つめる。 何の迷いも偽りもない目。 姉は、そんな弟のために精一杯強がって、ぎこちない微笑みを作る。 「ジュンくんも、男の子なのね…」 「…ああ」 「そうよね、男の子はいつか、どっかに旅立っちゃうのよね。でも、まさか異世界に旅立 つなんて思わなかったなぁ」 「へへ、僕も想像もしなかったなぁ」 弟も、そんな姉のために笑顔を作った。 「大丈夫だよ、さすがに死ぬ気はないから。ホントにやばくなったら、さっさと逃げてく るよ。あ、でもそん時はもしかしたら、ルイズさんやデルフリンガーも連れてくるかも知 れないんだ」 「もちろん大歓迎よ!ステキな紅茶を入れて待ってるわね」 ようやく姉弟は、心からの笑顔を送りあえていた。 「ちょっとぉ~、そろそろいいかしらぁ?」 廊下から水銀燈が、面倒そうに声をかけた。ジュンとのりが振り向くと、真紅と翠星石 と、金糸雀も瞳に涙をためて立っていた。 「す、水銀燈…ちょっとそれはデリカシーない、かしら?」 「あぁ~ら、時間が無いんでしょう?急がなくていいわけぇ?」 「そうね、水銀燈の言う通りよ。ジュン、急ぎましょう」 「のり…ゴメンです。でもジュンは必ず無事に連れて帰るです。全部終わったら、地球の 学校も普通に行けるです。安心するですよ」 ジュンは立ち上がり、歩き出す。 涙を拭って手を振る姉に見送られ、弟は再び異世界へ旅立った。 ハルケギニアは、既に深夜だ。 雲の多い夜空に二つの月、ゆるゆると流れる雲に隠れたり現れたりしている 鏡台の放つ光が、暗いルイズの部屋を照らし出す。 「よー。やっと帰ってきたか」 のんきなデルフリンガーの声が三人を迎えた。 「ぶへぇ~・・・やっとついた。さすがにこんな急にとんぼ返りすると、きついなぁ」 ジュンがずるずると重い体を引きずって、鏡から這い出してきた。 「本当にお疲れ様ですねぇ。でも、のりにお前の顔を見せれて良かったですよぉ」 翠星石もひょこっと飛び出し、這いつくばるジュンの頭に着地した。 「本当ね。ジュンも本当は、のりが心配だったのでしょう?」 今度は真紅がジュンの背中に降り立った。 「ふん、何言ってンだよ…別に僕は…」 口を尖らせ否定するが、二人を頭と背に乗せたまま、未だに立ち上がろうとはしない。 ぎゅむっ 翠星石が、ジュンの後頭部を思いっきり踏んづけた。 「えーい!いつまでもウジウジしてるじゃないですよっ!しゃっきり目玉開けて立ち上が るです!」 「踏むなぁーっ!」 いきなり立ち上がり、人形達は跳ね飛ばされた。 真紅と翠星石を両手に抱え、長剣を背に担いだジュンは、学院長室に駆け込む。 「すいません!遅くなりました」 部屋にはオスマン氏とルイズがソファーに座っていた。ルイズの上をクルクルとスィド リームが飛び回っている。 「ジュン、遅いわよぉ。間に合わないかと思ったわ」 「うむ、もうすぐワルド殿が姫殿下を連れてくるとの事じゃ」 「そう、よかったわ。間に合ったのね」 真紅が胸をなでおろす。 ワルドはウェールズが学院の医務室に運び込まれたのを確認すると、すぐに王宮へ向け てグリフォンで駆けていった。夜に紛れ、秘密裏にアンリエッタを学院へ連れてくる手は ずになっている。 「皇太子はどうしているです?」 「まだ寝ているわ。姫様が来られたら、すぐに起こす手はずよ。ジュン、あなた達もそれ まで部屋で休んでいていいわ」 「えっと、ルイズさんは?」 「まだオールド・オスマンと話があるの。終わったら戻るわね」 「「「はーい」」」 使い魔達はルイズの部屋に戻っていった。 ルイズの部屋の窓からは、月が流れる雲に見え隠れしている。 ジュンは、ルイズのベッドの上で寝っ転がっていた。 別に寝てはいない。今夜これから起きる事を想像し、神経が高ぶって寝れないのだ。 それは、トランクの中に入って休んでいる真紅と翠星石も同じだった。 それでも彼等は、少しでも休むべく目を閉じて横になっていた。 デルフリンガーも何も語らず、黙って壁に立てかけられている。 コツ…コツ、コツ 何かが窓を叩いた。と同時にガバッと三人は飛び起きる。 小さな紅色の光が、窓ガラスにコツコツとぶつかっていた。 「ホーリエ、お帰りなさい」 真紅が窓を開け、紅い光を部屋に入れる。己の半身である人工精霊を小さな手の中に招 き入れた。 その瞬間、真紅の顔がこわばった。 「おうシンクよ、どうだったんだぁ?」 デルフリンガーの声に、真紅は何も答えず立ちつくし続ける。 「真紅、どうだったんだ?」 「やっぱり、ジュンの予想どーりだったですか?」 ジュンと翠星石の問いかけに、ようやく真紅は重い口を開いた。 「良い知らせと、悪い知らせがあるわ・・・まったく、物事というのは本当に思い通りに 行かないものね」 真紅からホーリエの報告を語られたジュンも翠星石も、その内容に凍り付いた。 ガチャッ! ドアがいきなり開けられた。 「みんなー!姫様が着いたわ!早く医務室へ来てちょうだい!…どうしたの?」 扉を開けて中を覗いてきたのは、ルイズだ。仰天して飛び上がった使い魔達を、不思議 そうに眺めていた。 「い、いや、いきなり開けられたからビックリしただけだよ」 ギクシャクとぎこちなく答えるジュン。 「?…なにかヘンね。まぁいいわ、とにかく早く来て」 「わ…わかったよルイズさん、今行くよ…あ、み、みす、ミスタ・ワルドは…まだ、いる かな?」 「えっと、また王宮に戻るって外へ…どうして?」 「い、いや、何でもないよ。そ、それと、手紙は?例の手紙」 「ああ、あれならもう姫さまに渡したわよ。今頃、灰になってるわ」 「そ、そっか!よかった。んじゃすぐ行くから、先行っててくれるかな」 「??、何かよく分からないけど、まぁいいわ」 急ぎなさいよー、という声と共に、足音が遠ざかっていった。 だが、部屋の中の人々は急ぐ事はおろか、動けなかった。 しばし、沈黙が部屋を支配する。 「まぁ、これも世の常ってやつだ。戦乱の時代だからな、しょうがねぇかもよ?」 ようやく口を開いたデルフリンガーの軽い語り口調も、この場の雰囲気を和らげられな かった。 「困ったです…どうするですか?」 「ジュン…、こんなの、とてもルイズには言えないわね…」 困惑する人形達に、しばらく逡巡したジュンは、やがて意を決して顔を上げた。 「…言えない、よな。でも、このままじゃルイズさんや、いや、学院のみんなが危険だ。 やるしかない…行こう!」 「おーっ!」 元気な声を残し、彼等は部屋を飛び出した。 時は既に夜明け前。 白々とした薄明かりが、6階医務室内部にも差し込み始めていた。 開け放たれた窓は、涼やかな風と小鳥のさえずりを招き入れる。 一番奥のベッドにはウェールズがいた。既に『フェイス・チェンジ』も『眠りの雲』も 解除されている。あとは目覚めを待つばかりだ。 そして、ベッド横の椅子には、アンリエッタが座っていた。その後ろには、ルイズとオ スマンが、部屋の入り口にはタバサとキュルケとギーシュが控えている。 アンリエッタの足下には、燃えかすがあった。既に焼かれて灰になった、アンリエッタ の手紙だ。 アンリエッタが、震える手でウェールズの頬に触れる。 「・・・うん・・・うぅ」 僅かにうめき、顔を逸らす。ただそれだけで、その姿を見ただけで、王女は大粒の涙を こらえられなかった。 細く白い指が王子の頬を、額を、首筋を、いとおしげに優しくさする。 「ウェールズさま、起きて下さいまし、ウェールズさま」 「うぅん…、ん?アンリエッタ…?」 「はい、アンリエッタに…アンリエッタにございます。ウェールズさ、ま…」 「…これは、夢、か」 「いいえ、いいえ!現にございます、ウェールズさま」 「ふふふ、妙な夢だ。夢でなければ、このような甘い時を過ごせるはずもなかろうに」 「おお…ウェールズさま!」 王女は、王子に力の限り抱きついた。声の限りに、涙の尽きんばかりに、泣き続けた。 ウェールズは、一瞬驚愕し、そしてゆっくりと、震える手でアンリエッタを抱きしめた。 「これは、まさか、私は生きているのか?亡国の王子が、まさか、このような至福の時を 過ごしてよいというのか!?」 「良いのです、良いのです!ああ、愛しのウェールズさま!たとえ国を失おうと、たとえ ハルケギニアの全てを敵にしようと!どうかアンリエッタと共に、生きて下さいまし!」 「だ、だが!私は、アルビオン王家の者として」 「お忘れ下さい!アルビオン王家はもう、滅んだのです!あなたはもう王子でも何でもあ りませぬ!」 「違うっ!私はアルビオンの」 「ただのウェールズさまにございます!ただの、ただの、わたくしの愛しいウェールズさ まに、ございます…」 アンリエッタを抱きしめるウェールズの手が、次第に力を込める。 「なんという、なんということだ!あのラグドリアン湖で願った事が、二人で全てを捨て て、庭付きの小さな家をと、願った事が、まさか、本当に」 「はい、はい!叶ったのでございます、今、わたくし達の願いは、叶えられたのでござい ます!」 「これも、水の精霊の、『誓約の精霊』のご加護なのか…ああ、アンリエッタ!もう放し たくない、離れるものか!」 「離れませぬ、ああ、愛しいウェールズさま!」 「今こそ誓おう!始祖ブリミルの名において、あなたを永久に愛すると!」 「わくしもです!今一度誓います!始祖ブリミルの名において、ウェールズ様を永久に愛 しますわ!!」 二人は、力の限り抱きしめ合った。滝の様に涙を流し、声を限りに愛を誓い合った。 オスマンも、ルイズも、キュルケも、ギーシュも涙を流していた。タバサですら、顔を 伏せている。 窓の外の人も感動したようだ。 「いやぁ~、まったく、泣かせるじゃないですか!」 「本当だな。我々も若い二人の門出を祝福しよう」 「――――――なっ!?」 その場にいた老若男女は、絶句した。 開け放たれた窓の外には、二人の男が浮いていた。 一人は三十過ぎの、長身長髪で目つき鋭い黒ローブの男。 もう一人は皮のコートを着て、腕に鳶を乗せた、両の目元に大きな火傷のある大男だ。 無骨な鉄棒を右手に持っている。 「ああ、しばし待たれよ」 二人は外壁の出っ張りに降り立った。火傷の男が悠々と鳶を空に放すと、鳶は空高く飛 び去った。 「失礼した。今のは、ゲルマニアのお偉いさんの使い魔でね。ちょっと借りてきてたのだ よ」 「な!なっ!なななっっ!!」 それが誰の叫びだったか、もはや誰にも分からなかった。だが誰にも分かったのは、使 い魔を通して先ほどの会話全てが、ゲルマニアに送られた事だ! 「『ジャベリン』」 ルイズ達の後方から窓に向け、氷の矢が飛んだ。それも特大の矢が。 「『火球』」 だが、火傷の男の鉄棒から打ち出された炎で、一瞬にして溶かされた。 「『ファイア・ボール』!!」 間髪入れず、今度は火球がカーテンやベッドを焦がしながら飛ぶ。 「危ないですよ、火事になったらどうすんですか」 長髪の男は軽く杖を横に払う。と同時に生じた烈風が、火球をかき消した。さらに窓か ら飛び込んだ烈風は、室内のベッドも机も人間も、全てまとめて吹き飛ばした。 未だ立っているのは扉の影に隠れた二人――キュルケとタバサだけだ。ギーシュは廊下 まで飛ばされた 「強いわねぇ。恐らく、レコン・キスタの傭兵ね」 キュルケの言葉に、タバサは頷く。 ギーシュは薔薇の杖を手に立ち上がり、部屋へ駆け込もうと走り出した。 「くっくそ!今こそ忠義の心を示す時!諸君、突撃だ!とつげ!」 ぼてっ キュルケが出した足にひっかかってすっ転んだ。 「落ち着きなさいっての!」 「ああ!もしもし皆さぁん!抵抗しない方がいいですよぉ!」 長髪の男が窓から、空を指さしながら叫ぶ。 「だってねぇ!ホラ、お空の上を見てくださいよ!」 キュルケとタバサは、烈風に吹き飛ばされた室内の四人もよろよろと体を起こし、窓か ら外を見た。ついでに顔面から床に突っ込んだギーシュも。 そこには、船があった。 上り始めた太陽に照らされた、真っ黒な船が浮いていた。 さほど大きくないが、それは確かに軍艦だ。主力の戦列艦を補助する目的で作られた、 小型高速艇――フリゲート艦。 「なりはちっちゃいんですけどねぇ、あれも一応軍艦なんで。大砲はちゃ~んと積んでま すよ。もちろん、学院を狙ってますから」 7人は、戦艦の砲列が学院を、自分たちを狙っているのを目にして、うかつに動く事が できない。 「な!なぜじゃ!?わしの学院を狙うとは…何が目的じゃ!」 立ち上がって叫んだオスマンだったが、自分で言っててバカバカしくなった。聞くまで もない。 レコン・キスタは手紙の奪取より、更に確実な方法をとった。 愛し合い、将来を誓い合う王子と王女の姿を、直接ゲルマニアに送ったのだ。 そして、アルビオンの王子が、トリステイン王女と愛を誓い合うという事は―― 火傷の男が、朗々と語り出した。 「我らの目的?聞くまでも無かろう!ゲルマニアとトリステインの同盟を妨害する。アル ビオンの王子を匿うトリステインを、レコン・キスタの敵として討ち滅ぼす事。 じじい、説明せねば分からぬ程に呆けていたか?」 「あ、隊長。もう一つ、忘れてますよ」 「おっと、また失礼した。これは説明せねば分からんな。もう一つの目的は…お前だ」 火傷の男は、まっすぐルイズを指さした。 ルイズは、もはや恐怖と驚愕で起きあがる事も出来ない。 「お前、というよりお前の使い魔だ。何でもお前は、一人で沢山の使い魔を引き連れてい るらしいな。おまけに、風竜より早く飛ぶ巨大な鉄の鳥を操るとか。 …今ひとつ信じがたいが、まぁいい。そいつ等を連れてこい」 「な、なな、なん、なんであんた達が、そんな事を!」 「どうして知っているかは、どうでもいい。早く連れてこい。でないと、こうなる」 火傷の男は、手に持った無骨な鉄棒を高く掲げた。 同時に、フリゲート艦の大砲がいくつか光った。 ドドドンッ!! 砲弾が広場に、門に、そして本塔に当たった。 固定化の魔法も虚しく、壁には大きくヒビが入る。広場に大穴が開く。 学院のあちこちから悲鳴や使い魔達の鳴き声がわき起こる。 船からは、さらに何人もの人影が降りてくるのが見える。 「さて、次は全砲門で一斉射撃だ。船へ運ぶのは、こちらで部下達にさせるから、早く連 れてこい」 「あ…あぁ、あう…」 ルイズは、動けない。 ジュンが、真紅が、翠星石が、そして自身が一番恐れていた事態が、目の前にある。 使い魔達の存在を、力を狙われてしまった。奪い去りに来てしまった。 目の前の二人を倒しても、意味がない。今度は砲撃が、船から降りた傭兵達が来る。 同じようにオスマンも、ウェールズも、アンリエッタも、キュルケも、タバサも、ギー シュも動けなかった。 今、学院の全てが人質となっているのだから。 火傷の男が、長身を窮屈そうに縮めて窓から入る。 「やれやれ、これだから貴族の娘というのは・・・恐怖で口もきけぬとは、な」 そういって、ルイズの襟首を左手で掴み、軽々と持ち上げた。 「まぁ使い魔だけに、主人が危機になれば、向こうから来るだろうな」 「き、来ちゃ…ダメ!」 ルイズが、息も絶え絶えになりながら、必死でつぶやく。 「ふむ?これはこれは、意外に気丈だな。だが…」 右手の鉄棒から、小さく、だが青く激しく輝く炎が燃え上がった。 「顔を焼かれても、まだ同じ事が言えるかな?」 「くぅ!誰が…誰があんたなんかに!わ、渡さない…あの子達は、あの子達は!あたしが 守る!!」 ルイズは襟首を締め上げられつつも、必死に胸元の杖に手を伸ばす。 だが、窓の外の男が杖を振り、ルイズの杖を胸元から取り上げた。ルイズの杖がふわふ わと、わざわざルイズの目の前で宙を漂っている。 火傷の男はニヤニヤと笑い、楽しそうに青い炎をゆっくりとルイズに近づける。 「や…やりなさいよ、いくらでも、焼きなさいよっ!でもね、あの子達は、あたしの、友 達よ!大事な友達なのよ!絶対に、絶対に渡さないんだからぁっ!!」 「うむ、良い言葉だ。お前はきっと灼ける臭いも素晴らしいに違いない」 ルイズの髪が、ちりちりと焦げていく。 しゅぽっ 窓の外で、栓が抜けるような音がした。 長髪の男は、何気なくその音の方を、本塔最上階の学院長室を見た。 最上階の窓から、何か羽の生えたモノが、白煙を引いて飛んでいく姿があった。 それは、まっすぐ飛んでいった―――船へ向かって、まっすぐ。 ドゥンッ! 爆音が響いた。 M72 LAWの成形炸薬弾が、フリゲート艦に直撃し、炸裂した。 300mm以上の装甲を貫通できるロケット弾にとって、木製の船など、紙に等しい。 船に大穴が開いた。 そして、大砲の火薬に引火した。 ズドドドドドドド… 誘爆が続いた。 フリゲート艦は内側から連続して爆発、四散する。 煙と炎が一瞬で船を包み、吹き飛んだ木片やマストや大砲弾が地面へ落ちていく。 煙が晴れた時、空には何も残っていなかった。 学院長室には、大小二つの人影があった。 「やれやれ、宝物庫の鍵を持ち出して『破壊の杖』を盗むなんて…私もフーケと同じ盗人 になってしまいましたぞ」 溜息混じりにぼやいたのは、コルベールだ。 「そして僕は、人殺しです」 消えゆく煙を見つめるのは、ロケットランチャーを肩から下ろしたジュンだ。 「まぁ、ハルケギニアじゃ当たり前の事だ。気にする事ぁねぇぜ」 床に置かれたデルフリンガーが、ジュンを彼なりに励ました。 「さて、それじゃ行ってきます。…頼むぜ、デル公」 「任せな!んじゃオッサン、下まで降ろしてくれや」 「ああ、皆を頼むよ」 窓から飛ぶジュンに、『レビテーション』がかけられる。 朝日にきらめく白刃を手に、少年は地上へ降下する。 水の塔を見ると、六階の窓からは、滝の如く水が溢れだしていた。火傷の男と、窓際に いた目つきの鋭い長髪男は、水に流され落ちていった。 水の塔の屋根から、薔薇が紅い嵐となって地上へ襲いかかる。 「おーい~、おまえら大丈夫ですかぁ~」 緑の光に包まれた翠星石が、如雨露片手に叫んだ。 「あううう…ちょっとぉ、もう少し優しくしてよねぇ」 情けない声をだしたのはルイズだ。部屋中にビッシリ枝をはったツタに足を絡まれ、逆 さづりにされていた。おまけにずぶ濡れだ。 「やれやれじゃのぉ、桁外れの魔力じゃわい」「ウェールズさま、ご、ご無事ですか?」 「無事、と、いうか…これは一体!?」「あぁんもぉ~お!びしょ濡れじゃないのぉ!」 「ひ、ひめ、姫殿下はご無事かぁあ~~」「冷たい」 医務室内の7人全員がツタで体を絡め取られ、宙づりになっていた。でも、おかげで外 へ流されずに済んだ。 「助けてやったんですから、感謝しやがれですよー」 と言い残すや、緑の光が尾を引いて外へ飛び去った。 外からは、轟音と衝撃音が鳴り響いてくる。 カカカカカカンッ!キィンッ! 火傷の男はジュンの剣を、鉄棒でいなす。 残像しか見えない連撃を、無骨な鉄の棒で受け止め続けていた。 男の背後から、幾筋もの紅い薔薇の帯が、竜の顎の如く襲いかかる。 「『火球』!」 男は後ろも見ずに、後方へ炎を幾つも飛ばした。炎は正確に薔薇の竜へ飛び、焼き尽していく。さらに残った一つの火球が、紅い光に包まれる真紅に襲いかかる。 「無駄よ!」 真紅の手から吹き出す薔薇の渦は、燃やし尽くされる前に火球を切り刻み霧散させた。 長髪の男もようやく起きあがり、杖をジュンに向けた。 パシュン! 何かが長髪男の前を横切ったように見えた。 見えたと同時に、杖が真っ二つになっていた。切られた杖の先が、虚しく地に落ちる。 男の頭上にいた翠星石が打ち出した水流は、ウォーターレーザーの如く杖を切り裂いた のだ。 「まだ、やるですか?」 「ひっ!ひええぇ・・・」 長髪の男は、門から外へ逃げていった。 ジュンの長剣と真紅の薔薇に挟まれ、火傷の男は確実に押され、消耗していた。加えて 翠星石も如雨露を向ける。 「くっ!どうやらここまでだな!」 いうが早いか、男は杖を突き出す。 カッ! 杖の先が、真昼の太陽の如く光り輝いた。 小さい炎だ。ただし、とてつもない熱量で光り輝く炎。 「くぅっ!」「め、目が!」「や、ヤツはどこですかー!」 「さらばだ!お前達の温度は覚えたぞ!」 彼等の耳には、遠ざかっていく足跡が聞こえていた。 やっと視力を回復した三人は、パジャマやネグリジェにカーディガンを羽織った教員生 徒、メイド達にもに囲まれていた。 口々に「おい、さっきの爆発音はなんだ?」「ここ、何故こんな水浸しなの?」「なん か、あっちこっち焼け焦げてるし」と、疑問を投げかけてくる。 「行くぞ!」「ええ!」「後は船から降りてきたヤツらですぅ!」 三人は野次馬を無視して、風の如く去っていった。 そのころ医務室では… 「誰かぁ~おろしてよぉ~」「皆、外へ行ってしまったようですね…」「く、不覚…よもや杖を流されてしまうとは…」「うむむ…濡れそぼった少女達も、ええのぉ」「ひめぇ~、今、たすけにぃぃ~」「化粧がぁ、全部おちちゃったじゃないのぉ」「寒い」 つたに絡まったまま、7人は宙ぶらりんになっていた。 門から飛び出た三人は、船が滞空していた方を見る。学院近くにある森の辺りだ。森の 入り口周辺に、船の残骸がくすぶっている。 その森の中には、何故か巨大な竜巻が踊り狂っていた。土砂や木々が巻き上げられ、周 辺に降り注いでいる。 三人は、森を目指す。 森の中には、幾つもの死体が転がっていた。 むき出しになった地面には螺旋状のひっかき傷の様なモノが残っている。周囲の木々も 円形になぎ倒されている。竜巻の跡だ。 そしてその向こう、池のほとりでは二人の男が立っていた。一人は学院から逃げた長身 長髪の黒ローブ。もう一人は、白い仮面に黒マントと黒塗りの杖を持った男だ。 「ぐほぁっ・・・」 仮面男の黒い杖が、黒ローブの男の胸を貫通していた。杖を引き抜くと同時に血が噴き だし、地面に崩れ落ちた。白い仮面と黒マントが、返り血で朱く染まる。 そして、仮面の男は学院の方を見た。そこには、ジュンがいた。長剣を手に、無表情に 歩いてくる。 仮面の男は、マントを翻し立ち去ろうとした。 「ワルド!」 ジュンの言葉に、男は足を止めた。 ゆっくりと振り返り、仮面を外す。 「いつから、気付いていた?」 「いやぁ、話せば長くなるんですけどね。 実をいうと、今朝まで、ぜーんぜん気付いてなかったんです。あなたがレコン・キスタ 派だったなんて」 ワルドは、不敵な笑みを浮かべた。 「ほほぅ?だが、お前は襲撃を見事に迎撃した。知らずに出来る事ではあるまい」 「それは、ホーリエよ」 ワルドの右後方、暗い森の中から真紅の姿が浮かび上がる。 「あなたの背中に、ホーリエがずっと張り付いていたのよ。気付かなかった?」 ワルドはハッとして自分の背中を見た。そのワルドの左後方から、翠星石の姿も闇に浮 かび上がる。 「ホーリエのお話、ホントびっくりこきましたです。まっさか学院にウェールズさんがい る事を、そこの黒ローブの男にペラペラしゃべってるだなんてぇ!」 ワルドは、唖然としていた。そして俯き、肩を震わせる。 「・・・く、くくくっ!くはははははははっあははははっはあはっははは!!」 腹を抱え、涙を流しながら爆笑する。 そして突然真顔で、ジュンに向き直った。 「大したものだ。いつから私を疑っていたんだ?」 ジュンは、ワルドから5メイルほどの所で、立ち止まった。 「いや、実は、疑っていたのは、あんたじゃないんだよ。姫さんと枢機卿なんだ」 「なに?どういう事だ?」 ワルドは、本気で訳が分からない風で、首をかしげた。 「つまり、『偉い人の秘密を知った平民は、どうなるか』て事だ。普通、口封じに殺され ちゃうんじゃない?」 「ああ、そうだな」 「おまけに僕を殺せば、真紅と翠星石も奪えるかもしれない。 そう考えて、あんたを監視していたんだよ。恐らく口封じを命じられるのは、枢機卿や 姫さんの信用があって、腕利きで、僕の油断を突ける人…つまり、あんただ」 チャキッ ジュンがデルフリンガーを、中段に構える。そのデルフリンガーも、のんきにしゃべり だす。 「でもまぁ、おでれーたよなぁ!実は姫さんも枢機卿も、ジュンを殺す気は全然無くて、 近衛隊隊長は国を売ってたなんてなぁ!ほーんと、こいつはおでれーたわ!」 ワルドも、すぅっと杖を構える。 「くくく、王家のマヌケ共にそんな知恵はない。だからこそ、アルビオンは内憂を払えず 潰えたのだ」 「さて、お話はこれくらいにしましょうか」 真紅が、ステッキを構える。 「ですねぇ、でもメイドの土産とやらを言うなら、今のウチですよ」 翠星石も、如雨露を構える。 「くくっ…冥土の土産というわけではないが、ジュンよ。どうだ、レコン・キスタについ てみないか?」 「ふん…やっぱりその話か」 ジュンとワルドは、しばし睨み合う。その場にいる全員が、刻を待つ。 「なぁ、冥土の土産というわけじゃないけど、教えてくれよ」 「…何だ?」 男と少年は構えを解かず、睨み合ったまま言葉を交わす 「あんた、何が目的?」 「目的、か」 「ハッキリ言って、あんたの目的が、よく分からない。 ラ・ロシェールではフーケに宿屋を襲わせたクセに、桟橋では分身使ってルイズさんを 掠うような動きを見せた。 地位だの名誉だのなら、あんたは元々が魔法衛士隊、グリフォン隊隊長だ。ルイズさん と結婚するだけで、ラ・ヴァリエール公爵家も手にはいる。その気なら、この国裏から支 配出来るんじゃない? レコン・キスタにいくら勢いがあっても、ゲルマニアとの同盟があれば攻め込めないん だから、わざわざトリステインを裏切るなんてリスクはいらない。 さっきだって、自分で情報を流したクセに、襲撃してきたレコン・キスタの連中を、自 分で倒しちゃった。 あんた、何考えてるの?」 ワルドは、口を閉ざしたままジュンを睨み続けた。強大な力を持つ使い魔達に包囲され ても、未だ恐怖の欠片も見せていない。 やがて、ようやく口を開いた。 「聖地…と言ったら、信じるか?」 「聖地?」 「そうだ。エルフに占領された、我らの聖地だ。そこに、俺が求めるものがある」 「だから、レコン・キスタ…聖地回復運動、か。まさかあんた、意外と信心深い?」 「ふ、まさかな。坊主共の寝言に興味はない。俺の個人的理由だ。ともかく、力が要る。 エルフから聖地を取り戻す力が」 「で、僕らも必要なんで、ルイズさんから奪われたら困る、と」 「その通り。これは、ルイズにもお前達にも悪い話ではないぞ。 お前達には王家も貴族も、どうでもよかろう。要は、魔法を勉強するのが目的、と言っ ていたな? もはや、トリステインがレコン・キスタに滅ぼされる事は疑いない。ならばルイズと共 に、早くこちらにつくがいい」 「なるほど、ね…」 ジュンはワルドの眼光を正面から受け止める。そこにはもはや、引きこもりだった少年 の目はない。 「あんたの言う事はもっともだ。レコン・キスタが勝てば、あんたを頼ってアルビオンへ 行くのも構わない。でも、ね…」 ジュンは、構えを解いた。デルフリンガーを逆手に持ち、腰に当てる。 「ふむ?まだ何か納得出来ないのか?」 ワルドは、未だ杖を下ろそうとはしない。 少年の腰が、すぅっと下がる。スタンスも僅かに広まる。 「あんたは、ルイズさんを利用するつもりだろう?」 「…否定はせんよ。だが、見たところ、お互い様だな」 「まぁね。でも、何より大事なのはね」 一閃―――片刃剣が抜き放たれた。 横一文字に、後ろへ! キィンッ! デルフリンガーの輝線が、半月を描く。 背後に立っていたワルドの杖と交わり、火花を散らす。 耳障りな金属音が森に響き渡る。 「僕らはルイズさんの使い魔だけど、それ以上に、ルイズさんは僕らの大事な、友達だっ て事だよ」 チュンッ! 緑に光る翠星石の如雨露から、細い水流が放たれた――背後へ、振り向きざまに。 ドサドサドサと、切り落とされた枝や木が地に落ちる。 地面には、腰を落としてウォーターレーザーをかわしたワルドが伏せていた。 その遙か後方で、爆発的に植物が生え出す。 「遍在、ですかぁ…幾つも作れるなんて、すんごいですねぇ」 ドドドド… 紅に光る真紅の背後では、小さな竜巻が激しく風音を響かせる。 背後に立つワルドが、真紅の薔薇を竜巻で吸い込んでいた。 「見事に後ろを取られたわ、さすがね」 池のほとりに立っていたワルドが、背を向けるジュンに向けて杖を向け続けている。 ジュンの左から、更にワルドが森から現れ、杖を向ける。 三体のワルドは口の端を釣り上げた。 だが、それでもジュンは、怯えを見せない。 「ルイズさんを泣かせるヤツは、許さない。あんたが、ルイズさんを利用するだけだとい うなら、殺す!」 絡み合う剣と杖を挟み、男と少年は睨み合う。 「くっくっく…この期に及んで愛を求めるとは。まったく、子供でもあるまいに」 「いや、僕は子供だし」 「ほざけ」 二人の間で、大気が凍り付く。小鳥のさえずりも、そよ風も消える。 真紅と翠星石も、それぞれにワルドと向かい合ったまま、睨み合う。 おーい!みんなぁ~大丈夫ぅ~どこよ~ 森の向こう、学院の方からルイズの声がした。他にも沢山の声が聞こえる。 男と少年は、ニヤッと笑い、そして同時に 剣と杖を納めた。 ぼごんっ!と爆発音を響かせて、ジュンと剣を交えていた本体を残し、全ての分身が消 える。 「ルイズさんの使い魔と婚約者が殺し合えば、悲しむのはルイズさんだ」 「うむ。そしてそれは、ここにいる誰のためにもならん」 「あんたの裏切りの事は、今さらどうこう言っても遅い。黙っててやる。一つ貸しだ」 「素直に感謝する。しばらく身を隠すとしよう」 ワルドは黒マントを翻し、ジュン達に背を向ける。 「そうそう、最後に一つ、良い事教えてやるよ」 「うん?なんだね」 「僕らも、いずれ聖地に向かうつもりなんだ。エルフの先住魔法を知るために」 「ほほぅ!それは奇遇だな。となると、エルフと争わずに行くわけか」 「もちろん。武力でごり押しより、良いと思う」 「なるほど、それは面白い。覚えておこう…では、また会おう」 ワルドは、森の中へ消えていった。 「…ぐはあっ!はあっ!はっ!はあ、はぁはぁ、はぁ…ふぅうぅ~」 突如息を乱したジュンは膝をついてしまった。 「大丈夫ですかぁ!?よく頑張ったですよ!」 「本当に見事だったわ!…危なかったわ、この数日は無理が過ぎたわ。もう力は限界に近 かったわね」 「へっへ!おでれーたなぁ、こりゃ。チビのボウズかと思ってたら、あっという間に男に なっちまったぜ」 駆け寄る人形達は口々にジュンの健闘を褒め称えた。デルフリンガーも、持ち主の成長 が信じられない風だ。 「ともかく、一段落ついたけど、これでよかったのかなぁ?…はぁ、ルイズさんには言え ないよな」 「しょうがないわ、あの男は今は争う気が無いのだし」 「ケンカせずに済んだなら、最高ですぅ!みんな無事で良かったですよ!」 「そだな。んじゃ、帰るとしようか」 剣を支えに、よろよろと立ち上がる。 そして森の奥でも、ワルドが膝をついていた。その体を若い女性――フーケが支える。 「全く、大したガキ共だわ。この数日の無茶で疲れ果ててたあんたじゃあ、相手にならな かったろうね」 「くははは…本当だな。全く、素晴らしい」 「で、これからどうすんだい?」 「聞いた通りだ。今はトリステインには戻れん。レコン・キスタへ行けば、あの使い魔達 と戦わねばならなくなる。 ほとぼりが冷めるまで、身を隠すとしよう」 「そうかい。あたしも戦争に巻き込まれるのはまっぴらだしね。しばらくあんたに付き合 おうかね」 ワルドは、フーケに支えられ、去っていった。 悲壮な顔で森の奥へ、池のほとりへ踏みいってきたのは、ずぶ濡れのままのルイズ。 並んで歩きだした使い魔達は、主の笑顔で迎えられた。 第1話 男と少年 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2630.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ガリア王国、王都リュティス トリステインとの国境部から1000リーグ離れた内陸に位置する。大洋に流れるシレ河 の沿岸に位置し、人口30万というハルケギニア最大の都市。その郊外には壮麗な大宮殿 が見える。世界中から招かれた建築家や、造園師の手による様々な増築物によって、現在 も拡大を続けている王族の居城、ヴェルサルテイル宮殿だ。 宮殿中心の、薔薇色の大理石と青いレンガで作られた巨大な王城『グラン・トロワ』か ら離れた場所に、薄桃色の小宮殿『プチ・トロワ』がある。そこには王女イザベラが生活 している。 その上空を、青髪の少女を乗せた風竜が降下し始めていた。 「いったい、なんなんだい?この任務は・・・」 肩まである青い髪の少女は、訳が分からないという風で書簡を何度も読み返していた。 その前に立つ、やはり青い髪の少女は、無表情に黙っていた。 「この前の『ド・ロナル伯爵家』の件も酷かったけど、今回は極めつけだねぇ。こんな、 そこらの平民に金渡すだけで出来るようなものに、北花壇騎士をわざわざ使うなんて。と いうか、こっそりやる必要すらないんじゃないかい?」 と言って長い髪の方の少女は、さらに年下であろう青い髪の少女を睨んだ。何も答えな いタバサに、王女イザベラは、ふんっと鼻を鳴らした。 青く細い目、絹糸のように細く柔らかい髪、大きく豪華な冠。それら全てが、彼女が魔 法先進国ガリアの王女である事を示していた。だが、その下品な仕草と粗暴な物言いが、 彼女が王女に相応しくないと物語っていた。 タバサは、黙って立ったままだった。 「まぁしょうがないね。全くもって残念で腹が立つけど」 王女は書簡をタバサに投げつけた。タバサは避けようともせず、頭にコツンと当たって 落ちた書簡を拾い上げ、じっと内容を見つめた。 「ま、そういうわけだ。非常に気にくわないけど、あんたが一番適任って事になっちまっ たんだろうねぇ。だが、下らなくても任務は任務だ、手ぇ抜くんじゃないよ!」 タバサを乗せた風竜は、『プチ・トロワ』を飛び去った。 「きゅいきゅい!ねぇお姉様、今回はどんな無茶言われたの?」 上空3000メイルに来て、風竜―韻竜シルフィード―は、ようやくしゃべり出した。 タバサは、本を読みながら、一言答えた。 「無茶じゃない」 「えー!やったねー!今度は痛いのないのかな?そうだといいなきゅいきゅい!ねぇねぇ どんなのどんな命令なの!?」 タバサは、淡々と書簡を読み上げた。 「ヴァリエール家三女ルイズの使い魔を調査せよ」 トリステイン魔法学院、アウストリの広場にゼロ戦が置かれていた。 運んできてくれた竜騎士隊に、コルベールが代金を払っている。 ジュンは操縦席に座って、なにやら気持ち悪い動きをしていた。 シエスタの唇 「にへへ・・・いや、今はこの機体を」 シエスタの瞳 「はあぅ~・・・いかんいかん!機関砲、4丁とも、よし」 シエスタの胸 「ぐふふふ・・・だあー!違うってんだー!」 思春期まっただ中のジュン。彼にとってシエスタとのキスは刺激が強すぎたようだ。 そんな彼の所へ近づく貴族が一人。ある意味、今のジュンと並ぶほど気持ち悪いキザさ の男、造花の薔薇を口にくわえたギーシュだった。 「竜騎士隊を貸してくれと言うから何かと思えば・・・これは一体何だね?」 「あ、ミスタ・グラモン。竜騎士隊を貸して下さって、ありがとうございました」 「まぁ、父上への口添えくらい楽なものだけど。君もミスタ・コルベールも、何をしてい るのかね?」 ギーシュはゼロ戦を気の無さそうに眺めていた。操縦席ではジュンが各部を点検してい た。 「これは飛行機って言って、僕の国の乗り物なんです。空を飛ぶための」 「空を飛ぶ!?これがかね?」 ギーシュはゼロ戦を見つめた。 「ヘンな平民だとは思っていたけど…まさかあのコルベール並みに変人だったとはねぇ。 こんなモノが飛ぶわけ無いじゃないか!この翼、どう見たって羽ばたけるように出来てい ない」 ギーシュは呆れて立ち去っていった。他の貴族も平民も同様で、すぐに興味を無くして 立ち去っていった。キュルケにしても「なぁにこれ?つまんないのー。一緒に行かなくて 良かったわ」と言って去っていった。 ジュンは気にせずゼロ戦を点検し続けている。左手の包帯からは光が漏れっぱなしだ。 傍らにはデルフリンガーが置かれている。 「ジュン、これは飛ぶんかね」 「飛ぶさ。昇降舵も垂直尾翼も動く。どこも壊れてない。照準器も生きてる。燃料さえあ れば、ちゃんと飛べるよ。…滑走路は、どうしようかな」 「これが飛ぶなんて、ジュンの来た世界は、ホントに変わった世界だね」 「あ、その事誰にも言ったらダメだからな!」 「分かってるって。ていうか、俺自身が信じられねぇ。お前さんの世界をこの目で見たワ ケじゃネーし」 「あぁ、そういえばそうか。てか、その方が都合良いかも」 「おいおい、冷てえ事いうなよぉ。いつか俺も連れてけや」 さすがに、常にジュンが携帯しなければならないデルフリンガーにまで隠し通す事はで きないので、ジュン達が地球と往復出来る事を話していた。だが、ジュン達が鏡面から出 入りする所しか見ていないので、地球の存在までも信じると言うのは、ちょっと難しい事 だった。 そんな話をしていると、おーい、と声をかけられた。ルイズだ。真紅と翠星石もいる。 ジュンは颯爽と飛び降りた。 どてっ …つもりだったが、着地の時に尻餅をついた。ゼロ戦から手を離した瞬間にルーンの効果 が切れる事を忘れていたのだった。 「あいててて…ルイズさん、ただいま~」 「おかえりー。で、今回の収穫がコレってわけね。これがあなた達の世界を飛び回ってる ひこおきってやつなの?」 「そうです。どうやらチャンと飛べますよ」 「へぇ~。この前地球に行った時には見れなかっ」 むぐっ ジュンと翠星石が、ルイズの口を押さえた。 「ぷぅはっ!ご、ごめんなさい。その話はまた後で」 「もう!気をつけて下さいですよルイズさん!壁に耳ありジョージにメアリーですよ」 翠星石がプリプリ怒っている。だが、真紅は黙ってゼロ戦を見上げていた。ジュンが不 審がり、尋ねる。 「どうしたの?真紅」 真紅は哀しそうな目でゼロ戦を見上げ続け、ポツリと答えた。 「…また、こんなモノを見る日が来るなんてね」 その言葉を聞いた翠星石も、やはり哀しげに見上げた。 「そうですねぇ…出来れば、見たくなかったですねぇ」 「そっか。お前等は第二次大戦中も、その前からもずっとヨーロッパにいたんだもんな」 学校で教わる戦争。第一次・第二次大戦の地獄絵図。ジュンにとっては遠い昔話でも、 薔薇乙女にとっては自分の経験なのだ。 「ふーん。あんた達の世界も、結構戦争があるのねぇ」 ルイズはへぇ~っと言う感じだ。彼女には別世界の、想像のつかない事なのだから。 彼女たちの話を聞き、ジュンは改めてゼロ戦を見直した。ルーンの力で状態が完璧なの は分かる。弾丸も翼内20mm機銃2挺と機首7.7mm機銃2挺、全て満タンだ。おそらく 戦闘に向かう直前だったのだろう。 そして、このハルケギニアでは各国の小競り合いが日常茶飯事らしい。 コルベールが燃料を練成し、このゼロ戦が飛んだ時・・・ ジュンは、その時自分がどうすべきか、想像がつかなかった。 もしかして自分は、何も考えず好奇心だけで、とんでもない事をしてしまったのか?そ んな後悔が頭をもたげていた。 そんなジュンをよそに、ルイズがひそひそと耳打ちした。 「とにかくね、ジュン。これ飛ばす時は、あたしが一番に乗るんだからね。絶対よ!」 「う、うん…分かった。通信機とか余計なモノ外すから、一人くらいは入れるよ」 曖昧な不安を頭をふって振り払う。今はただ、のんきにルイズや真紅や翠星石を乗せ、 空を飛びたいだけだった。 放課後の本塔図書館。 一つのテーブルでルイズが沢山の書物を引っ張り出している。本の山に埋もれながら、 う~んこれでもないあれでもない、と唸っていた。その周囲をホーリエとスィドリームが ふよふよ漂っている。 いつのまにやら隣にタバサが立っている事も気付かないほど没頭していた。 タバサがひょいっと一冊の本を取り上げ、背表紙を読む。 「始祖ブリミルと系統魔法」 「ひゃあっ!・・・あら、なんだ。タバサか」 ようやくルイズがタバサに気がついた。タバサがルイズの姿を見て首をかしげる。 「ん?ああ、これね。ちょっと始祖ブリミルの魔法について調べてたの」 「虚無は伝説」 「ええ、まぁそうなんだけどね。どっかに何か手がかりでもないかと思ってね~。でも、 やっぱり無理みたい。はぁ…こんなところで見つかるくらいなら、6000年も伝説とか 言われないわよねぇ」 ルイズは、タバサが自分から他人に声をかけたのを見たのは初めてだ、と思い出した。 タバサは何も言わず、ルイズの前に立っている。 「ところで、もしかして私に何か用?」 タバサがコクリと頷く。 「ひこおき、飛ぶ?」 「ああ、その事ね。私には分かんないけど、ジュンが飛ぶというなら、飛ぶわ」 タバサは首をかしげ、ついで周りをキョロキョロ見る。 「ジュン達ならいないわよ。街へ用事を言いつけてあるの」 「いつ戻る?」 「さぁ?早ければ明日の朝だけど、遅かったら数日後ね」 本当は、学校へ通うため地球に帰っている。近道を発見したおかげで、かなり気軽に移 動出来るようにはなったものの、さすがに『地球の学校で勉強する→ハルケギニアに来る →魔法の勉強をする→地球に帰る→・・・』を毎日していてはジュン達の体が保たない。 というか、寝る暇がない。 だからこれからは、土日祝日はハルケギニアで過ごすが、平日はジュン達の都合次第、 ということになった。 「なあに?珍しいわね、あなたが自分から他人に話しかけるなんて」 「ひこおきを知りたい」 タバサは相変わらず淡々と言うが、ルイズはキョトンとなった。 「…信じられないわね。空を飛びたいなら、あなたの風竜に乗ればいいじゃない?」 「東の世界の技に興味ある」 何の感情もこもらないように見える目だが、じっとルイズを見つめている。 「ふぅん…まぁいいわ。でも、私に聞いても無駄ね。あれの使い方が分かるのはジュンだ けよ」 「乗れる?」 「ダーメ!あれはジュンが手に入れたんだからね。使い魔のモノは主のモノよ。だからあ れはあたしのモノでもあるの。ぜーったい触っちゃダメ!」 「宝物庫」 「むぐっ・・・古い話をぉ」 『エレオノールとルイズの大喧嘩で宝物庫の壁が壊れた。そのせいでフーケに破壊の杖 を盗まれた』。これを秘密にする事は、タバサとキュルケが、ルイズへの貸しにしたまま だった。 学院としてはエレオノールに弁償させたし、盗まれたモノも戻ってきたので、それ以上 責任を問うつもりはなかった。だがそれでも、表沙汰になればスキャンダルなのは変わり ない。 「貸し借りゼロ」 「うぐぐぐ・・・わ、分かったわよ。宝物庫の件、秘密は守りなさいよね!」 「守る」 「うー、いい?杖にかけて守りなさいよ!」 「杖にかけて」 タバサとルイズは互いの杖をかかげた。二つの光球が二本の杖の周りをクルクル回る。 そのころ厨房では、シエスタがぼーっとしていた。 食器を洗う手も、さっきから止まったり動いたりを繰り返している。 あたしってば、なんてことしちゃったんだろ。そりゃ、ジュンさんは3つしか違わない けど、見た目はまだ子供じゃないの。 「おい、シエスタ」 確かに、モット伯から助けてくれた恩人だし、あのフーケと戦える程の剣士だし、メガ ネ外すとなかなか可愛いし、ミスタ・グラモンの事でも恩着せがましくしなかったし、控 えめで勇敢な子よね…でも、でも、それとこれとは別じゃない? 「おい、シエスタってばよ」 「ちょっと、聞いてるの?」 ああ、でも何年かしたら、すごい美青年になるんじゃないかしら?彼はきっと騎士にも なれるわよね。背は低いけど学はあるみたいだし、真面目ね。ミス・ヴァリエールの使い 魔をしてるんだから、ヴァリエール家の執事とかもなれるんじゃ? 「おいこら!シエスタ!」 「ねーえ、帰ってきてよー!」 性格だって、とっても大人っぽいし、子供扱いはないんじゃないかしら?そうよ!この 際、身長とか年下とかは気にしたらいけないわ!性格と将来性に賭けてみるべきよっ! 「おう、ジュン。来たのかよ」 「あらジュンさん、シエスタならそこに」 ガッチャーンっ! 「ええっ!ジュンさんっ!?ど、どどどこ??どこどこ!?・・・あ」 洗っていた皿を落として割ってしまった。 慌てふためくシエスタを、マルトーとローラがニヤニヤ笑いながら眺めていた。 「おーっと、人違いだったようだな、すまんすまん」 わざとらしく言うマルトーだった。そしてローラがシエスタの横にすすす~っと近寄っ てくる。耳元でささやく。 「ねぇ、何があったのよぉ」 「な!何も無いわよっ!」 思いっきり赤面して力強く否定しても、説得力はゼロだった。 「ぐはははははっ!まさかシエスタが年下好みとはなぁ!意外だったぜ」 「ちちっち違いますっ!どどどどどうして私があんな子供と、子供と!」 「子供と・・・なんでい?」 「えっと、その、あの・・・子供と・・・」 マルトーに聞かれて、シエスタは顔を赤くしてうつむく。黙ったまま、無意識に彼女の 指が自分の唇をすぅっと撫でてしまう。 その仕草を見逃すローラではなかった。 「キスしたのね!?」 「はうぉ!しししっ知らない知らない知らない!そんなのしてないしてないぃっ!!」 必死に否定するシエスタだったがもう遅い。わらわらと他のメイド達も集まってきた。 「なになに!?やっぱりシエスタはジュン君狙ってたのね!」 「もうモノにしちゃったんでしょ!ハッキリ言いなさい!!」 「やーんもう、これは犯罪ねぇ。子供に手を出すなんてぇ~」 「いやいやジュンちゃんって実は14歳なんですってよ」 「きゃー!ぎりぎりオッケーなの!?マジなのー!?」 「でもあの子、背は低いし子供にしかみえないよぉ」 「でもでも剣士で、魔法人形遣いで、頭良さそうじゃない?…将来性バッチリよ!」 「今からツバつけとこうっての!?やるじゃない、ねぇ」 「違うーっ!あたし、あたしそんなつもりじゃあ」 「だったらどんなつもりなのよ~?キチンと説明しないかー!」 「なななによ説明って!?カミーユもドミニックも、みんないい加減にしてよーっ!!」 どこの世界も、いつの時代も、他人の恋愛は最高の娯楽だった。 次の日の朝。コルベールの研究室にジュンとコルベールがいた。 「・・・というのが、僕の国でのガソリンの作り方です。その他の細かい材料とかは、素 人の僕にはこれ以上は分かりません。でも大まかには合ってると思います」 「なるほどなるほど!うんうん、そんなに高い温度で蒸留するのか…いやーありがとう。 これで、練成にもめどが立ちそうですぞ!」 ジュンはコルベールに、ネットや参考書で調べたガソリンの作り方を伝えていた。 「ところでジュン君。前から不思議だったんだが…君の国では平民でも、そんなに学があ るのかね?」 「学…と言われても、この国の平民がどうなのか、僕はよく知らないんですが」 「つまり、平民でも字が普通に読めたり、ガソリンなんていう特殊な油の作り方を知って いたりするのですかな?」 「え!?…あ、そうか。う~んと、どう言えばいいのかな…」 ジュンはネット世代。一般人がいろんな知識を持っている事が不自然、という発想が無 い事に気付かされた。さて、どのくらい話したモノだろうかと、ジュンは頭を捻って、日 本の社会のおおまかなところくらい話しても問題ないか、と結論を出した。 「平民でも皆、読み書き計算は必ず出来ますよ。外国とか社会とか、重要な産業の事とか も習います。ほぼ全員、子供のウチは学校に行ってます。それに、図書館は誰でも使えま すから」 「ううむ、なんと素晴らしい国ですか…そんなに教育に力を入れているとは」 「素晴らしいのかなぁ?僕にはよく分からないですけど」 「いやいやいや!君にとってはそれが当然だからわからんでしょうが、教育とはですな」 コルベールが拳を握りしめ、熱く教育論を語り出しそうになったので、ジュンは退散す ることにした。 「あの、僕はルイズさんの所へそろそろ行かないといけないので、それじゃまた。あ、そ れと滑走路の件、お願いしますね」 「そう、それは国家の基礎となるべき!・・・え?ああ、分かりました。ではまた」 研究室を出て寮塔へ向かうと、タバサが立っていた。彼の前にトコトコとやって来る。 「ひこおき、乗せて」 「え?…タバサさんが乗りたいんですか?」 無表情なままコクリと肯く。 「あの、『フライ』が使えるし、ウィンドドラゴンまでいるのに、なんでですか?」 「東方の技に興味ある」 「…ん~別に僕はいいです。タルブへ送ってくれたお礼もあるし。でもルイズさんは」 「宝物庫の件の貸しでオーケーって」 「なーる、それなら構いませんよ。でも、まだ乗れません。先生が燃料作ってから、ルイ ズさんと先生を乗せた後に、でよければ」 「それでいい」 といってタバサは僅かに頭を下げて礼をした。だが、まだジュンをじっと見ていた。 ジュンが首をかしげる。 「あの、なんでしょうか?」 「馬で街へ行ってた?」 「ええ、街へ・・・うま?」 一瞬、ジュンは動揺が顔に出そうになるのを、必死で我慢した。感情を押し殺し、表情 を変えないよう、自分を押さえつける。 「いえ、違いますよ。僕は実は、馬に乗れないんです。僕の国の馬は、普通の人ではめっ たに乗れないモノですから」 今度はタバサが首をかしげる。 「…どうやって街へ?」 「それは、秘密です♪でも、タバサさんも知ってるんじゃないですか?」 「街まで走った?」 「ふふーん、どうでしょう?んじゃ、燃料が出来上がるの待ってて下さいね」 ジュンは一礼して、ルイズの部屋へ戻っていった。その背中を、タバサがじっと見つめ ていた。 ルイズの部屋に入ったジュンは、不自然にゆっくりと扉を閉めた。 「ぶふぁあ~、危なかったあ~…なんで気付かなかったんだろ」 ジュンは壁に背を預け、ずるずると腰を落とした。 「ジュン・・・ちょっと」 と、声をかけたのは、制服を着ようとしていた下着姿のルイズだ。 「ひゃっ!ごめんなさい!!」 慌てて外に飛び出した。 「もう、いいかな…?」 改めてビクビクしながら入ってきた。 ごすっがすっ 入ったとたんに真紅と翠星石に脛を蹴られた。 ばこっ ルイズの投げた本が頭に命中した。 「いだだだ、あにすんだよぉ~」 「あたしの着替えを覗いておいて、あにすんだも無いわよ!」 「鼻の下をだらしなく伸ばしてるからですよぉーだ!お仕置きは当然ですぅ!」 「ジュン。紳士たるもの、レディの部屋にはいる時はノックを忘れちゃダメよ」 「だははははっ!ジュンよ、ここは素直に謝っておけよ」 「うう、ごめんなさい。…なんだよぉ、前まで平気で僕の前でも着替えてたクセに…」 ぼこすかどか 三人に蹴られ殴られ鞄を投げつけられた。デルフリンガーがさらに大笑いしていた。 「…というような話をしたんだ。危なかったよ」 痛む頬や脛ををさすりながら、ジュンはタバサとの会話を皆に説明していた。 「え~っとよぉ、ジュンよ。俺にはよくわからんのだが、何が危なかったんだ?」 デルフリンガーが尋ねてくる。彼に首があれば、多分首をかしげていただろう。 顎に手を当てていた真紅が答える。 「ここから王都トリスタニアまでは馬で2~3時間、というか学院はこんな辺鄙な場所に あるのよ。風竜も魔法も使えないジュンがどこかへ行くには、馬を使うはずよ」 「でもですね、ジュンは馬に乗れないですしぃ、使った事もないですぅ。それは厩舎の人 に聞けば、すぐ分かりますぅ。そもそも、ジュンが一人で乗馬している所なんて、誰も見 た事は無いですよぉ」 翠星石もトコトコ歩き回りながら、推理を続ける。ルイズもウンウンと頷きながら言葉 をつなぐ。 「そうね、つまり『馬を使ってないなら街に行ってない。ではどこに行ったのか?』と怪 しまれるワケよ。そして、学院の門を見張りだせば『学院から出ていない』ことも、すぐ 気付くわね」 「ほっほぉ~、なるほどねぇ、こりゃおでれーた。んじゃ、あの娘ッ子にはもう怪しまれ たんじゃねぇのか?」 「いえ・・・そうでも無いと思うわ」 真紅が推理し続ける。どこかの名探偵なノリらしい。 「私達が最初にトリスタニアへ行った日、タバサとキュルケは帰り道に私達を尾行してい たわ。なら、『ジュンは馬並みの速さで街から学院まで走れる』事を見ているわね」 「そのとーりですぅっ!」 翠星石がビシィッっと真紅を指さした。 「ジュンがタバサさんに『街まで走った』と暗に言ったのは、おそらく正解ですよぉ。余 計な言い訳しなくて済みますからぁ」 これを聞いたルイズは、腰に手を当てて誇らしげに胸を張った。 「ふっふーん♪これでタバサはジュンの言葉を疑わないわね。ま!あたしのおかげね、感 謝しなさーい♪」 「いや、あれはただの嫌がらせじゃ」 ぽかっ! ジュンの突っ込みにルイズのげんこつが飛んだ。 「こりゃおでれーたわ!なるほどなー、俺の頭じゃぁそこまで考えられネーわな。ホント におでれーた!」 デルフリンガー以外の全員が、あんた頭どこ?と突っ込みたいのを耐えた。 「さて、そろそろ朝食の時間よ。お話はここまでにしましょ」 話を切り上げようとするルイズに、真紅が口を挟んだ。 「でも、私達が地球に行ってる間の不在を、どうやって誤魔化そうかしらね」 「まぁ、『秘密よ』『ナイショ♪』とかでいいんじゃない?それでダメなら『学院の中に いると思うわ、多分だけど』で、どうかしら」 「そうですねぇ。ヘタにウソつくと、バレた時がやっかいですよぉ」 ルイズの言葉に、翠星石も頷く。だが真紅は、まだ考え込んでいた。 「そうね、それで行きましょ。…でも、タバサという人は、そこまで疑ってジュンにカマ をかけたのかしら?」 真紅の疑問に、ジュンも考え込んでしまう。 「うーん、あのタバサって人は無表情だから、何を考えてるのか分からないよなぁ。…で も、単に世間話のつもりだったんじゃないかな?」 「まっさか、そこまではあるめぇよ。お前等の考え過ぎじゃねえのかい?」 「ん~、そうねえ。確かにあのタバサって娘は何考えてるか分からないけど、そこまで疑 う必要はないんじゃない?」 デルフリンガーのノンキなセリフに、ルイズも同意した。 「ん~、やっぱそうかもな」 「そうね、とにかくこれからも気をつけましょう」 「ですねぇ。それじゃ、朝ご飯に出発でーすっ」 ルイズ達は陽気に食堂へ歩いていった。 アルヴィーズの食堂は、貴族達の朝食中。 ジュン・真紅・翠星石は、いつものように入り口横のテーブルで食べていた。 そんな彼らの姿を、パンをほおばりながらタバサが見つめていた。 ジュン達を見つめるタバサを、取り巻きの男達と談笑するキュルケが見つめていた。 そしてキュルケもジュン達を見た。シエスタが飲み物を注ぎに来ていた彼らを。 --あら、あれってこの前言ってたメイドの、えと、シエスタって言ったっけ。あら、 何かモジモジしてるじゃないの。あらやだ!ジュンちゃんまで顔真っ赤にしちゃって! あ、メイドが走って逃げた。あらあら、ジュンちゃんたら、お人形さん達につねられてる わ。これは、恋ね!やーん、やっぱり一緒に行けば良かったぁ~。こんな面白いの見逃す なんてぇ~。 …あれ?ちょっと待ってよ、それをなんでタバサがじぃ~っと見てるのよ。この子がこ ういうのに興味を持つなんて、初めてじゃないの?・・・ま、まさか!タバサにも春が来 たって言うの!? そういえば、タバサとジュンちゃんって、年は一つしか違わないのよね。背格好も似た ようなモノだし。それにジュンちゃんって、やたら勉強熱心だわ。魔法も使えないのに、 魔法の勉強なんて何故だろって思ってたけど。あの真面目さ、不思議さは、タバサと合う んじゃないかしら? でもタバサに限ってそんな事・・・ああでも、もしそうなら!きゃー!なんて面白そう な三角関係なのぉ!! キュルケの興味は恋愛ごとだけのようだった。 午前の授業中、ジュンと使い魔達はルイズの周りで座っている。ルイズはジュンに授業 の内容を、小声でわかりやすく説明し、ジュンは熱心に聞いている。その様子を、やっぱ りタバサがじっと見ていた。 そして、そんなタバサをキュルケがワクワクしながら見ていた。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next